破壊の波動
さっきまでの数倍のスピードで巨人の眼前へと舞い上がったウルガナは、その金色の右手を握り締めて思い切り振りかぶろうとした。
「キュウッ!」
しかし、地面から高速で伸びた土の鞭により振り上げた腕を一瞬で拘束された。恐らく、あのアースドラゴンの仕業だろう。
「なッ!?」
更に、土の鞭はウルガナの腕を掴んだまま地面に向かって急降下していく。このままいけばウルガナは落下でダメージを受けてしまう。
「ぐッ、クソがッ!」
ウルガナは鞭を巻き取ったり、千切ったりと必死にもがいてみるが、土の鞭は地面から無数に生えており、壊れた瞬間に別の鞭がウルガナを拘束するようになっていた。
「チッ、使うしかねぇかッ!」
あと数秒で地面に激突するというところで、ウルガナから溢れる赤黒いオーラが更に増していき、濃くなった。
「オラァアアアアアアッッ!!!」
バリバリバリッ、と空気がひび割れるような音と共にウルガナの破壊の波動がこの平原に広がっていく。土の鞭達は崩れ、そこそこ遠くにいた俺でさえも少しダメージを受けた。
「……
なるほど、減っていくHPを更に減らしてしまうことであの強力な波動を放ったのか。
「なるほどね、HPを削っちゃうからそんなに強力なんだ。僕も守ってもらわなきゃ危なかったかもね?」
そう言ったネクロの体には緑色の何かが纏わりついていた。こいつ、またスライムに自分の体を守らせやがった。
と言っても、ネクロの前にはグラン達も居て壁になっているので、スライムに守らせなくてもそこまでのダメージは受けなかっただろう。
「さて、話してる時間も勿体無えし……行くぜッ!」
そう言ってウルガナは地面を蹴り上げ、今度はアースドラゴンの方に飛び込んでいった。
「キュウッ!?」
アースドラゴンは驚きながらも自分の目の前に巨大な鉄の壁を創り出した。確か、土魔術のSLv.6とかで得られるやつだったはずだ。
「グロい見た目してる癖にきゅうきゅう言ってんじゃねえッ!!」
ウルガナは目の前の鉄壁を一撃で破壊した。が、その向こう側には既にアースドラゴンの姿は無い。代わりに、掘り返された土が残されているだけだった。
「地面に潜りやがったのか!? っと、危ねぇなッ!」
そして、アースドラゴンがいたはずの場所を睨みつけていたウルガナに赤熱し炎を噴き出している紅蓮の結晶が幾つも飛んでくる。
それをウルガナは高くまで跳躍することで回避した。
「グォオオオオオオオッッ!!!」
だが、そこまで追いかけて来た化け物が居た。ゴツい斧を片手に持ったあのオーガだ。オーガはウルガナと同じように跳躍して来ると、その斧を思い切り振り下ろした。
「なッ、こいつ────ッ!」
足元から跳び上がってきたオーガに気付くのが遅れ、尚且つ自由に動けない空中ではその凶悪な斧を避けることは出来なかった。
パリンッ、とまた一つウルガナのネックレスから光が消えた。残る光はたったの一つ。つまり、あと一度攻撃を食らえばもう後がないということだ。
「だが、逃げられねえのはてめえもだろうがッ! 死にやがれッ!」
確かに、空中で上手く動けないのはオーガも同じだ。しかし、ウルガナの拳がオーガに当たる寸前に、オーガは自分の斧を踏み台にして更に跳躍し、離れてしまった。
「グォオッ!」
地面に向かって落ちていく。跳躍の効果もあり、そのまま足をつけられればダメージは無いが、オーガはまだ攻撃をやめる気は無いようだった。
「なッ、今度は投石かッ!」
オーガは拳大の石を取り出して、ウルガナに向かって投げつけた。しかし、流石に並みの反射神経ではないウルガナは投げられた石を拳で砕いてダメージを回避した。
「グォッ、グォッ、グォオオオオッ!!」
「クッソッ、投げすぎだろうがッ!? どんだけ持ってんだよクソオーガッ!!!」
だが、オーガの方も流石にネットの中で何度も話題になっただけはある。投石は一発では終わらず、寧ろどんどんと投げるペースが上がっていく。
