火焔龍団の意地

 ウルガナは敗北し、塵のようになって消えた。残されたのは俺とオオノフだけだ。


「……オオノフ、どうする?」


 俺が尋ねるが、オオノフは首を振った。


「どうしようもないでしょうね。どうやっても彼らに勝つビジョンが見えません」


「だよなぁ……だが、逃げるってのも難しいよな」


「えぇ、明らかに速度で負けています」


 だったら、やっぱりこうするしかねぇな。


「……良し、オオノフ。決めたぜ」


 俺は剣と杖を構え、ネクロ達を睨みつけた。


「当たって砕けろ、だッ!!」


「そういうと思っていましたよッ!!」


 俺とオオノフは同時に火魔術を放った。が、それは思わぬ相手に防がれた。


「……こいつ、遺跡のゴーレムか?」


 黄土色の石材で出来た身体中に幾何学模様が刻まれているゴーレムが目の前に立っていた。しかし、さっきまでは一体もいなかったはずじゃ……?


「あはは、不思議そうだね。なんでいきなり現れたのかって思ってるのかな?」


「あぁ、その通りだよッ!」


 俺は返事と同時にゴーレムを思い切り爆炎で吹き飛ばした。


「じゃあさ、逆に聞くけど……なんでさっきまでは一発屋スマッシャーと僕たちが戦ってる時はゴーレムとか野生の魔物とかが出てこなかったのか分かる?」


「……知らねえ」


 確かに、言われてみればそっちの方が変だ。何故、ネクロとウルガナが戦っている時に邪魔が入らなかったんだ? ……いや、待てよ。邪魔?


「分かったぞ、ネクロ。お前だ。お前が、周りのゴーレムや魔物達を……邪魔が入らないようにしていたんだろ?」


 俺が言うと、ネクロは微笑んだ。


「正解だよ。えっと……炎の人?」


 その呼び名に俺はフッと思わず笑った。


「億尺だよ。数字の億に五尺玉の尺で億尺だ。火焔龍団イグニドってクランのリーダーをやってる。……そこそこ有名なんだが、知らねえか?」


 そう言うと、ネクロは首を振った。


「いや、知ってるよ。クランの方はね。にしても……そっか、そこのリーダーだったんだね」


 ネクロはうんうんと確かめるように頷いた。


「さっきも言った通り、周りのゴーレム達は僕の従魔が食い止めてたんだけど……」


 平原中から数匹の魔物がネクロの下に集まってくる。そのいずれも体は腐敗していたり、骨が見えていたりする。つまるところ、アンデッドだ。


「まぁ、あの火焔龍団イグニドのクランマスターの君なら……きっと、余裕だよね?」


 ネクロは笑いながら俺を指差した。それと同時に気付く。平原中から魔物達が集まってきているということに。


「な、なんだこれ……何が起きてやがんだよ」


 異常だ。異常事態だ。魔物が、ゴーレムが……どんどん遺跡から出てきて向かってきてやがる。


「あはは、これは僕の……というか、魔物使いモンスターテイマーのスキルだよ。範囲内の魔物を引き寄せることが出来るんだ。まぁ、効かない魔物も結構多いけどね」


 おいおい、完全に囲まれてんぞ。ゴーレム達と魔物達で争っているのもあってまだ俺たちの方には来ていないが、また襲われるのも時間の問題だろう。


「……だが、これだとお前らも襲われるだろうが。何の為にこんなことをしやがったんだ?」


 襲われたところで死ぬことはないだろうが、態々面倒を呼び込んだ理由はなんだ?


「何の為……まぁ、実験の為かな。この力を最大出力で使ったことは無かったからさ。どのくらいの範囲を指定できて、その効果が遺跡内とかの地下にも反映されるのか。他にも、呼び寄せた魔物は全て僕にヘイトが向くのか、近くに他のプレイヤーがいたらそっちもヘイトが向くのか……まぁ、そんな感じだね」


 なるほどな、単なる実験か。


「じゃあ、もう一回言うが……お前はここからどうやって抜け出すつもりなんだ? まさか、全部倒してから行くつもりか?」


 俺の質問にネクロは微笑んだまま答えた。


「それでもいいけど……まぁ、流石に面倒臭いからね。連携の練習はそこそこ出来たし。というわけで、僕はさっさと離脱させてもらうよ」


 そう言いながらネクロは周りの従魔達を一匹を除いて消し去った。その一匹とは、所謂ハイゴブリンとかいうやつで、人間と同じくらいの背丈をした知能の高いゴブリンだ。このハイゴブリンは黒いローブを身に纏っている。


「だから、それをどうやって……ッ!?」


 そのハイゴブリンがネクロに触れた瞬間、二人の姿は平原から消え去った。


「消え、た……?」


 転移しただと? クソ、一体あのゴブリンはどんな力を持ってやがるんだ。


「いや、います。あそこです。あの平原の端っこを余裕そうに歩いている、あれです」


 見えた。豆粒ほどに小さく見える平原の端を歩く人影。だが、遠くからでも分かるあの独特な雰囲気は間違いなくネクロだ。既にあのハイゴブリンの姿は消えている。護衛はあの影から現れる執事服だけで十分ということだろうか。


「……クソ。憎たらしい奴だな、アイツは」


「えぇ、ですが……そんなことを言っている暇は私たちには無いようですよ」


 オオノフに言われてみると、俺たちの周りはすっかり魔物とゴーレムで溢れており、その合間を縫って逃げ出すことは不可能に思えた。

 そして今、俺たちを睨みつけている魔物が数匹……ゆっくりとにじり寄ってきている。


「……でもまぁ、オオノフ」


 俺は杖と剣を構え直し、笑みを浮かべた。


「何ですか? クランマスター」


 オオノフの口からは久々に聞いたその呼び名に俺は苦笑しながらも、闘志を滾らせながら言った。


「どう考えても、ネクロとやりあうよりは勝率高いだろ? 今は周りにプレイヤーも居ねぇし……久し振りに、本気で暴れ回ろうぜ?」


 俺たちが好きなように火魔術をぶっ放すのは、大抵の場合は害悪行為となってしまう。だが、周りにプレイヤーが居ない今は……生き残る為に足掻くことが許された今は……好きなだけ暴れちまっても、許されんだろ?


「フフフッ。えぇ、そうですね。本気で暴れましょう。とはいえ、いつも好きにやってる気はしますけどね」


「馬鹿野郎。いつも以上にってことだ……よッ!!!」


 俺とオオノフは互いに背中を向けて、正面の敵に向けて渾身の芸術をぶちまけた。

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