第9話 魔導具開発!

 

 アンナに「鍵を開けて欲しい」と呼ばれた私は、研究室の玄関扉の前に立っていた。


「ええと確か……」


 扉の傍らにある胸の高さほどの石柱。

 私はその上面に刻まれた紋章を確認する。


「その石碑みたいのが『鍵』なんですか?」


「そうよ。これの操作法は一族の口伝なの」


 興味深げに石柱を眺めるアンナに答えると、私は一度だけ深呼吸をした。


「さて。久しぶりだけど、うまくできるかしら」


 この『鍵』の操作をするのも、前世以来のこと。

 少しだけ緊張する。


 私は、石柱の上面にはめ込まれたオウルアイズの紋章……フクロウと蔦(つた)をあしらった魔導金属(ミストリール)製のプレート……に手を置き、慎重に自らの魔力を注ぎ始めた。


 まずは、左の蔦。


 魔力を下から上へ、蔦に這わせるように通してゆく。

 私が魔力を注いだ部分が、青白く光る。


 次は右の蔦。


 そして、フクロウの左眼。


 最後に、右眼。


 そこまで発光させたところで、正面からカチャン、という音が聞こえた。


 ゆっくりと開いてゆく玄関扉。

 私は、ふぅ、と息を吐いた。


「なんとか上手くいったわね」


 プレートに刻まれた紋章の決められた箇所に、決められた順番、決められた波長で魔力を通す。

 それが、扉の鍵になっていた。


 魔導回路の製作は、魔力操作の腕にかかっている。

 このくらいのことが出来なければ、精密な魔導回路を作ることはできない。

 実にエインズワースらしい『鍵』だと思う。


 無事、最初の関門をクリアした私は、ほっと胸をなでおろしたのだった。




 ☆




「お嬢さま、終わりましたよ〜〜」


 窓から身を乗り出し、こちらに手を振るアンナ。


 屋外に運び出されたイスに座り、昨晩描き散らかした魔導具のポンチ絵にメモを書き込んでいた私は、顔を上げ、彼女に手を振り返した。


 掃除好きの侍女は、ホコリだらけだった部屋をあっという間にきれいにしてしまったらしい。


「……って、半刻も経ってないじゃない」


 懐中時計を確認した私は、なかば呆れて呟いた。


 アンナはおっちょこちょいなところもあるけれど、基本的にとても優秀だ。

 掃除に洗濯、裁縫に料理までなんでもこなす。


 一度めの未来で暴漢に絡まれたときには、刃物を持った相手を徒手空拳で取り押さえてしまったこともあった。


 その時「あなたに苦手なことってあるのかしら?」と尋ねたら「お嬢さまのためなら、何でもできるようにしますよ」なんて笑っていた。


 愛が、重い。

 だけど––––


「それをいじらしいと思ってしまう私も私よね」


 ひとり苦笑すると、大切な侍女の待つ小屋に向かったのだった。




 研究室は、私の記憶の中の風景そのままだった。


 窓際の大きな作業机。

 その横に置かれた原始的な製図台。


 右の棚には魔導具製作用の専用工具や測定器が並び、左の書棚には歴代の当主たちが作ってきた魔導具の図面がファイルされている。


 他は、塵ひとつ見当たらない。

 床も壁もピカピカだ。


「どうですか、お嬢さま!」


 ドヤ顔するアンナ。

 私は間髪いれず、彼女に抱きついた。


「ありがとう、アンナ! これで考えていたものが作れるわ!!」


 えへへへ〜〜、と顔がゆるんだ私の侍女は、屈んで私と目線を合わせると


「お嬢さまのお役に立てて嬉しいですっ」


 と破顔した。


 なんだか、力がみなぎってくる。


「それじゃあ、早速取り掛かるとしますか!」


 私は、私を待つ作業机と製図台に足を向けた。




 ☆




 それから二日間、私は日中のほとんどの時間を研究室で過ごした。


 昼間は研究室で図面を引き、夜は自室に製図台を持ち込んで、さらに図面を引く。


 正直、病み上がりの体にはキツい。

 だけど、なにしろ時間がなかった。


 私に与えられた時間は、三週間。

 この三週間というのは私が自分で言い出した日数ではあるけれど、お父さまの「引き伸ばして一ヶ月」という言葉から逆算した数字だった。


 では、その三週間をどう使うのか。

 今回の開発工程は、たぶん次のようになると思う。



 ①機能設計・概観設計・部品表作成(私)