「オラッ、オラッ、オラッ、オラッ……ここだッ!」
「グォオッ!」
パシッ、ウルガナが投げられた石ころの一つを掴み、即座に投げ返した。オーガは焦ったように体を動かす。
結局、ウルガナの高すぎるSTRから繰り出される投石を完全に回避することは出来なかったが、何とか犠牲を左腕だけに留めることには成功したようだった。
「オラッ、再生なんて待ってやらねッ?!」
漸く地面に着地し、同じく地に着いた隻腕のオーガを狙おうとしたウルガナだったが、その前には体が鉄で出来たゴーレムが立ち塞がっていた。
「クソッ、やっぱりテメエが一番厄介だぜ、クソモグラッ!!!」
しょうがなく鉄のゴーレムを一撃で破壊したウルガナだが、オーガは既に斧を拾って仲間たちの方に退避しており、逆にウルガナは石や土、鉄や銅などの多種多様な素材のゴーレムに囲まれていた。
「オラッ、オラッ、オラッ! クソッ、時間がねえってんのに無限に湧いて来やがってッ!!」
アクセサリーの効果は恐らく、ダメージを無効化すること。そして、ウルガナのステータスはHPもVITもMNDも一切ポイントが振られていない。であれば、土のゴーレムの軟弱な攻撃でさえ見逃す訳にはいかないのだ。
「だァアアアアアアッ!! うざってぇんだよッ! クソがッ、もっかい吹き飛びやがれェエエエエエエエッ!!!」
ウルガナの体から溢れる異常なエネルギー。ウルガナの周りから消え去っていくゴーレム達。もう一度、ウルガナは
「キュウッ!」
「ぐァ!?」
が、恐らくアースドラゴンはこの技を発動させるのが狙いだったらしい。
脆い土の鞭は激しくぶつかると同時に砕け散ったが、それはウルガナの残機も同じだ。ウルガナはもう、相手の攻撃を無効化する手段を持たない。
「クソッ、時間がもうねぇし、後もねぇ……だったら、殺してやるよ」
ウルガナは大地を蹴りつけ、凄まじい勢いで飛び出した。最早、風前の灯火であるウルガナの体は一瞬で躍り出た。
「お前をなァ!!!」
……ネクロの前に。
「グォ!?」
「キュウッ?!」
「グォオッ!!」
ネクロの魔物達が驚いた声を上げる。唯一、オーガが驚くよりも先に石を投げていたが……流石に、命を賭した強化を受けているウルガナより速くは無い。
「ぶっ壊れろおおおおおおおおおッ!!」
振り下ろされる拳。迸る破壊の波動。平原に閃く赤黒い光。それは、さっきまでとは比べ物にならない絶大な威力を持つであろう一撃。そんな最強の一撃必殺の拳が、ただの人間であるネクロに放たれた。
「……なんで、死んでねぇんだ」
しかし、ウルガナの拳は真っ黒な手に止められていた。その手の持ち主は黒い執事服の男。しかし、その男からは邪悪すぎるオーラが漂っている。
「……クフフフ、なんでも何も私が止めたからですよ。
「ぐぁッ!?」
執事服の男が奇妙な笑い声を上げると同時に、オーガの投げた石が漸くウルガナの脇腹に到達し、胴体を木っ端微塵に吹き飛ばした。
「君の敗因は情報不足だね。もう少し、僕のことを知っていれば……彼の存在にも気付けただろうし」
首から上だけになったウルガナが、少しずつ消えていく。胴体があれば頷いていそうな様子のウルガナは、満足げに目を閉じた。
「あ、それと……別に、僕を倒したところで意味は無いよ。従魔が消える訳でも無いからね。あと、もうちょっと戦う時は頭を使った方が良いんじゃない? なんか、してやられてばっかりだったように見えるけど。正直、僕の仲間の女の子一人だけでも勝てそうな気がするよ。それも、片手だけで」
が、閉じられた目はカパッと開き、胴体があれば中指を立てていそうな様子でウルガナは恨みがましくネクロを睨みつけながら消えていった。
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