魔の島

 危険極まりない森の中を、僕は仲間達によって守られながら安全に歩いていた。目標は、取り敢えず山頂である。可能であれば、そこに拠点を築きたい。


「そういえば、ネクロさん。この島って名前とかあるんですか?」


 エトナが黒く巨大な刃に変化させた腕で猿型の魔物を真っ二つにしながら話す。


「クランナバァル島とかだった気がするけど、大抵の人は魔の島って呼んでるよ」


 若しくは、魔島。あんまり変わらないけどね。兎に角、ここはそういう異名が付くほどに危険な島だということだ。故に、船乗り達は絶対にこの島には近寄らないようにしてるらしい。

 まぁ、この島の周りの海だけ明らかに色が暗くなってるし、この島を囲うようにドーナツ型の暗雲が浮かんでるから遠目から見ても分かるので、この島を避けて航海をするというのはそう難しく無いだろう。


 因みに、島の周辺の黒くなっている海域には通常よりも凶悪な魔物が潜んでいる。鯨みたいに大きな鮫とか、海底から水面まで触手を伸ばしてくる巨大イソギンチャク的なやつとかだ。

 かくいう僕も、ここに渡るまでに結構苦労した。これ、チープとか死闇の銀血シルバーブラッドとか、渡ってこれないんじゃないだろうか。大丈夫かな。


「うわ、ちょっと気を逸らしてる間に凄いことになってるね。死霊術をかけておこうか」


 其処彼処に転がる無数の死体を見て、不安に駆られていた気持ちが一瞬で吹き飛んだ。正に死屍累々、地獄絵図と言ったところだ。


「そういえば、ネクロさん。今回はテイムしたい相手は居ないんですか?」


「うん、特には居ないね。ていうか、ここは情報が無さすぎてどんな魔物が居るのか分からないんだよね」


 そう答えると、僕は一定範囲に纏めて蘇生擬きネクロマンス・ゾンビをかけた。範囲指定で起こすと確率は落ちるが、一体一体起こすより楽だし、魔力もかからない。


「まぁでも、少なくともエリアボスは居るって話らしいから、場合によってはテイムする予定だよ」


 と、成功したのは三割くらいか。取り敢えず、日光対策で光属性耐性だけ付けて、海岸沿いで固まっておくように指示を出す。


「なるほど……この島のエリアボスってどんな感じなんでしょうね」


「んー……想像もつかないね」


 少し考えてみたが、分かる訳も無かった。


「あ、ネクロさん。近くに結構強めの敵が居ますよ」


「お、もしかしてエリアボス?」


「いや、分からないです。強そうな気はするんですけど、気配が希薄というか、隠れているというか……正直、あんまり読み取れないです。どうします? 避けます?」


 んー、エリアボスかは分からないけど強い敵ね……良し、決めた。


「いや、避けないよ。取り敢えず行ってみようか」


 どうせ、時間にはまだ余裕があるのだ。良い感じならテイムしてみよう。


「わかりました! じゃあ、早速行きましょー!」


 先陣を切って歩いていくエトナの後ろに、僕。その後ろをメトが付いていく。更に、僕の両側にアースとロアが立ち、周囲の魔物を睨んでいる。

 前後左右全てに隙がない布陣に守られている僕は、飛びかかってくる魔物が一瞬で死体に変わっていくのをなんとも言えない気持ちで眺めながら、死霊術の詠唱を始めた。




 エトナの案内に従って森を進んでいくと、木々に囲まれた美しい泉があった。


「うわ、ネクロさん! ここすっごい綺麗ですね!」


「うん、綺麗だね。だけど、水分を補給できる場所なのに魔物が居ないってのはちょっと気になるね」


 魔物と言えど、水分の補給が必要な種は多い……というか、大半がそうだ。だからこそ、水場であるのに水を飲みに来る魔物が一匹も居ないというのは気になる。


「確かにそうですね……あ、ネクロさん。因みに、さっき言ってた結構強い魔物ですけど、この泉の中に居ます」


「泉の中」


 さっきまで美しいものとして見ていた泉の印象が一瞬で入れ替わり、思わず言葉を復唱してしまった。ついでに、一歩後退る。


「それと、襲ってくる気配は無いので意外と温厚なのかも知れませんね」


「へぇ……じゃあ、向こうはこっちに気付いてると思う?」


「はい。多分気付いてますよ。視線を感じます」


 なるほどね。じゃあ、対話はできそうかな。


「こんにちは、聞こえてるかな?」


 泉に向かって話しかける。だが、返事はない。


「こんにちは! 聞こえてるかな!」


 大声で呼びかける。だが、返事はない。と、そこで白けた顔で僕を見るエトナが目に入った。


「しょうがないね。エトナもお願い」


「えっ、私もですか? ていうか、何がしょうがないんですか?」


 嫌そうに表情を歪ませるが、残念ながら僕は君のご主人様だ。


「うん、お願い」


「……もう、分かりましたよ」


 ため息を吐き、泉に体を向けるエトナ。


「こんにちはーっ! 聞こえてますかーっ!」


 おぉ、流石エトナだ。魔物が蔓延るこの森の中でこんな大声が出せるなんて、度胸があるね。


「……返事、無いですけど」


 恨みがこもった目線を僕に向けるエトナ。すかさず僕は視線をメトにずらした。


「そうだね。じゃあ、次はメトで」


「…………マスターのご命令とあれば」


 活用されることの少ない表情筋を最大限に使って嫌そうな顔をするメトだが、諦めたように泉に体を向けた。


「……では、行きます」


 大きく息を吸い込むメト。これは期待ができそうだ。


「こん────」


「────もうやめなさいッッ!!!」


 溜めに溜めたメトの言葉が放たれる瞬間、泉の中から青い体の女が現れた。いや、青い体というよりも、液状の体というべきか。因みに、その容貌はかなり優れている。可愛いというよりも、美しいという言葉が似合う。

 何はともあれ、これでようやく言葉を交わせるようになったね。


「こんにちは、聞こえてますか?」


「聞こえていますッ! 聞こえているから出てきたのですッ! 折角、私が穏やかに過ごしているというのに……もう、良いです。貴方も、泉を荒らす者として退治して差し上げましょうッ!」


 あれ、おかしいなぁ。登場からいきなり友好度マイナスどころか敵対してるんだけど。

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