黒の中で

 破壊された障壁。次の瞬間には拳と刃を交えるネルクスと黒きものの姿があった。


「我が主よ。直ぐにエトナさんを呼んで下さい」


従魔空間テイムド・ハウス


 虚空から現れるはエトナとメト。さっきまでは黒い霧の問題があって出せなかったが、今は出しても問題ないだろう。


「私が護衛に戻りますので、貴方達はこれの相手を」


 ぐちゃりと溶けてスライムのような不定形になり襲いかかる黒きものを、ネルクスは漆黒の波動で吹き飛ばした。


「ゔぁ、ゥ?」


「分かりました! 私が相手ですっ!」


 吹き飛ばされた先で人型へと戻っていく黒きもの。それに相対するはエトナ。


「私も加勢します。最速で片付けましょう」


 そしてメトだ。


「ふぅ、またちょっと落ち着いたね。少しは削れてるのかな?」


「どうでしょうねぇ……まぁ、少しは削れているとは思いますが、相手の再生力も加味すれば終わりは遠いかも知れませんねぇ」


 確かにね。だったら、霧になる前の圧縮されてた個体になったところを一瞬で潰すしかないかな?


「それか、イヴォルに何か考えがあったりしないかな」


 彼の操る多種多様な術ならば、黒きものですらも葬る方法があるかも知れない。実際、さっきも不死身の如きキマイラを攻略してくれた。


「賢者に頼るのも悪くは無いですが、私にも考えがありますよ?」


「へぇ、大公級悪魔の君の考えなら信用できるね。聞かせてもらおうか」


 ネルクスはニヤリと嗤った。


「黒きものには確かに魂がありますが……意思は薄く、酷く朧です」


「まぁ、声もゔぁー、うー、みたいな感じだしね」


 ネルクスは続ける。


「えぇ。そして意思が弱い魂というのは、悪魔的に言えば非常に奪い易いものです。それは、例えどれだけ肉体が強靭でも」


「……なるほどね」


 やりたいことは見えてきたね。


「ですが、その為には幾つか必要なことがあります。先ず、彼の魂は言ってしまえば体全体に全く馴染みきっていない上に、巨大な体の中を不規則に彷徨っています。しかも、魂自体が朧でその位置すら常に捉えることは難しいでしょう。加えて、彼は精神攻撃に対する耐性も当たり前に持ってるようですから、そこを突破する必要もありますねぇ」


 つまり、魂の位置を補足し、耐性を突破するという二つの条件を乗り越える必要があるって訳だね。


「まぁでも、端が見えないくらい広がる霧を纏めて消し飛ばすよりは現実味があるよね」


 よし、一旦その作戦で行こうか。


「じゃあ、魂の位置を把握するにはどうすればいいの?」


「いえ、常に把握するのが難しいだけで偶に位置は見えますよ。魂を抜き取る際に把握していれば問題無いです。寧ろ、必要なのは魂を捕捉した際に逃げられないよう魂のある部位を切り出すことですねぇ」


 なるほどね。魂が見えた瞬間にその部分を削り取って、精神攻撃に対する耐性を突破して、魂を抜き取る。これが手順だね。


「とはいえ、これだけ巨大な体から魂を見つけ出すのは難しいですから、結局は少しでも体を削るか圧縮形態になるのを待つしか無いでしょうねぇ」


 だったら、やることは一つだね。


「全員、全力攻撃だよ。効いてないように見えるけど、攻撃は無意味じゃない」


 僕はまだ従魔空間テイムド・ハウスに収納していた子たちも呼び出してから言った。


「再生よりも早く体を削ってやる」


 それが出来なくても、削れていく体に焦った黒きものが圧縮形態になってくれれば問題ない。本腰を入れて始まった戦い。僕はチラリとエトナ達の方を見た。


甲鋼拳カッコウケン


銀聖閃刃フラッシュエッジ


 黒きものの刃と化した腕を、橙色のオーラを放つ黒い拳で弾くメト。体勢を崩す黒きものの首を一太刀で斬り落とすエトナ。


『緋陰流、火閃カセン


『神代流、雷胞衝らいほうしょう


 宙を舞う首を目掛けて赤く閃くイシャシャの剣と、青白く光る刀を胴体に突き刺すスス。


『油断するな。彼奴らは首を落としただけでは死なん。欠片も残さず消し飛ばすことだ』


 黒い頭は赤く溶けて落ち、胴体は体の内側から暴れる稲妻に焼き尽くされた。


「良し、結構中身が詰まってそうな分体だったしちょっとは削れたね……」


 ネルクスの障壁を破壊できるレベルの分体だ。四人がかりとはいえ嬉しいね。


「オラッ、オラッ、オラァァッ!! オレをぶっ殺してえんだろォ? だったら本気で来やがれ黒助ェッ!!」


 まだ遠くを覆う黒い霧の中に突っ込んでいくエクス。爆発する炎、埋め尽くす氷、一瞬でその周辺の霧が晴れていく。


「ヴぁ、ぇ……」

「ヴぁ、ぅ……」

「ヴぁ、ぁ……」


 そんなエクスを囲むように三体の黒い人型が現れた。


「おォ、オレの言葉に応えてくれんのかァ? 嬉しいなァ!」


 いや、三体では済まない。五体、十体、ニ十体……無数の黒きものがエクスを囲んでいる。


「ハハッ、そうこなくっちゃなァ! だが、数だけ揃えて大丈夫かァ? 全員一撃で消し飛んじまったら悲しいぜェ?」


 四方八方から飛び掛かる黒。人狼はニヤリと嗤い、赤色が弾けた。

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