聖威

 無数の魔物によって繰り出され、矢継ぎ早に迫る攻撃。気を抜くと迫る即死級の威力を秘めた空間魔術の刃。

 アルジャバ・グナプーニャは困窮していた。


「チッ、鬱陶しいッ!」


「クキャッ!」


 二丁に分裂変形させた聖なる拳銃を駆使してなんとか耐えているが、限界は迫っている。聖銃の権能によって生み出せる弾丸には幾つか種類があるが、どれも魔力と生成時間を必要とする。故に、隙も消費も生まれてしまう。


「ぐッ、いってぇなァッ! クソ魔物どもがッ!」


 その隙を見逃すほど甘い魔物はそこには居らず、その消費を計算に入れて指示を出せる狡猾な魔物はそこに居た。


「グルピャッ! ポロッポッピャッ!」


 よく分からない言語で喋るのは、小さい人型の木に頭蓋骨を被せたような見た目の魔物、スカルトレンティアのジョウブだ。

 彼らの種族は植物と骨という思考能力のかけらも感じない見た目に反してとても知能が高く、相手の心に直接意思を伝えられるという能力から指揮官として運用されている。

 ネクロによって思考加速や並列思考、使い魔などのスキルを与えられた彼は指揮官という立場に求められる役割を遺憾なく発揮している。


「クソッ、なんだこいつら……ネチっこく戦いやがってッ!」


 ジョウブの指示もあり、彼らは命令されない限り決して無理に突っ込んだりしなかった。与えられるだけのダメージを与えて、安全圏まで下がる。決してカウンターを食らわないように立ち回っている。そして、その圧倒的な数によって繰り出される攻撃はアルジャバに攻勢に回らせる隙を与えない。

 カウンターも攻撃も出来ないアルジャバは、ただひたすら防御と回避に専念していた。


(クソ、誰かが助けに来れるまで時間を稼ぐしかねぇ……だが、時間がかかりすぎても私の強化は時間切れになるし、魔力も枯渇する)


 アルジャバは周りの状況を見て、誰も助けに来れそうにないことを察すると、一種の詰みを感じた。


「オラッ、吹っ飛べッ!! 次はお前もッ、あぁクソッ! ぐッ、いってぇなッ!」


 常に前に出て攻撃を庇っては再生するダークオークのドゥールを衝撃弾で吹き飛ばし、その観察眼で見抜いたギンキィの本体に生成時間とコストの軽い封印弾を打ち込もうとするも、背後から飛びかかってきた分身の自爆で軌道をズラされ、ネロの空間切断スペースレンドで肩を切り裂かれた。


