第34話 一つ目の立証 - 『反撃の狼煙』
裁判長が木槌(ガベル)を叩く。
「静粛に! ––––検事側参考人による証言を認めます。参考人を入廷させなさい」
一礼したグレアム兄さまが、傍聴席のところまでやって来ると、仕切り柵のところに立っていた法廷係官が扉を開いた。
「––––頼むぞ、レティ」
「お任せください。お兄さま」
差し出された兄さまの手をとり微笑んだ私は、階段を降り、議場に……法廷に降り立った。
再び議場が騒然とする。
(「あれが噂の『銀髪の天使』か」)
(「オウルアイズ伯が身内びいきなコメントを出していたが……なるほど。『智より湧き出る可憐さ』とはよく言ったものだな」)
……ちょっと。
本人に聞こえてますよ?
私はあまりの恥ずかしさに、片手で顔を隠した。
「レティっ!」
背後からかけられた聞き覚えのある声に振り返ると、ヒューバート兄さまが手を振っていた。
隣のお父さまが叫ぶ。
「レティ、君らしくやりなさい」
その声に私は、自然と浮かんできた笑みとともに頷いた。
☆
グレアム兄さまと少しだけ言葉を交わし、証言台に立つ。
裁判長が私に声をかけた。
「参考人、名前と職業をお願いします」
「オウルアイズ伯爵家長女、特級魔導具師のレティシア・エインズワースと申します」
私は微笑み、そしてカーテシーで挨拶をする。
心がけたのは、美しい所作と少しの愛嬌。
会場のあちこちから、息を呑む音が聞こえた。
––––ここからは私の時間だ。
グレアム兄が説明を始める。
「先ほど弁護人は、検察側が提出した証拠に疑義を唱えました。我々が『飛竜に合図を送った』とする箱型魔導具を『イカサマの証拠』と称したのです」
議場に、ピリッとした緊張が走る。
「そこで検察側は、この魔導具が我々の主張する通り『魔力波を発するもの』であり『遠方に合図を送る能力がある』ことを証明したいと思います。––––参考人、証言をお願いします」
兄から話を振られた私は、会釈して口を開いた。
「ひと月ほど前のことです。今回の事件に巻き込まれ療養していた私のところに、司法省と第二騎士団の方がお見えになり、ある相談を受けました」
そう言って私は傍らの机の上に置かれた例の四角い箱を指差した。
「それが、あちらの魔導具の機能を調べたい、との相談だったのです」
ちらり、と弁護人を見ると、ものすごい形相でこちらを睨んでいる。
ちなみに背後のオズウェル公爵は相変わらずの置き物だ。
なんだろう。
この二人はもはや滑稽ですらある。
私は彼らににっこりと笑ってみせた。
「あの箱の入手経緯を聞いた私は、まずボタンを押してみることにしました。捜査官の方のお話では、押しても何も起こらない、ということでしたので」
「ボタンを押した結果はいかがでしたか?」
グレアム兄が私に水を向ける。
「実は何も起こりませんでした」
「何も起こらなかった?」
「はい。これは後で箱を開けて分かったことですが、中の魔石の魔力が枯渇していたんです」
「なるほど。捜査の過程でボタンが押されたとしても、押した回数は知れているでしょう。––––ひょっとしてこの魔導具は、魔力消費が激しいんでしょうか?」
「そうですね。これもまた後の検証で分かったことですが、最初に入っていた魔石と近いサイズの中型魔石を使った場合、ボタンを押し続けると、約三十秒程度で魔力を使い切ります」
私は兄から例の箱を受け取ると、箱を開け、中の魔石スロットを周囲に掲げて見せた。
「ご覧の通り、中型魔石が収まるサイズの魔石スロットが使われています。……もっとも、このスロットにぴったり合う規格の中型魔石は、我が国にも、周辺国にも、存在しないのですが」
「おお、それは気になりますね。ですがとりあえず今は、魔力消費が多い点についてお聞きしましょう。––––私も魔導具師のはしくれとして気になるのですが『魔力消費が多い』ということは、この魔導具がそれだけのエネルギーを何かに使っている、ということになりませんか?」
私のせいで脱線しかけた話を、グレアム兄がうまく軌道修正してくれる。
「そうですね。その通りだと思います」
「仮にそれだけの魔力を短時間で放射したら、魔力感受性の強い人ならすぐに気がつくと思うのですが、今回この魔導具の魔力放出に気づいた人はほとんどいませんでした。これはなぜなんでしょうか?」
そう。
それがこのテーマの一番のポイントだ。
私は周囲を見回して、言った。
「実は魔力には、人間が知覚しにくい波長の帯域があるんです」
この国の魔法研究の常識を覆す内容の発言に、議場は大きくざわめいた。
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