心狼 vs 凍獄【1】

 あらゆる場所が凍りつき、氷の粒子が舞い始めた森の中、人狼と凍獄は相対する。


「ほぉ……そいつがテメェの本気ってやつか」


「そうだ。獣を一匹葬る程度には十分だろう?」


 敵意を剥き出しにして言い合う二人。だが、その側にはもう一人の男がいた。


「カチコチ先輩、話は良いんでさっさとやるっすよ」


 それは当然、もう一人の帝国十傑である『魂牢』のリジェルラインだ。


「何を言っている? こんな犬を一匹に十傑を二人も割く必要はない。お前はさっさと塔に向かえ。奴らに付いて行ってやれば良いだろう」


 協力して人狼を倒そうと声をかけた魂牢だったが、凍獄はにべもなく断った。


「いやいや、何言ってんすか? この化け物と一人でやりあうつもりっすかっ!」


「あぁ、一人で十分だ。さっさと行け」


 数秒の睨み合いの果て、リジェルラインは諦めたように溜息を吐いた。


「……これでアンタがやられたら、怒られるのは残された俺っすからね」


「はッ、無用な心配だな。早く行け……直ぐに終わらせる」


 そのやり取りを最後に、リジェルラインは塔の方へと走って行った。


「なァ、終わったか? オレは待たされるのが苦手なんだけどよォ」


「安心しろ、話は終わりだ。……お前を殺す準備は出来た」


 瞬間、ディネルフの周囲に無数の氷の剣が現れ、エクスに向けて放たれる。僅か数秒で創り上げられた氷の剣たち。その数は優に百を超える。


「小手調べのつもりかァ? 当たんねェよ。当たっても意味ねェけどな」


 大木にも突き刺さる程度の威力と速度はある氷の剣。しかし、エクスは百を超えるそれを余裕で回避し、最後の一本に至っては鉤爪で簡単に弾いた。


「足りねェなァ……もっと本気で来やがれ」


 挑発半分、本心半分の言葉を放つエクスだが、ディネルフはそれを完全に無視していた。


「……アレを全て避けるか。スピードはかなりあるな。力も並ではなさそうだ」


 暫く考え込んだ様子だったディネルフだったが、数秒経つと目が覚めたように顔を上げた。



「────良いだろう。出し惜しみはしない」



 その言葉と同時に、辺り一帯が完全に凍りつき、そこかしこから先端の尖った氷の触手のようなものが生えてきた。触手の大きさはそれぞれ差があるが、大体木の幹程度だろうか。

 因みに、エクスも一瞬だけ凍獄の氷に包まれたが直ぐに出てきた。


「やはり、凍結そのものは効かないな。ならば……刺して、斬り刻んで、引き裂いて、グチャグチャにして殺してやれば良い」


 数秒前に完全に凍結した森の一部から生えてきた無数の氷の触手は伸縮自在と言った様子で、氷でありながら元の長さを無視してエクスを刺し殺すためにグィィィンと伸びた。


「おォ! さっきよりか良いんじゃねえかァ!? 数も威力も十分だッ! だがよッ、強度と速度が足りねェなァッ!!」


 氷の触手達は、木々の間を自由自在に潜り抜けながら鋭く尖った先端部分でエクスを刺し殺そうと迫るが、その速度ではエクスには追いつけず、回避されてしまっている。また、複数の触手による連携で逃げ場を潰して追い詰めたとしても、触手を正面から殴られると簡単に砕かれてしまう。


「確かに元が氷だからなァ、壊しても元に戻るし、数は幾らでも増やせるかも知らねェが……本体のお前が動けてねェってことはよォ、この触手の操作に脳みそを使っちまってるってこったッ!」


 何の成果もあげられなかった氷の触手達だが、それらを操作しているのは恐らくディネルフだ。故に、これだけの数の触手を操作しているディネルフは隙だらけになる、とエクスは考えた。

 実際、凍獄は立ったまま目を瞑っており、明らかに戦闘できる体制ではない。


「期待ハズレだぜッ、凍獄ッッ!!!」


 一瞬で方向を転換し、まるで弾丸のような凄まじい速度でディネルフの元まで飛び込んだエクスは、その鋭く伸びた鉤爪を振り上げた。



「────考え無しの獣め」



 瞬間、ディネルフの閉じていた目が開いた。


「ぐはァッ!?」


 エクスが踏み込んだ先の地面から、氷の棘が無数に生え出た。斜めに伸びたその棘は、エクスの腹部を完全に貫いた。無数の棘に体をグチャグチャにされたエクスは思わず悲鳴をあげる。


「ふッ……狼風情が。そのまま死ぬが良い」


「ごふゥッ!?」


 エクスの体に突き刺さった棘は、体内で更に枝分かれしてエクスの体内を傷付けていく。


「いや、時間をかけるだけ無駄か」


 終わりを宣言するようなディネルフの言葉と同時に、エクスの遥か頭上に巨大な氷の塊が出来上がっていく。


「ぐッ、がはッ……ごほァッ!」


 どんどんと大きくなっていく密度の高い氷の球体に、吐血する人狼は気付かない。


「消えろ」


 上空に浮かんだ氷の球体が、氷塊が、落ちた。


「ぁァ」


 ぐちゃり。凄まじい音を立てて落下し、砕ける球体。その中に一つだけ、この肉が潰れる音が混じった。


「……終わったか。所詮は獣だったな」


 飛び散った氷の破片の中に肉片が混ざっているのを確認したディネルフは、息を吐き、塔へと体を向けた。


「生意気なことばかり口にしていたが、自分の方は口程にも無かったようだな」


 何度か悪態を吐いた後、漸くディネルフの体から熱が抜け切った。


「一応、リジェルにも通信で報告しておくか。奴は心配性だからな」


 ディネルフはただ、さっさと報告を済ませることだけを考えていた。報告の内容はこうだ。氷の塊に潰されて、人狼は無様に死んだ。完全に息絶えた。何の心配も無い。




「────良い夢見れたかよ?」




 筈だった。


「なッ……」


「おっと、先に言っとくが幻とかじゃねェぜ?」


 白い体毛に、黄金の瞳。鋭い鉤爪。


「疑いもせずに勝ちを確信してるテメェの姿はお笑い種だったぜ?」


 人狼が、蘇った。

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