凍結の使い手
♦︎……
想定以上の力を持つ魔物たちの襲撃により、前線は完全に崩壊し、悲鳴と怒声だけが戦場に響く。
「ま、マズイのです……このままじゃ、完全に崩壊するのです」
この現状に流石に危機感を抱いたレヴリスは、一つの決断をした。
「カルブデッド、決めたのです」
「どうするんだ? 結構ヤベェ状況だが」
レヴリスは険しい表情で答える。
「全員、今は逃げるのです。なんとかこの包囲を切り抜け、それぞれで逃げるのです」
「散らばるってことか? だが、それじゃ碌に連携も取れなくなる」
レヴリスの作戦に難色を示すカルブデッド。しかし、レヴリスは首を振った。
「見てください。これだけ全員で固まっている今ですが、連携なんて取れてます?」
「……いいや」
レヴリスの言葉通り、普段から大人数で協力して何かを行うことなど殆どなく、突然の状況に混乱している
「分かった。だが、逃げた後はどうする?」
「各々で塔を目指してもらいます。この森に散開している敵は出来るだけ無視して、塔にだけ集中するのです」
なるほどな、と頷くカルブデッド。その背後から二人の男が近付いてくる。
「それは良いが、どうやってこの包囲を突破するつもりだ?」
ディネルフだ。その後ろにはリジェルラインが呑気そうな顔で立っている。
「……頑張って、突破するしか無いです。作戦を立てようにも、この状況で連携を取って何か複雑な行動が出来るとは思えないです」
「愚物め。ここに居るのは帝国十傑、全滅させろというならまだしも、道を作るくらいは訳もないことだ」
言いながら、ディネルフは一歩前に出た。
「帝国から許可は下りている……久し振りに、本気を出してやろう」
一歩、更に一歩。ゆっくりと、余裕を感じさせる歩調でディネルフはこの混沌たる戦場の最前線へと向かっていく。
「おい、貴様ら。凍りたくなければ退け。十秒数えてやる」
最前線を支える戦士たちに、ディネルフは尊大な口調で告げた。
「はァ? こっちは忙しいんだよ。つか、誰だテメ……凍獄のディネルフッ!?」
「嘘だろッ!? そういえば、海の時もッ!」
「おい、急いで下がるぞッ! あの顔見ろッ、マジで巻き込まれるぞッ!」
最初は怒りと苛立ちを込めた声を返していた彼らだったが、その正体を知ると大急ぎでディネルフの後ろに下がっていく。
「……十秒。全員下がったか、つまらんな」
残された魔物たちを見て呟くディネルフに、一匹のゴブリンが飛びかかった。
「────凍れ」
ピシリ、空中で剣を持ったゴブリンが凍結し、氷像と化した。
「凍れ、凍れ。薄汚き者共よ。凍てつき、凍り、砕け散れ」
ザァァァ、と凄まじい量の冷気の波がディネルフの前に駆けていくと、それに触れた魔物たちや草木が例外なく凍っていく。
その波は森の奥まで消えていき、残されたのは、魔物だけでなく地面から木まで凍てついた氷の森だった。
「お、おい……おいおい、これ、マジかよ?」
「魔術とかじゃなくて、固有スキルでこれか」
「流石は帝国十傑だな……イかれた強さだ」
「俺、苦戦してた筈なんだけどな……全部、凍らせやがった」
口々に驚きの声を漏らす男たち。実際、この絶望的な戦況を一瞬で返した事実は驚嘆に値する。
「……こんなものか」
四方向のうち一つを完全に無力化したディネルフは、詰まらなそうに息を吐いた。と、彼の後ろからトコトコと少女がやってくる。
「ディネルフさんっ! 凄いのですっ! 一瞬で凍っちゃったのです……!」
感動したようにピョンピョン跳ねながら叫ぶ様は正に少女だが、残念なことに中身は成人している。
「当たり前だ。ゴブリンや木っ端の魔物風情、帝国を背負う十傑たる俺には塵芥に過ぎん」
全てが凍結し、氷の森と化した中をディネルフは何でもないように歩いていく。
「これなら、全滅させられるんじゃないですかっ!?」
「全員凍らせてやっても良いが、キリがない上に味方を巻き込みかねない。だから、塔までの道だけを切り開いてやる」
嬉しそうに言うレヴリスに、ディネルフは鬱陶しそうに答えた。
「凄いです……これ、ここから向こうまで全員凍ってるんですよね?」
「あぁ。安心しておけ、久々に本気で凍らせたからな。生きているものなど居ない」
自信ありげに言うディネルフに、レヴリスは頷いた。
「……なんだ?」
瞬間、奥の方からザァァと冷気が返ってきた。体が凍ってしまう程ではないが、奇妙な現象だ。
「こ、これ、なんですっ!? 今度は熱いのですっ!」
と、次は汗をかく程の熱波が襲ってきた。思わず、全員がその波が走ってきた方向を見る。
「────生きているものなど居ない、だったか?」
ジュゥゥゥ、森の氷が溶けていく。魔物達が冷たい檻から放たれていく。
「久々に本気で凍らせた、だったか?」
本来の姿を取り戻していく森の奥に、一つの影が見える。
「ッ!? なんだ、アイツはッ!?」
ゆっくりと近付いてくるそれは、正しく狼と人の融合体。
「
赤い鉤爪、黄金の瞳、青色が混ざる白い毛並み。
「────オレはよォ、毛の一本も凍ってねぇぞ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます