第11話 王都工房の見知らぬ人たち
「なんてことするの!!」
私はカウンター脇を通って向こう側に抜けると、親方に殴り飛ばされたジャック少年に駆け寄った。
「あなた、大丈夫?!」
「っ……近寄んなよ」
少年は私を睨むと、口内が切れたのか、血混じりの唾を床に吐き棄てた。
「こんなのしょっちゅうだ。大したことない」
「しょっちゅうって……」
私は絶句した。
児童労働。
日常的に振るわれる暴力。
そして品質確認もせず修理品を出荷してしまう杜撰(ずさん)な体制。
(一体、この工房はどうなってるのよ?!)
私は軽いパニックに襲われた。
「おいアンタ! 何勝手にこっち側に入って来てんだ!!」
背後から響く怒鳴り声。
私は気持ちを切り替えると、立ち上がってくるりと親方を振り返った。
苛立たしげに私を見下ろす巨体。
私は負けじと彼を睨み返す。
そして、叫んだ。
「文句を言いたいのは私の方です! この子の修理がまずくても、なぜその状態でお客さまに納品しているの? なんで品質担当者がちゃんとチェックしていないの? 最低限の管理もできていない貴方が、一体なんの正当性を持って年端もいかない部下に暴力を振るってるのよ!!」
私の言葉に、親方は激昂した。
「うるせえっ!!伯爵家の紋章を使ってるから黙ってたが、この工房の管理者は俺だ! 雑な仕事をやらかした職人を殴って躾けて何が悪い?! 俺だって師匠からそうやって仕込まれたんだ。誰だか知らないが、余計な口出ししてんじゃねえ!!」
怒鳴り合い、睨み合う。
仲間に対する暴力。
魔導具師の風上にもおけない、品質に対する姿勢。
そして工房を私物化するような言動。
渦巻く感情の中で、『親方』と呼ばれるその男と対峙した私は、あることに気づいた。
工房に入ってからずっと感じていた違和感。
懐かしい店構え。
店頭に掲げられたオウルアイズの紋章。
かつて何度も訪れた工房はたしかに記憶通りの姿で…………記憶とは違っていた。
親方を名乗るこの男も。
人の良さそうなあの青年も。
そして横で口を拭う少年も。
––––私は顔を知らない。
一度めの未来で初めてこの工房を訪れたのは、私が十五のとき。今の時間軸で言えば三年後だ。
あのときに紹介された工房の責任者は、私がよく知る人物だった。
元々オウルアイズ領の本工房で働いていた熟練の職人で、無愛想だけど魔導具づくりで試行錯誤する私にボソッとアドバイスをくれるような、そんなおじさん。
間違っても年下の部下を殴るような人じゃない。
それに、他の職人たちもオウルアイズ領で顔なじみの人たちだったように思う。
一体、いつ、人が入れ替わったのだろう?
(そういえば……)
古ぼけた記憶を掘り起こす。
私が王都の学園に進学する少し前、まだオウルアイズ領の屋敷に住んでいた頃。
お父さまや本工房の人たちが妙にバタバタしていたことがあった。
(ひょっとしてあの時、王都工房で何かあったの?)
いや。
十中八九、問題が起こっていたのだろう。
目の前の惨状を見る限り、むしろ『問題が露呈した』というのが正しいのかもしれないけれど。
今の王都工房は、品質の面でも接客の面でも問題がありすぎる。
衰退傾向にあるとはいえ、未だうちの顧客には貴族も多い。
今回みたいな仕事と対応を続けていれば、いつか必ず父に直接クレームが入る。
そうなれば間違いなく彼らはクビだ。
前世ではきっと、王都工房の職人全員がクビになり、オウルアイズ領の職人が代わりに送り込まれたのだろう。
目の前の男はどうでもいいけれど、青年と少年、それに瑕疵(かし)のない他の職人たちまで巻き添えになるのは忍びない。
––––なんとかしなければ。
私はあらためて目の前の『親方』を見据えた。
「私の名はレティシア・エインズワース。この工房のオーナー、オウルアイズ伯爵ブラッド・エインズワースは私の父です」
「なっ……」
絶句する親方。
他の三人もどよめく。
「お、お嬢様が、なんでこんなところへ?」
親方が頰を引きつらせる。
「貴方(あなた)、名前は?」
「工房長のダンカン…………です」
苦々しい顔で答えるダンカン。
私は彼に詰め寄った。
「先日、父の名前で通達が出ているはずです。私に全面的に協力するように、と」
「おい、ローランド!?」
慌てて工房の青年を睨みつけるダンカン。
ローランドと呼ばれた青年は、びくっ、と身を強張らせた。
「は、はっ、はいっ。確かに通達がきてます。おおお、親方にも一昨日お伝えしましたが……」
「聞いてねえっ!!!!」
ドンッ! とカウンターを殴るダンカン。
ローランド青年は「ひぃっ」と後ずさった。
ダンカンはしかめっ面のまま私に視線を戻す。
「それで、お嬢様がうちの工房に何の用で?」
「新しい魔導具を作るので、資材手配と部品加工を依頼しに来たんですが……」
私はちらりと先ほどの剣を見る。
「この様子だと、部品加工はオウルアイズの本工房に頼んだ方が良さそうですね」
私はわざとらしくため息を吐いた。
「お客さまの大切な魔導剣にこんなずさんな修理をして検品もせずに出荷し、あまつさえ正当なクレームにけんか腰で対応する。そんな工房に仕事は任せられませんから」
「ぐっ……」
工房長の顔が歪む。
「お父さまには、『そのように』報告しておきますわ。……帰りましょう、アンナ」
「はい。お嬢様」
私は真っ青になったダンカンに背を向けると、狼狽している客の男性のところに向かった。
「オ……オウルアイズ伯のご令嬢とは知らず、とんだご無礼を!」
頭を下げる客の剣士。
私はなるべく威圧感が出ないように話しかける。
「顔をお上げ下さい。お詫びすべきはこちらですから」
「えっ?!」
剣士は驚いた顔で私を見た。
「私どもの工房のずさんな修理により、お仲間の命が危険に晒されたとのこと。エインズワース家の家人として、私からあらためてお詫び申し上げます」
「そんな……令嬢が謝られる必要はありませんよ!」
私は言葉を続ける。
「お客さまの剣は私が責任を持って修理させて頂きます。明日お住まいまでお届けしますので、一日だけお時間を頂けますか?」
「えっ、令嬢が修理されるんですか???」
「はい。これでもエインズワースの娘ですから。一応、特級魔導具師の認定を持っているんですよ」
ふふ、と笑うと、男性剣士はあんぐりと口を開けて固まった。
私は工房の入り口まで歩いて行き、剣を持ったココとメルを呼び寄せる。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
にこり、と笑顔を振りまく。
隣のアンナが扉を開けてくれたので、私は外に出ようと––––
「ちょっと、待ってくれ!!!!」
そのとき、背後から焦りの色を含んだ男の声が響いた。
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