一夜にして成る屍の軍勢

 あれから数時間、すっかり日は暮れてしまい、橙色の夕焼けも山の彼方に消え去った。しかし、過ぎ去った時間の代わりにアンデッド達はそれぞれスキルを習得した。


「あー、疲れた……」


 僕がそう言って後ろにバタリと倒れようとすると、メトが直ぐに僕の肩を支えた。


「マスター、倒れては危険です。後頭部を強打する可能性があります」


「うん、そうだね……」


 僕は自分でも上の空と分かるレベルの返事を返し、全面が土で構成された洞窟の天井を見た。しかし、僕の視界は土だけで無く、ふわふわと浮遊する青白い火の玉達も捉えた。


「……よし、帰ろう」


 僕は言いながら頷き、ウィスプを眺める。


「うん、良い感じだね」


 何故彼らの数が半減しているのか? それは、彼らが彼らの能力によってしたからである。

 そして、その証拠に……ふよふよと漂うウィスプ達の中心には一際大きな青白い火の玉が浮かんでいた。


「うーん、ウィスプの中でも結構立場が上だったりするのかな?」


 それは小さいウィスプ達に守られるように、騎士に囲まれる王のように堂々と浮遊している。実際、種族名も『マザーウィスプ』に変化しており、二千体以上のウィスプが融合した存在はやはり別格なのだろう。


「あ、そうだ。名前付けとこうかな」


「ネ、ク、ロ、さんッ! いつになったら帰るんですかっ!?」


 僕が言うと、後ろで暇そうにしていたエトナが僕の肩を掴み、ガクガクと揺らしてきた。


「あー、ごめんね……でも、最後に名前だけ付けさせてよ」


 僕は言いながら、まるで洞窟の中に小さな月が浮かんでいるような、異常な大きさのウィスプを視界の中心に捉えた。


「月、鬼火、ウィスプ……ね」


 僕は目を瞑り、様々な思考を巡らせた。


「……ムーンかな」


 悩んだ末に出てきたのは、結局ただの直訳だった。しかし、そんな安直な命名でもしっかりと効果は発揮され、巨大なウィスプのステータスには『ムーン』の文字が刻まれた。


「……雑ネクロですね」


 どことなく疲れた声色でエトナはいつものセリフを口にした。まぁ、確かに雑ではあるけど。自他共に認める雑ネクロではあるけど。


 まぁ、それはともかく……最後にチラッと強化内容のおさらいをしておこう。


「ゾンビが約六百、と」


 ゾンビ、という括りの中にはゴブリン・ゾンビは勿論、ホブゴブリン・ゾンビやゴブリンメイジ・ゾンビなども含まれる。

 そして、最も重要な彼らの能力だが、あまりレベルは高くなかったので、五体満足で十分に戦闘が出来そうな全体の約三割程度のゾンビ達には、基本は瞬歩ステップ跳躍ジャンプ、剣術などを取得させ、ポイントが多めにある子は一つの技能を……例えば、火魔術や剣術などを限界まで振ったりした。


 そして、残りの七割……片手が無かったり、片足が無かったりする子は生産技能を基本に振り分けた。そもそも、テイムしたこの巣穴のゴブリンキング曰くレッドゴブリンは普通のゴブリンよりも手先が器用道具の扱いも上手らしいので、生産系スキルを与えるのは結構相性も良いだろう。


 まぁ、後の限られしテイムされた精鋭……ゴブリンキングやゴブリンナイトなどには強力な技能系を配布した。

 特に、この巣でも一番手強かったゴブリンナイトは元々SLv.7だった剣術スキルをSLv.10まで上げて、上位スキルである『上級剣術』を取得させた。更に一般的には無属性魔術と呼ばれる魔力術と、自己強化セルフブーストも与えておいたので結構強くなった筈だ。


「次は……スケルトンが約七百体ね」


 七百体のスケルトン、彼らは肉体がズタボロになっていたため、止むを得ずスケルトンにした死体達だ。しかし、だからと言って使えないくらいに雑魚という訳では無い。

 彼らは言葉も話せず、視覚に頼って物を見ることが出来ないが、魔力や生物の感情に反応して物を見ることが出来る。なので、視覚面に関して問題があるということはない。


 しかし、彼らは筋肉が消滅したせいか、スケルトン化した際にSTRとHPが落ちてしまうので、近距離での戦闘はあまり向いていない。代わりに脳が無い癖にINTは下がらず、AGIは寧ろ少し上がるのだが、正直どうでも良い。


 では、どこがゾンビより優れているかと言えば……彼らは、頭蓋骨を破壊されるまでは絶対に滅びないのである。

 なので、頭が良い個体であれば負けが確定した瞬間に頭蓋骨を遠くまで放り投げたりすることもある。尤も、弱い個体は落下の衝撃で頭蓋骨が砕けることもあるが。


 という訳で、結構特殊な性質を持つ彼らに施したスキルだが……全てのスケルトンに50SPも必要な【遠隔操作】を与えてある。

 グランにも取得させたスキルだが、スケルトンの場合は結構相性が良いはずだ。何故なら、最大の弱点である頭を体から切り離し、浮遊させることで簡単に逃亡と回避が出来るのだ。

 それに、彼らの体を構成する全ての骨を分解して攻撃することも出来るので結構優秀なスキルの筈だ。


 更に、通常だと頭蓋骨を中心にしか周囲の状況を感知できないスケルトンだが、気配察知を与えることで切り離した体にも索敵機能を持たせることが出来るのだ。

 一応、骨と骨の間が15メートル開くと気配察知で入手した情報を伝達出来なくなるが、小骨を直線上に並べていくだけでも感覚は保てるのでそこまでの問題にはならないだろう。


 まぁ、大抵のスケルトンはその時点でSPが尽きてしまうのだが、一部の優秀なホブゴブリンなどが元になっているスケルトンはSPも多いので、光属性耐性に遠隔操作と気配察知に加えて【音魔術】や【統率】も取得させ、スケルトン達のリーダー兼ゾンビや通常ゴブリン達との意思疎通役を任せている。


 後は、その余りで魔術や剣術なども取得させたり、逆に足りなかった者は戦闘特化のスキルを与えている。


「あ、そうだ」


 それと、スケルトンの中でも最も強い個体……それがゴブリンアサシン・スケルトンのエフィンだ。彼は元々禿山の様々な獣を一人で狩っては巣に持ち帰るという危険な仕事をこなしており、其の実力はうちのロアにも傷を付けた程だ。


 スケルトンになっても自我を保っている珍しい個体である彼には、単体行動に強力な力を与えた。

 それは、隠密性を高めるための気配遮断、何かと便利な闇魔術、そして……全てを切り裂く空間魔術だ。

 これを与えることで、矢のように高速で飛来し、ミサイルのように追尾し、槍のように敵を貫く最強の骨を作り出せる筈だ。

 実際、遠隔操作で飛んでくる無数の骨……その全てを避けることは到底不可能な筈だし、重装備の相手ならば骨程度をそこまで必死に避けないかも知れない。


 何にしろ、これは結構強いスケルトンが出来たはずだ。それと、Lv.56の彼にはバッチリ音魔術も与えてあるので、意思の疎通も可能だ。


「良いね……最後は、ウィスプ」


 僕は言いながら、ふよふよと提灯のように揺れる青白い火の玉達を眺めた。

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