第16話 家族団らん

 


 ☆



 それから10日間。


 私は猛烈な勢いで部品の詳細設計を進めながら、王都工房と屋敷を行き来していた。


 本気を出した王都工房の仕事は迅速で、次々と加工用の素材が入荷してくる。

 彼らは、自分たちが持つ古い伝手を使い、怒涛のような勢いで素材をかき集めていた。


 最低限必要な素材だけじゃない。

 木材ひとつとっても、比較のためにさまざまな特性のものを取り寄せていた。


 さらに全体図を元に、自分たちで自主的に入ってきた素材の粗加工を始める始末。


 もはや工程のボトルネックは、完全に私だった。

 そんな状態が続くと––––


「なあ、お嬢さま。図面まだかよ?」


 屋敷の研究室にまで図面を督促に来たジャックに、私は、


「ちょっと待ってえええ!?」


 製図台(ドラフター)に向かいながら悲鳴をあげたのだった。




 ☆




「お、終わった……」


 椅子に崩れ落ちる私。


「お疲れさん! 図面はたしかに預かったぜ。じゃあな!!」


 楽しそうに図面を抱え、研究室を出てゆくジャック。


「このぉ、人ごとだと思って……」


 思わず恨みごとが口から漏れる。

 その時、隣の炊事場から爽やかな香りが漂ってきた。


「お疲れさまです、お嬢様」


 優しい笑顔で紅茶をデスクに置いてくれた侍女に、私は抱きついた。


「アンナぁ。私のことを労ってくれるのはあなただけよぅ」


「よしよし、よく頑張りましたね!」


 私の頭をなでてくれるアンナ。

 彼女のよしよしって、なんでこんなに癒されるのかしら?


 そうして私が思う存分アンナ分を補給していた時だった。


 コンコン


 誰かが扉を叩く音。

 ひょっとして、ジャックが何か忘れ物でもしたのだろうか?


「どうぞ」


 私が声をかけると「やあ、失礼するよ」と、どこか聞き覚えのある優しげな男性の声が聞こえ、扉が開いた。


 そこに立っていたのは、グレー髪に眼鏡をかけた知的な顔立ちの青年。


 その姿を見た瞬間、


「ヒュー兄さまっ!!」


「えっ、ちょっ、まっ––––」


 ドスンッ


 私は半年ぶりに顔を見る兄に駆け寄り、勢いよく抱きついたのだった。




 次兄のヒューバートは、私の三つ上の兄だ。


 今年の春に王都の学園に進学し、今は寮生活をしながら学業に勤しんでいる。


「レティ。お城で倒れてからずっと目を覚まさなかったと聞いたけど、体調は大丈夫なのかい?」


 ひとしきり抱きついたあと私が体を離すと、兄は心配そうに尋ねてきた。


「心配させてしまってごめんなさい。目覚めてから二日くらいはスープしか喉を通らなかったけど、今はちゃんと普通のご飯も食べられるようになってるし。体力も戻ってきたから、たぶん大丈夫だと思う」


「そうか。本当はもっと早くお見舞いに来たかったんだけど、病み上がりに負担をかけたくなかったんで、兄貴と相談して少し日を置いたんだ。だけどまぁ……」


 そこで言葉を止め、ちら、と私の背後を見る。

 私もつられて振り返った。


「あ……」


 机の上に乱雑に広げられたいくつもの図面。

 さらに製図台の周りには、ボツになった部品図の紙が、足の踏み場もないくらいに散らかされている。


「この様子なら、大丈夫だね」


 苦笑するヒュー兄さま。


「もうっ! お兄さま、いじわるです!!」


 私は思いきり頰を膨らませたのだった。




 ☆




 その夜。


 晩餐の場には、お父さまとヒュー兄さま、私のほかに、もう一人の男性が食卓についていた。


「レティ。大事がなくて本当によかった」


 ハイエルランド王国第二騎士団の団服に身を包み、そう言って微笑んだのは、濃いグレーの髪色と瞳を持つ逞しい男性……六つ上の長兄、グレアムだ。


「グレアム兄さま。心配させてしまってごめんなさい。おかげさまでこの通り、日常生活に支障がないくらいまで快復しました」


 私の言葉に頷くグレアム兄さま。


「あれだけ元気に体当たりができるなら、もう大丈夫だな」


 苦笑気味に笑う上の兄。


 もちろん彼も、再会したときに私の抱きつき攻撃の洗礼を受けていた。


「ああ、それ僕もやられたなあ。兄貴みたいに鍛えてないから、お腹に響いたよ」


 にやりと笑うヒューバート兄さま。


「むう……愛情表現ですのに」


 ふくれっ面をする私に、グレアムは「分かってるよ」と笑った。


 穏やかな雰囲気。

 優しい時間。


 だがそこで、波乱が起こった。


「わ、私も……」


 それまで黙って見ていたお父さまが口を開いたのだ。……ナイフとフォークを握りしめて。


「私も先日レティに抱きつかれたぞ」


 うんうん、と頷きながらそんな告白をする父。


 やめて恥ずかしい。


 だけどそんなお父さまを見た兄さまたちは––––、


「「えっ……」」


 見事に固まった。




 まさか、である。


 こんな兄妹のじゃれあいに、あの無愛想かつ威厳のかたまりのような父が参戦してこようとは!!


 兄たちは何か『見てはならないものを見てしまった』というように目を丸くして固まっていた。


 だけど、お父さまの情け容赦ない独白は続く。


「あのときは確かレティのお腹がなって、そのままベッドまで抱えて運んだのだったな!」


 いやぁあああああっ!?

 やめて恥ずかしいぅわぁああああああああっ!!


 心の中で叫ぶ私。


 カチャンカチャン、とナイフとフォークが皿に落ちる音。


 兄たちは、今度は口までぽかんと開けて固まっていた。


「「…………」」


 いや、やめて! この空気っ!

 居たたまれなさ過ぎる!!


 私は止まった時間を動かすべく、必死で言葉を探した。


「お、お父さまっ。あらためて言われると恥ずかしいです…………」


「そ、そうか。すまんすまん」


 カクカクと謝るお父さま。


 ええと、分かってくれた?


「しかしあのときのレティは、健気でかわいかっ……」


「ぅわぁああああああっ!!」


 私は慌てて席を立ち、お父さまの口を押さえたのだった。




 ☆




 夕食の惨劇からしばし。


 私たちは居間に移動し、和やかに食後のお茶を楽しんでいた。


「なんにしろ、レティが快復してよかった」


 お父さまの言葉に頷く兄たち。


 先ほどのあれはアレとして、おかげで父と兄たちの溝は驚くほどの勢いで埋まりつつあった。


「ところで父上、王城で何があったんです?」


 ヒュー兄さまがやや厳しい顔で父に尋ねる。


「兄貴から、レティが第二王子と婚約することになった、って聞いたけど」


「う、うむ……」


 珍しく居心地が悪そうに口ごもるお父さま。


 二人の様子を見るに、どうやらお父さまはヒューバート兄さまにまだ婚約の件を話していないらしい。


 ヒュー兄さまに続いて、グレアム兄さまも口を開いた。


「その件は俺も詳しく知りたい。あと婚約の理由も。父上からの手紙には『王から申し入れがあった』としか書いてなかったから」


「う、うむ……」


 さらに口ごもるお父さま。

 まさにコミュ障極まれり、ね。


 仕方ない。私から説明しよう。


 私は兄たちに、自分が知ってることを話したのだった。




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