 ↓

 ②部材手配(王都工房)・③部品設計(私)

 ↓

 ④部品加工(王都工房)・⑤魔導回路設計(私)

 ↓

 ⑥魔導回路実装・組立(私)

 ↓

 ⑦動作試験・品質確認(私)



 この中で一番時間がかかるのは、②の部材手配と、④の部品加工。

 どちらも王都工房への外注なので、前工程の私の作業が終わらない限り、スタートできない。


 つまり私が図面を引かない限り、開発が動かないのだった。




 ☆




 設計に取り掛かって三日後。

 私は王都の街中を進む馬車に揺られていた。


「うぷ……」


「大丈夫ですか、お嬢さま?!」


「だ、大丈夫じゃな……っぷ」


 布袋の口を広げ、慌てて口を突っ込む私。


 そんな私の背中をさすっていたアンナが、苦い顔をして私の顔を覗き込んだ。


「昨夜は何時に就寝されたんですか?」


「よ……2時くらいかな?」


「4時?! 三時間しか寝てないじゃないですか!」


「いや、だから2時……」


「もう遅いです! まったく、昨日やっと普通の食事をとれるようになったばかりですのに」


 私の侍女は、はぁ、とため息を吐くと、再び背中をさすり始めた。


「お嬢さま。焦る気持ちは分かりますが、お願いですから無理をしないで下さい。お嬢さまが眠り続けた五日間、私、生きた心地がしなかったんですよ?」


 先日のことを思い出したのか、すん、と鼻をすするアンナ。


「……ごめんなさい」


「もう、無理しないで下さいね?」


 私は、こくりと頷いた。




 私がクルマ酔いと戦っているうちに、馬車は工房街へと入っていく。


 これまで走っていた小洒落た商業区とは対照的な、荒々しい雰囲気の街。路地のあちこちから槌を打つ音が響き、通りは喧騒で溢れていた。


 そんな街並みを横目に馬車はトコトコと進み、やがて一軒の店の前で停車する。

 御者台から降りた従者が、外から扉を開けてくれた。


「お嬢さま、降りられますか?」


「……うん。なんとか」


 問うてきたアンナに手を借りながらゆっくりステップを降り、彼女に続いてそろそろと地面に足を着く。


 無事馬車から降り立った私は、目の前の二階建ての工房を見上げた。


 石造りの瀟洒な建物。

 歴史を感じる玄関には、オウルアイズのフクロウと蔦の紋章が描かれた看板が掛かっている。


 エインズワース魔導具工房・王都工房。


 王都サナキアにあって、主にうちの魔導具の修理とアフターメンテナンスを行っている工房。

 一度めの未来で私が魔導具を作るときの材料調達は、全てここにお願いしていた。




「うん、懐かしいっ!」


 一瞬吐き気を忘れ、言葉が口をついて出る。

 そんな私を見て、アンナが首を傾げた。


「あれ? お嬢さまはこちらに来られたことってありましたっけ?」


「ええと……小さい頃に一回だけ、あったような?」


 アンナの鋭い問いかけに、ドギマギする私。


 そうだ。前に私がここに来たのは、未来の、学生時代のこと。

 今回の私は、ここに来るのは初めてだ。


 私が挙動不審に陥っていると、アンナがポンと手を叩いた。


「あ、ひょっとして私がお嬢さまにお仕えする前の話ですか?」


「ええと……、そうかも、ね?」


 内心で冷や汗をかきながら、彼女に笑みを返したときだった。




「はあ?! ふざけんなよ!!」


 工房の中から響く、男性の怒鳴り声。


 ……一体、何事だろう?


 アンナと顔を見合わせた私は––––、


「あっ、お待ち下さいお嬢さま!!」


 彼女が静止する間もなく、工房に飛び込んだ。





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