第33話 一つ目の立証 - 『兄の奮闘』
☆
裁判の進行というのは、どこの世界でもあまり変わらないらしい。
陛下による「この法廷で真実が明らかになることを望む」というお言葉の後、裁判長が開廷を宣言すると、早速『冒頭手続』が行われた。
このフェイズでは、検察官によって起訴状朗読が行われ、被告側弁護士がその起訴状に対する認否を明らかにする。
起訴状による検察側の主張は『公爵による陛下・殿下の暗殺未遂』、その手段としての『外患誘致』。
それに対して弁護側は、起訴状の内容を『事実無根』と一蹴した。
「…………」
冒頭手続の間、私は被告席に座るオズウェル公爵を凝視していた。
『冷血公』のあだ名を持つ現職の宰相。
白髪に口髭を生やした五十代半ばのその男は、起訴状朗読中も眉ひとつ動かさず、まるで『他人事だ』とでも言うように、置き物のように座っていた。
その姿は、回帰前の即決裁判で私とお父さまを死刑に追いやった時と変わらない。
(––––そうやって、せいぜい無関心を装って座っていればいい。私たちが貴方の罪を暴き、その罪を償わせてあげるから)
心の中でそんなことを思っていたのが、顔に出たのだろうか。
「レティ、大丈夫?」
隣のヒュー兄が心配そうに声をかけてきた。
私は微笑し、頷く。
「大丈夫です。ありがとうございます、お兄さま」
「そうか。ならいいんだ」
同じように微笑する兄。
と、お父さまが、ぽん、ぽん、と私の膝に触れた。
「気を楽にな」
「……はい、お父さま」
また、心が温かくなった。
もう何度目だろう、こういう気持ちは。
お父さまやお兄さまに気にかけてもらう度に、心が温かくなる。
(そうだ。気を張る必要はない。私らしく……レティシア・エインズワースらしく、この場にいればいい)
父と兄の言葉で気持ちが軽くなった私は、もう敵を見ることなく、検察官と弁護士の言葉に集中したのだった。
☆
互いの主張の確認が終わると、いよいよ証拠調べに入る。
最初に行われるのは、冒頭陳述。
検察側は起訴状の内容を裏付ける証言と証拠を提示し、論拠として説明する。
対する弁護側はその説明の矛盾をつき、時に証拠や証言を利用しながら反論するのだ。
ちなみにここまで、検察側の起訴状朗読と冒頭陳述は、司法省の本職の検察官によって行われている。
グレアム兄の出番は、ここからだ。
検察側の主張は概ね新聞報道で知られている通り。
ここで新たに公開される重要な情報は、二つ。
一つはもちろん、公爵邸から発見された魔導通信機。これは後で出てくるはず。
そしてもう一つは––––
「第二騎士団の調査によれば、飛竜の攻撃が行われる直前、これらを適切なタイミングで誘導できるよう、特殊な魔導具で合図を送った者がおります」
グレアム兄が調書を片手に説明すると、議場がざわついた。
「実は飛竜襲来の直前、魔導ライフルの試演を実施しようとしていたレティシア・エインズワースが『変な音が聞こえた』と発言しておりました。この発言は陛下を含め多数の者が確認しており、また後日の聴取で現場にいた数名の者が同様に『風を切るような音が聞こえた』と証言しております」
そう。
あの時の、『音』のことだ。
兄の説明は続く。
「我々は当日現場に居合わせた者すべてに聴取を行い、この時『便所に行く』と言って現場を離れた兵士が一名いたことを突き止めました」
さらに議場がざわつく。
「この兵士を尋問したところ、事件が起こる二日前に自宅から妻子が誘拐され、こちらの魔導具と『妻子を返して欲しければ、特定のタイミングでボタンを押せ』と書かれた手紙が残されていたことを供述しました」
そう言ってグレアム兄は、証拠品を並べた机の上から、ルービックキューブ大の四角い木箱を手に取り、掲げて見せた。
「見て頂ければ分かりますが、こちらの箱には一箇所だけボタンがついており、このボタンを押すことで周囲に特定の波長の魔力波が発信されます。––––ちょっと押してみましょう」
そう言って木箱のボタンを押すグレアム兄。
––––ィイイイィン
ココとメルが入っているカバンが震え、微かにあの時に聞こえた『音』が耳に響く。
その音は、兄がボタンから指を離すと同時に止まった。
「さて。会場の皆さんに伺います。今『音』が聞こえた方は、手をあげて下さい」
私を含め、何人かの人が手を挙げる。
「ありがとうございます」
兄が頭を下げる。
「尚、先ほどご説明した『特定のタイミング』とは『王と第一王子が第二練兵場にそろったときである』との記載が手紙にあったそうです」
議場が異様な空気に包まれた。
グレアム兄が、説明をしめくくる。
「––––以上の証言と証拠から検察側は、今回の襲撃が綿密な計画のもと王陛下と第一王子殿下を狙ったものであり、首謀者が少なくとも二日前には会場と出席者を正確に把握し、襲撃者に合図を送るよう仕組んだものである、と主張致します」
「「おおおおおおおお!!」」
会場が揺れた。
(「これは間違いないだろう」)
(「公爵め。ついにやりやがったな」)
……という声が聞こえてくる。
そんな中、ちょび髭を生やした被告人の弁護士が、おもむろに手を挙げた。
「静粛に! 静粛に!! ……弁護人の発言を許します」
裁判長の言葉に、弁護士は会場を一瞥した。
「今しがたの検察側の主張ですが、弁護側は到底受け入れることができませんな。証明があまりに杜撰すぎる。––––ちなみに先ほど『音が聞こえた』と手を挙げた方々に訊きたいのですが…………本当に聞こえましたか? 私には何も聞こえなかったのですが」
会場がざわつく。
「人間、『聞こえるかもしれない』と言われれば、そのように思い込んでしまうものです。実際、『聞こえない』とされた人の方が圧倒的に多いわけですから。それに……」
弁護人がグレアム兄を見て、皮肉げに笑う。
「その兵士が見つけた『手紙』とやらは、一体どこにあるのですかな?」
「っ! それは……『読み終わったら窓際に置いておけ』という指示があり…………いつの間にかなくなっていたそうだ」
苦しげに答えるグレアム兄さま。
「ほら、見たことですか! ありもしない誘拐劇をでっちあげ、イカサマの証拠で議論を誘導する! そのような検察側の姿勢には、疑問を呈さざるを得ませんな!!」
勝ち誇ったように叫ぶ弁護士。
なんてことだろう。
完全に流れがひっくり返ってしまった。
こぶしを握りしめ、怒りに震えるグレアム兄さま。
私は立ち上がり、傍聴席の一番前に歩いて行った。
「…………!」
しばしあって、私に気づくお兄さま。
視線が、重なる。
私は兄に頷いて見せた。
––––本当にいいのか?
目で問う兄。
私はもう一度頷いた。
僅かな逡巡。
次の瞬間、兄は裁判長を振り返り声をあげた。
「裁判長! 検察側は参考人として、魔導具師のレティシア・エインズワースの証言を求めます!!」
その瞬間、議場に歓声が響き渡った。
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