第12話 工房長の技術力
「まだなにか?」
私は振り返ると、工房長のダンカンを見た。
「その修理、うちにやらせてくれ!」
ダンカンは必死の形相でカウンターから身を乗り出し、唸るように叫ぶ。
––––乗ってきた。
私は即答せず、考えるそぶりを見せる。
「でも、お客さまにあんな対応をする人にこれ以上任せるのは……」
「すぐに、今すぐに取り掛かる! 品質も俺が直接確認する。だから、どうかうちにやらせてくれ!!」
悲鳴に近い懇願。
自分のクビが掛かっているのだから、当然か。
だけど、まだ一つ足りない。
「申し訳ありませんが、信用できません」
「なっ!?」
ダンカンの顔が歪む。
「私が名を明かさなければ、対応が変わらなかったでしょう? そんな貴方の何を信じろと言うんです?」
「そ、それは…………」
口どもる工房長。
「もし、どうしてもと言うなら––––」
「あ、あのっ!」
「ふぇ?」
思わぬ声に遮られ、間の抜けた返事をしてしまう。
声の主は人の良さそうな工房の青年だった。
「親方の言うように、その剣の修理、うちの工房でやらせて下さいっ。品質検査が漏れたのは、ひょっとしたら僕のせいかもしれないんです。最近急ぎの修理依頼が多くて流動管理が手いっぱいで……。でも言い訳にはなりませんし、お客様にご迷惑をかけてしまったならきちんと対応しないといけません。だからどうかお願いします!」
必死で頭を下げる青年。
さらに彼に続く者がいた。
「俺も……」
口の端に血を拭ったあとを残した少年。
「下手くそな修理したのは俺だから。もう一度うちにチャンスをくれ!」
ジャックは悔しそうに唇を噛んだ。
「えっと……」
私は戸惑っていた。
なぜ彼らはこんな親方(パワハラ野郎)を庇おうとするんだろう?
先ほどから私は、工房長のことを責めこそすれ、工房全体の責任は問うていない。彼らのことを責めてはいないのだ。
なのになんで?
…………。
まぁ元々彼らの仕事を取り上げるつもりはなかったから、いいのだけど。
私は工房長に向き直った。
「どうしてもここでやり直すと言うのなら『あなたが』『今ここで』修理して下さい。本当にきちんとやるのか、私が見届けます!」
私の言葉に、コクコクと頷くダンカン
「わ、わかった。今から俺が修理させてもらう。準備するから、ちょっとだけ待ってくれ。……ローランド、ジャック、治具台をここに持って来い」
「「はいっ!!」」
「俺は工具と回路検査機を取ってくる」
そうして三人は慌ただしく準備を始めたのだった。
十分後。
カウンターには、剣を保持し作業するための治具台が置かれ、その上に壊れた魔導剣が乗っかっていた。
それらを前に椅子に腰掛け、作業を進めるダンカン。
剣は剣身と柄(つか)の部分に分解され、さらに柄は鍔(つば)と握りの部分から、魔石を収めた端部の柄頭(つかがしら)が引き出されていた。
ダンカンは鍔のカバーを開け、その下に埋め込まれた魔導回路の基板を取り外す作業を行っている。
「……よし」
取り外した基板の端子部を回路検査機に挿入するダンカン。
意外なことに、ここまでの作業は非常に手際よく進んでいた。まるで同じものを何千本も直してきたと言わんばかりのスムーズさ。
色々と問題はあるけれど、伊達にこの工房を任されている訳ではないということがよく分かった。
そんなことを思いながら見ていると、検査機を作動させ反応を見ていたダンカンは首を振った。
「中で断線してやがる。……おい、ローランド」
「はい。なんでしょう?」
「基板交換だ。在庫から新しいやつを出してくれ」
「分かりました」と言って奥に引っ込むローランド青年。
「今のうちに他の部分の線を引き直すか。ジャック、こっちに来てよく見てろ」
「……おうっス」
自分の修理のまずさを思い出したのか、気落ち気味に返事するジャック。
そんな少年に、親方は手元の作業を進めながらこう言った。
「やっちまったもんは仕方ねえ。上手いやつを見て、手を動かして覚えろ」
「ウス」
頷くジャック。
––––なんだ。ちゃんと師弟関係があるんじゃない。
暴力はダメだけどね。
ダンカンの仕事は、なかなかのものだった。
先の尖った工具に魔力を流し、魔導金属(ミストリール)線を整える。
流す魔力の波長を微細に変化させ、均一な線に引き延ばしてゆくその技量は、オウルアイズ領の本工房の熟練職人にも全く負けていない。
「なかなかの腕じゃないですか」
「まぁ、修理ばかり長くやってるからな」
私の言葉に、ダンカンは手元から目を離さずに応える。
「これで接客と指導がよくなれば、言うことはありませんのに」
「師匠の下でずっといち職人としてやってきた俺に、そんなことを求めるのが間違ってる。いくら人がいないからって、倒れた師匠の代わりにいきなり跡を継げなんてよ」
「でも、お師匠さまはそれをこなされてきたんでしょう?」
「形だけはな」
「形だけ?」
「ああ。同じ立場になったから分かる。師匠も、今の俺とそれほど変わらん仕事しかできてなかった。よその工房では製造と店舗運営は責任者を分けるのが普通なんだ。人がいないから両方見ろなんて、無茶振りもいいとこだ。ただでさえ職人が少ないってのに」
私は言葉に詰まった。
彼はきっと増員の要請をして、上から却下されたのだろう。
––––ああ、そうか。
そこが原因なのか。
接客の質が悪いのも。
児童労働がまかり通っているのも。
品質検査が抜けてしまったのも。
すべて一つの問題に行き着く。
人がいない。
つまり雇うお金がない。
売上が落ちて金銭的に余裕がなく、賃金が安いから腕の良い職人が集まらなくて子供を雇って育てるしかないのか。
これはうちの家の問題だ。
とりあえず体罰と客との喧嘩はやめさせるとして、できるだけ早く売上と利益を作らなければ。
そのためにも、開発中の魔導具は失敗するわけにはいかない。
そんなことを考えていた時だった。
「よし、終わりだ。あとは新しい基板を埋め込むだけなんだが…………ローランドのやつ、基板持って来るのに、どんだけかかってるんだ?」
顔を顰(しか)めたダンカンが立ち上がろうとした瞬間、奥の作業場から暗い顔をしたローランド青年が戻ってきた。
「遅ぇっ」
ダンカンが一喝する。
青年は「すみません」と慌てて謝罪すると、私と工房長を交互に見て、こう言った。
「この型の魔導回路基板なんですが……在庫切れみたいなんです」
「はあ?!」
ダンカンが目を剥いた。
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