第17話 家族会議

 


 ☆



「その婚約、断るべきですね」


 次兄のヒューバートが苦々しい顔で言った。


「まだ成人していないとはいえ、第二王子もそろそろ分別を弁えなければならない年齢です。建国の功臣であり、長年にわたり王家に忠誠を捧げてきた我が家門に対し、あまりに礼を失しています。––––それに相手がそんな状態では、レティが幸せになれるとは思えません!」


 だんっ、とテーブルを叩く。


 理知的なヒュー兄には珍しい、感情を露わにした発言。

 私はその様子に驚きながら、一方で胸の奥が温かくなる。


「…………」


 怒る次兄に対し、長兄のグレアムは腕を組み厳しい顔で考え込んでいた。


 そして、しばしの熟考のあと、顔をあげる。


「父上。アルヴィン王子にいらぬことを吹き込んでいるのは、やはり王党派でしょうか?」


「……断言はできないがな。我が家門は中立ではあるが、武家ということもあって第一王子からの信も厚い。またうちが新貴族であるということもあるだろう。エインズワースの娘が自分たちが推す第二王子と婚約するのは許せない、というのはあり得る話だ」


 お父さまはこぶしを額に当て、険しい顔で息を吐き出した。




 今、このハイエルランド王国は、大きく三つの勢力に分かれている。


 旧来の伝統に則り、王家・旧貴族の血族を中心とした国家運営を目指す王党派。


 王制を維持しながらも、元老院を中心とした政治を推し進める、新貴族を主体とする元老院派。


 そしていずれにも与せず、王家・王国への忠誠のみを掲げる中立派だ。


 このうち我がエインズワース家は、中立派に分類される。

 別に、中立派貴族で徒党を組んでいるわけではないけれど。


 ちなみに旧貴族というのは、前王朝時代からの古い家門のことで法衣貴族が多い。


 新貴族というのは、建国戦争で功をなし取り立てられたエインズワースのような平民を由来とする家門で、武家や商家が多いのが特徴だ。




「王党派の方々は、アルヴィン王子を次期国王にと推しているのですよね?」


 私の問いに、お父さまが頷いた。


「ああ。第二王子の母君は旧貴族筆頭のオズウェル公爵家の出であられるからな。王党派の者たちから見れば、アルヴィン王子こそが正統な血統。第一王子とはいえ母君が新貴族の侯爵家出身であるジェラルド殿下が王権を継ぐのは言語道断、ということなのだろうな」


「では、なおさらレティが第二王子に嫁ぐのは好ましくないでしょう」


 粘り強くお父さまに訴えるヒュー兄。

 そんな弟に、グレアム兄が目を瞑ったままぼそりと呟く。


「だが、王命だ」


「…………」


 ヒュー兄は、長兄の正論に黙りこんでしまう。

 そこで、お父さまが兄たちに問うた。


「この際、王命であるということはひとまず置いておこう。……グレアム、ヒューバート。お前たちはこの婚約に賛成か? それとも反対か?」


「「反対です!」」


 即答する兄たち。

 そんな二人を一瞥し、その後で今度は私の方を見るお父さま。


 父は大きく頷くと、


「……そうか。実は私も反対だ」


 そう言って微笑んだ。


 ––––心が震えた。




 お父さまは兄たちに、先日の男爵位継承の話を始めた。


 エインズワース男爵位が戦爵であること。

 故に私でも継承可能なこと。

 その継承の根拠となる実績が必要であること。

 そして今、私がその実績となる魔導具づくりに取り組んでいること。


「さらにつけ加えるなら、円満な継承のために、お前たちの同意と推薦があると望ましいが……」


「もちろん同意します」「推薦状を書きましょう」


 二人とも、またしても即答である。

 私は兄たちとお父さまに感謝した。




「しかしレティ。いくら僕たち兄妹の中で一番ミストリールに愛されているとはいえ、そんなに短期間で新しい魔導具を用意できるのかい?」


 心配そうに尋ねるヒュー兄。


 『ミストリールに愛される』という表現は、要するに職人における『神の手』みたいなものだ。


 私は頷いた。


「はい。なんとか今日、最後の図面を出図できました。王都工房も全力で製作に取り組んでくれていますし、今の進捗状況なら次の週末には試作一号品が出来上がっているはずです。テストと調整を含めても、王陛下への謁見までには十分間に合うと思います」


「ああ、ならよかった! ––––そうか、来週の週末か。よかったら完成した魔導具を見に来てもいいかな?」


「はい。ぜひご覧になってください」


 私が笑顔でそう答えると、


「それは俺もぜひ見たい」


「私もだ」


 即座にグレアム兄とお父さまが釣れ……参戦してきた。


 うん。

 なんだろう、この入れ食い状態。


「も、もちろんです。お父さまもお兄さまたちも、ぜひ感想を聴かせてくださいね!」


「うむ」 「もちろんだよ」 「俺の主観でよければ」


 はは……。

 モテモテだ。


 こうして一週間後、関係者を集めてのお披露目会の開催が決まったのだった。




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