心狼 vs 凍獄【2】
有り得ないことが起きた。死んだはずの人狼がそこに居た。
「……馬鹿な。直撃した筈だ。避けられては、いない筈だ」
「おー、そうだなァ。しーっかり当たったぜェ? 痛みとか感じる暇も無かったなァ、アレはよォ」
白々しい態度で言う人狼を、凍獄は睨みつける。
「だったら、何故貴様は生きているッ!?」
怒り散らす凍獄を見て、人狼は笑う。
「さぁな? でも、オレには幸運ってスキルがあるからなァ……きっと、運が良かったんだろうなァ? ハハハハッ!」
「貴様ァ……ッ!」
ネクロから与えられた幸運というスキル。その名の通り所持者を幸運に導くスキルだが、当然そんなもので蘇生が出来る訳がない。
「つーかよ、ブチギレてんならさっさとかかって来いよ。オマエ、ビビってんだろ?」
肩を竦めて挑発する人狼に対し、凍獄が返したものは……、
「……殺す」
氷のように冷たく静かな殺意だった。
「凍れ、死ね」
男から冷気が迸り、世界の温度を更に下げる。並大抵の者ならば、この空間に入っただけで凍死してしまうだろう。
「へへッ、怖えなァ? しゃあねェ……そろそろ、ちゃんと相手してやるよ」
「黙れ」
ディネルフの周りに無数の氷柱のようなものが出来上がり、エクスに向けて放たれた。
「おぉ、中々速えじゃねェか。まぁ、オレよりは遅えけどなァ」
「……舐めるな。本気で相手をするんだろう? お前はまだ、一度もまともに攻撃していない」
そう言いながらディネルフは手を掲げた。
「あー、そうだったか? オレはモノを覚えるのが苦手なんだよ」
「……そうか。ならば、本気を出す前に殺してやる」
ディネルフは息を吐くと、掲げた手の先に力を集中させた。
「『不幸なる者よ、不運なる者よ』」
ディネルフの頭上に巨大な白い球体が出来上がっていく。それはまるで、降りしきる雪を一点に集めたかのように細かい白い粒子だけで構成されている。
「『雹も、霰も、雪も、今日はお前だけに降る』」
細かな白い粒子で形作られた巨大な球体。吹雪を球場に纏めたかのようなそれは、淡く白い光を放っている。
「『
大空で光る白い球体。直径十メートルは軽く超えている、回転し続ける粒子の集合体。それが今、完成した。
「奴を、殺せ」
主の命を聞いた球体が、未だ余裕そうな表情の人狼に牙を剥く。
「ほォ、こいつは中々……面白いじゃねェかッ!!」
天に浮かぶ巨大な白い球体から、次々と白い氷柱のようなものが飛来する。先端の尖った、十分に殺傷力のある氷だ。
「ふッ、よッ、危ねぇッ!」
発射される元が巨大な球体なだけあり、発射される氷柱の量も尋常ではない。一秒あたり、二十本以上の氷柱が射出され、人狼に向かって飛んでくる。といっても、ホーミング性能はそこまで高くなく、一度避けられればそのまま地面や木にぶつかって砕けてしまう。
「悪くねェ、悪くねェなァッ!!」
嬉しそうに叫ぶ人狼に、凍獄が手を向ける。
「そうか。ならば、そのまま死ね」
凍獄の手の先から青い氷の槍が生み出され、人狼に向かって射出された。
「うぉっとッ、危ねェなァッ!! オレはテメェのこともしーっかり見てるぜェ? あの白い球は自動で攻撃してくるっぽいからなァ!」
が、ギリギリのところで回避され、ついでとばかりに人狼は凍獄に迫る。
「偶には攻撃もしねェとなァッ!」
「チッ、鬱陶しいぞッ! 負け犬めッ!」
危険な鉤爪を振り上げて飛びかかってきた人狼に、凍獄は焦ることなく回避し、青い氷の剣を作り出すと、息を吐かせる暇も無く襲いかかる鉤爪を弾いていく。
「ッ!? っと、痛えなァ……流石に打ち合いながら全部避けんのは無理があっか」
と、ここで地面から生えた氷の棘が人狼の足を突き刺した。続けて球体から飛来した白い氷柱が人狼の腕を貫いた。しかし、最後に襲いかかってきたディネルフの剣は上体を後ろに逸らして回避し、そのまま後ろに飛び退いた。
「まァ、あれだ……相性の割には、結構楽しめたぜ?」
「貴様……何を言っている?」
凍獄の問いに、人狼は笑みを返した。
「『纏わり付く神の呪いよ、忌まわしき古の炎よ、オレに従え』」
「貴様、何を……ッ!」
球体から飛来する氷柱が、熱気で溶けて地面に染みていく。
「『古より続く呪いも、灼熱に怯える心も、要らない。今はただオレの剣として、盾として、戦え』」
地面が、森が、世界が溶けていく。凍獄が近寄ろうとするも、身を焼くような熱気に阻まれる。
「『
溢れ出す熱気。氷に閉ざされた森が、今ここに本来の姿を取り戻した。
「なん、だ……貴様。その、姿は」
背中と両腕両足は燃え盛り、黄金の眼には罅割れたように赤い線が入っている。
「あー、簡単に言やァ……オレの力の半分だな」
天に浮かぶ球体は最早意味を成さない。神の呪いを克服した人狼が、ここにその力の一端を示した。
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