「クソ、ジリ貧だぜ……このままじゃ、負けちまうな」


 アルジャバは何とか隙を作って生成した転移弾を撃ち込んで転移、距離を大きく離し、一息吐いた。



「……しゃあねぇ」



 アルジャバは茂みに隠れ、拳銃を一つに融合させてから弾の生成に集中した。





 影と鏡、その二つを名に冠するランタラ・ルメナラータは初見殺しとも言えるような戦闘法でエトナを翻弄していた。


「ちょ、ちょっとっ! どうなってるんですか、それッ!?」


「鏡影、影鏡。光と闇。それを理解しない限り、私を捉えることは出来ない」


 無数に生み出された影の鏡。暗い闇によって作り出された影の鏡は、普通の鏡とは反対に闇を反射する。ランタラが放つ影の光線に触れれば蝕まれ、感覚を奪われる。


「視覚を消す」


「うわっぷっ!?」


「聴覚を消す」


「ちょちょちょっ!?」


 無数の鏡によって無茶苦茶に反射する影の光線、新たに生み出された宙に浮く鏡がその光線を反射し、エトナの感覚を奪った。


「二覚を消した。故に不可避の三影刃」


「もう、迷惑過ぎますっ!」


 目と耳が影に覆われ、視覚も聴覚も奪われたエトナに三方向から迫る影のナイフ。しかし、エトナはそれを気配だけで軽々と回避した。


「……簡単に避けた。不可避の三影刃を」


「触覚を奪われてないなら空気の動きで何がどこにあるかなんて分かりますし、そもそも魔力を使う攻撃なら魔力視認とか感知で見れます。だからそれ、意味ないですよ」


 エトナはそういうと、ふっと息を吐いた。


「ま、そもそも……私には、無意味ですけど」


「……馬鹿な」


 エトナの指が鋭利な影の刃と化すと、その刃は目を抉り、耳を落とした。すると、黒い何かが傷跡からジュクジュクと湧き出てきて、色が変わると新たな目と耳が備わっていた。


「今度はこっちから行きますっ!」


「……拒否する」


 一瞬で眼前まで迫るエトナ。しかし、ランタラは背後の影の鏡に入り込むと、闇となって反射し、違う鏡から現れた。


「むぅ……厄介です」


「その翻弄こそが、我が本懐。私を舐めるな」


 しかし、幾ら翻弄しようともエトナに傷が付くことはない。どれだけ不意を突こうとも、気配を感知されて防がれるスピードの方が早いからだ。


「ふッ、はッ、影よッ」


「ちょっ、うわっ、なんなんです?!」


 鏡に影のナイフを投げ込み攻撃、自分が鏡に入り込んで別の鏡から出て攻撃、全身に影の光線を浴びせて感覚を奪ってから攻撃。


「……速すぎる」


 余りにも理不尽な性能にランタラは思わず言葉を漏らした。完全に不意を突けた攻撃が全て避けられてしまったのだ。これでは、何をやっても効果が無い。一度主であるネクロを狙ってもみたが、手痛い反撃を食らっただけだった。


「あー、目も耳も肌も、分かりません。暗闇の中に居るみたいで、あ、あ゛……あ゛ぁ゛ぁ……あの中を、思い出し……ん、私、何を……頭が痛いです」


 全ての感覚を奪われても攻撃を避けられるエトナ。しかし、その様子は少しだけおかしかった。


「まぁ、取り敢えず戻しますか」


 全てを奪われた体。しかし、エトナは気軽そうにそう言うと、体を足から順番に黒く染めてはジュクジュクとした何かを零して色を元に戻してを繰り返した。

 作業が終わると、影に包まれていたエトナの体は元に戻り、感覚は取り戻されていた。


「どうすれば勝てる……化け物め」


 ランタラは悪態をつき、影の鏡に潜り込んだ。





 アロマは今、黄金の鎧を持つ騎士……天聖騎士の中に身を隠し、戦局を俯瞰しつつ冷静に考え込んだ。


「……かなり負けていますね。アルジャバは一方的に押され、ランタラも一対一に持ち込まれている。流石に、不味いですね」


 このままでは間違いなく負けるだろう。アロマは取り敢えず能力を使用して数を減らした天聖騎士団を補填しつつ、全体バフをかけた。

 最初の攻勢は飽くまで様子見、全力でバフをかけ、自分自身もこっそりと敵を削る。ここからが本気と言ったところだ。


「グ、グギャァッ!?」


「グギャァッ!」


「グギギ……」


 突然力が倍以上になった騎士達に驚く魔物達。しかし、実のところそこまで劇的な状況の変化はない。どうせ半分がアンデッドの魔物に騎士の刃が当たれば一撃であるし、アンデッドの攻撃は元々あまり効果を為していなかったからだ。


「……ふむ」


 とはいえ、その速度の変化は厄介だった。動きが倍の早さになるということは、それだけ敵を駆除する速度が上がるということだ。


「しかし、これでもまだ不味いですね。いくら減らしても、キリがない」


 転移門からどんどんと溢れる魔物。その勢いは未だに衰えない。三体の魔物が死ぬ頃には四体の魔物が現れている。

 勿論、転移門から仲間を呼んでいるだけでその数は無限ではない。いつか終わりは来るだろう。しかし、その終わりというものが一切アロマには予見できなかった。


「……あの転移門を破壊する必要がありますね」


 転移門はそう何度も直ぐに設置を繰り返せない。一度壊せば、暫くは再設置出来ないはずだ。故に、アロマはあの門こそを狙うべきだと考えた。


「『天より来たる、聖なる意思』」


 思考から行動までの時間は一瞬だった。


「『統べられし意志、不変の正義』」


 躊躇うことなくアロマは魔力の滲む言葉を紡ぎ、その聖なる鎧でも隠しきれぬ程のオーラを発する。


「『今、乖離せよ。その一片、我が天の威光として世界を照らせ』」


 鎧の中で握られた杖が密かに輝き、隙間から光が溢れる。


「『天聖乖離サケルティアン・ディスティンシオ天威カエルムヴィス』」


 完了する詠唱。天空に巨大な光の魔法陣が描かれた。

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