宣戦布告

 足場が悪いなんてものじゃない剣山だったが、取り敢えずメトを従魔空間テイムド・ハウスに収納し、ロアに抱えてもらって何とか抜け出した。


「ふぅ……ありがとね、ロア」


「グォ」


 汗ひとつかいていないロアは何でもないように軽く頷いた。


「じゃあ、従魔空間テイムド・ハウス。戻っておいで、二人とも」


 僕の影からはエトナが飛び出し、何もない空間からメトが飛び出した。ネルクスは影に潜んだままだ。そして、代わりにロアが従魔空間テイムド・ハウスに帰っていく。


「意外と早かったですね。流石はオーガです」


「そうだね……まぁ、速さで言うなら君に及ぶ者は中々居ないだろうけどね」


 万能最強執事服こと公爵級悪魔のネルクスでも、スピードではエトナに勝てないし、パワーではメトに勝てないだろう。

 悪魔としての能力であらゆる力を得てきた彼でも、特化した一つの力には勝てないということだ。


「まぁでも、流石に真っ暗だね」


 暗視があるので視界不良に悩まされる心配は無いが、それでも今が夜中であるという事実は僕を焦らせる。そろそろ戻らないと妹にどやされるからだ。


「本当ですね……でも、私は嫌いじゃないですよ。星、綺麗ですから」


 エトナに言われて空を観察すると、確かにそこにはキラキラと光る星々が夜の闇に浮かんでいた。


「そういえば、マスター。あの光る星というのは具体的に何なのですか? マスターの世界なら、それも解き明かされているのでは無いでしょうか?」


「い、いや……解き明かされてないよ。残念だねー、うん」


 まずい。始まった。メトの探究心が、知識欲が、好奇心が、疼き出した。


「心拍数が乱れています。声色が変化しています。僅かな緊張が確認されました。マスター、何故嘘を吐いたのですか?」


 やばいバレた。それ、それずるいでしょ。嘘発見機能、削除しとかない?


「いや、だって、アレじゃん。君の質問責め、始まったら終わらないじゃん」


「……この世の知識に、終わりはありませんので」


 メトは目を背けながら言った。


「まぁ、そんな訳で星の話はまた今度ね」


「マスター、お願いします。どうせ宿屋に帰り着くまでは暇です。数十分程度の辛抱ですので」


 なんか、メトも喋り方が人間らしくなったよね。良いことなんだけど、良いことなんだけど、なぁ。


「……このくらいなら知ってるかもしれないけど、星っていうのは大きく三つに分けられるんだ」


 僕は指を三つ立てた。


「一つは恒星。大きくて、自分から光を発するんだ。次に、惑星。恒星の周りをぐるぐる回ってるんだ。最後に、衛星。惑星の周りをぐるぐる回ってる。僕らが住んでるのは、惑星」


