怒れる精霊

 凶悪な魔物が蔓延る森の中、ある男がたった一人で歩いていた。


「全然人と会えないんすけど……そもそも、あの人は大丈夫なんすかねー」


 その男の名はリジェルライン・エルノンス。帝国十傑の一人で、『魂牢』の異名を持つ男だ。そのキャリアはかなり長く、帝国十傑が創設された初期の頃からその面々に名を連ねている。

 しかし、その見た目は若者と言っていい程に若く、とても長い年月を過ごしているようには見えない。


「まぁ、あの人なら何だかんだ大丈夫だと思うっすけど……塔に向かうっすかね」


 何度も心配の言葉を残しながら歩くリジェルライン。その背後から近寄る影が一つ。



「────グギャァッ!!」



 ゴブリンだ。リジェルラインの右側から、ゴブリンの鳴き声が響いた。迷彩代わりの緑色の服を纏ったゴブリンが、ナイフを逆手に持って飛びかかってきたのだ。

 しかし、飛びかかってきた方向は鳴き声が聞こえた右側とは反対の左側だ。


「っと、危ないっすね」


「グギャッ!?」


 が、リジェルラインは音に惑わされることもなく左側から襲いかかってきたゴブリンの攻撃を回避した。普通ならば、思わず鳴き声のした右側を見てしまうことだろう。


「他に気配はしないってことは音魔術かなんかっすかね? しかも、この距離に来るまで気配も感じなかったっすから、気配遮断も持ってるぽいっすねぇ」


 独り言をポツポツと漏らしながら、奇襲を躱されたゴブリンに近付いていく。


「ほい、一丁上がりっすね」


 ナイフを構えて睨むゴブリンにリジェルラインが手を向けると、その手の平から青い光の鎖が発射され、ゴブリンの体に巻き付いた。


「グッ、グギャァァァッ!!」


「ふぁぁ……これで何匹目っすかね〜」


 グチャリ、鎖がゴブリンを強く締め付け……ゴブリンの体は爆散した。


「んー、この調子なら塔までは辿り着けそうっすけど」


 独り言の異常に多い男は山を順調に登っていき……泉に辿り着いた。


「ここ……なんか、居るっすねぇ。多分、やばいのが」


 泉の前に立ち、リジェルラインは手を泉に向ける。


「悪いっすけど……やられる前に、やるっすよ」


 その手の平から青い光の鎖が発射され……泉から競り上がった水の壁に阻まれた。


「……上位精霊っすか」


 鎖を阻んだ水の壁が泉に還ると……青い液状の体を持つ女が、憤怒に満ちた表情でリジェルラインを睨んでいた。

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