 僕は足元を指差した。メトは真剣な顔で頷いているが、エトナは我関せずと空を眺めている。


「だけど、この中で夜にピカピカ光るのは殆どが恒星。惑星や衛星も光を反射して光るけど、流石に恒星くらいの光を発することは出来ないんだろうね。多分」


「なるほど。では、何故恒星は光るのですか?」


 出た。出たよ。メトはこうやってどんどん踏み込んで来るんだ。


「えっと、水素が核融合を起こして熱と光が出るみたいな原理だったと思うんだけど……詳しくは僕も知らない」


「……核融合、とは?」


 もう無理。もう限界だから。科学の深淵に近付き始めてるから。と、僕が絶望しかけた瞬間、エトナの雰囲気がピリッと変わった。


「ネクロさん、何かが近くに居ます。気配を殺しているようですけど」


 エトナと僕は短剣を構え、メトは拳を構える。



「────簡単に言えば、軽い原子同士が融合して重い原子になることなのです」



 後ろだ。短剣を振るおうとするが、僕よりも先にエトナが短剣を投げつけていた。


「うわっ、危ないじゃないですかっ! ぷんぷんっ、怒ったのですっ!」


 短剣が足元に突き刺さり、驚いた声をあげる女。それは、銀髪の幼い少女だった。腰辺りまで伸ばした髪を揺らしながら、頬を膨らませている。


「全く、折角説明してあげたのに失礼なのです。……と、その前に自己紹介をしておきましょう」


 銀髪の少女は唇にそっと指を当て、口を開いた。


「私はレヴリス、PKクラン死闇の銀血シルバーブラッドのクランマスターなのです」


 PKクラン、レヴリス、死闇の銀血シルバーブラッド……思い出した。


「あぁ、君があの上裸の人の飼い主ね」


「ふふふ、ニラヴルのことですかね? 彼が悔しそうに帰ってきたのはちょっと面白かったですよ……じゃなくて、そうですよ。私が彼の飼い主です」


 堂々と少女はそう宣った。


「さて、ここに一人で来たのは他でもありません……宣戦布告をしに来たのです」


「宣戦布告、ですか?」


 少女の言葉にエトナが反応する。すると、少女は満足げに頷いた。


「そうです。宣戦布告なのです。あ、言い忘れてましたけど、これ録画してます。後で動画上げるので楽しみにして欲しいのです」


「録画? んー、まぁ良いよ。撮られる側は慣れてるしね」


 僕の肖像権と言うのはこの仮想世界の中では存在していないのか、僕の画像や動画はネットで割と出回っている。リアルが露呈していないだけ幸いだと思うべきか。


「それは良かったのです。じゃあ、話の続きですけど……簡単です。三日後の夜、貴方を襲いに行くので、覚悟しておいて下さい」


 三日後……三日後、ね。


「……えっと、ごめん。三日後って言うのは火曜? 水曜? もう午後零時過ぎだから、分かりにくくてさ」


 何となく微妙な空気になるのを感じつつも、僕は質問した。


「……火曜です。空いてますか?」


「あー、うん。多分大丈夫だよ。でも、夜っていうといつかな? 多分、六時から七時だと晩飯で抜けてると思うんだよね」


「大丈夫です。八時過ぎ辺りを狙う予定なので……はい」


 なんか萎えたような表情のレヴリスのスクショを撮りつつ、僕はサッと脳内でスケジュールを確認した。


「うん、大丈夫。八時から十二時まではずっと大丈夫だと思うよ」


「ありがとうございます……」


 レヴリスは暫く、そのままの虚無面でボーッとしていたが、突然パチっと表情が戻った。


「あ、そうですっ! 何で私が態々宣戦布告したのかって話なのですが……貴方を正面から、言い訳の余地無く叩きのめす為ですよ。従魔の力に頼り切りの貴方も結局はPKに敗れるってところを全世界に配信してあげるのですっ!」


「……うん、そっか。まぁ、僕に全世界が興味を持ってるかはさておき、宣戦布告は受けたよ」


 さっきまでとのテンションの違いに惑わされつつも、僕は何とか返事を返した。


「ふふふ、それは良かったのです。ではでは皆さん、さようなら……」


 踵を返し、去ろうとするレヴリスの背中に短剣が突き刺さった。すると、刺さった場所から闇が漏れ始め、同時に彼女の姿が幻のように霞み始める。



「おっと……ふふふ、無意味です。何故なら、これは────」



 瞬間、消えかけているレヴリスの体が爆発し、闇で作られた苦無のようなものが無数に吹き出された。


「うわっ」


「ネクロさんッ!」


鉄壁アイアンウォールッ!」


 闇の苦無から僕を守るようにメトとエトナが立ち塞がり、続けて闇と鉄の壁が立ち上がる。その甲斐あって無数の苦無が僕たちを傷付けることは無かった。



「────分身ですから」



 背後から声が聞こえた途端、この場を支配していたプレッシャーのようなものが消えた。


「……一筋縄ではいかなそうな相手だね」


「そうですか? あの程度の相手しか居ないなら私だけでも余裕ですよ?」


 首を傾げるエトナを見て、僕は笑った。


「あはは、頼もしいね。でも、僕を守りながらだと難しいと思うよ。それに、あれは分身らしいからね……本体はもっと強いよ」


 さて、三日後か……残念だけど、まだまだラヴには辿り着けなさそうだね。

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