プレイヤーvs野生の魔物vsゴーレムvsネクロの従魔達

 平原の中心に立った僕に集まった視線は、直ぐに僕の数歩先へと移り変わった。


「な、なんだよあれ……」


「巨人に、オーガに……土竜アースドラゴンか!?」


「おいおいッ、アボン荒野のユニークボスをやったのはこいつってことかよッ!」


 それは、左から順番にグラン、ロア、アースだ。


「あはは、そうだよ。グランも、ロアも、アースも……みんな僕の仲間だ。それと、今からここで一暴れさせようと思うんだけど……巻き込まれたくなかったら、全力で逃げてね?」


 僕がそう言った瞬間、近くにいたプレイヤー達が一瞬で逃げ出した。代わりに、少し離れたところに野次馬の集団が形成され始めている。


「うーん、流石に全員逃げるとは思わなかったんだけど……まぁいいや、いつでもかかってきていいからね」


 しかし、遠巻きに僕らを見ているプレイヤー達は警戒した様子で近寄ろうとはしない。


「まぁ、しょうがないね。それじゃ、みんな……やっていいよ」


 僕が許可を下すと同時に、三匹の従魔達は暴れ始めた。


「あ、一応言っとくと護衛は別で連れてきてるから大丈夫だよ」


 僕はそう言いつつ、従魔空間テイムド・ハウスからミュウとネロを呼び出した。さて、後はジュースでも飲みながら観戦するだけだね。






 ♦︎……???視点




 俺は億尺。火を操る専門のプレイヤーのみを集めたクラン、火焔龍団イグニドのクランマスターだ。そこそこクランメンバーも多く、有名なクランなんだが、今日も活動の一環としてここに来ている。

 具体的に言うと、遺跡探索の為にクオレリアル平原に来たんだが……突然ネクロとか言う奴に占拠されて中央の方にある俺たちがメインで攻略している遺跡に入れなくなっている。


「……どうやったら、あんなことになんだよ」


 俺はを睨みつけながら言った。それは、この平原に溢れる屈強な魔物達やゴーレムを巨人が叩き潰し、オーガが斧で叩き割り、土竜アースドラゴンが爪で切り裂いている様子だ。

 何度見ても理解出来ない。俺たちが苦戦したはずの『グランドタートル』や『クルーエル・ワーウルフ』に、遺跡のゴーレムの中でも強力なゴーレムである『フォア・エレメントゴーレム』や『マジェスティック・ガーゴイル』。そのどれもがいとも容易く、赤子をあしらうかのように殺されている。


 金属よりも硬い甲羅を持ち、土属性を操るグランドタートルは甲羅ごと叩き割られた。

 二足歩行の狼のような容貌を持ち、その圧倒的な素早さと爪の鋭さで敵を翻弄するクルーエル・ワーウルフは自身の動きよりも速い赤い結晶が直撃して潰された。

 火、水、風、土、という四属性を巧みに操り、攻撃と防御のそれぞれに使い分けてくるフォア・エレメントゴーレムは属性の攻撃も防御も関係なく圧倒的な力にねじ伏せられた。

 圧倒的な威圧感を放ち、見るもの全てに畏怖の概念を抱かせて行動を阻害し、その頑強な石の体での攻撃や、高威力の魔法攻撃で敵を圧倒するマジェスティック・ガーゴイルは、威圧も効かず、魔法攻撃は避けられるか防がれ、逆にネクロの従魔達の攻撃を石の体程度の防御量で防げる訳もなく簡単に砕かれた。


 グラン、ロア、アース。どれも強力だが、やはり一番厄介そうなのはアースだ。

 こいつは隙を見てゴーレムを何体も作りやがるだけではなく、自分の周りに複数の敵の死体が転がっているのを見ると、死霊術を使ってゾンビとして復活させやがるんだ。

 成功率は半分程度に見えるし、復活したゾンビも太陽に焼かれて少しずつダメージを受けているが、十分程度なら普通に戦えるようだ。


「……分かりませんね。一応、ジョブはテイマーらしいですけど」


 隣で話すクランメンバーの言葉には何も返さず、俺は平原の中央を睨みつけた。平原のど真ん中には、インベントリから取り出したであろう椅子に座り、優雅に何かを飲みながら従魔達が暴れるのを鑑賞しているネクロの姿があった。

 その両脇には、ハイゴブリンとかいうゴブリンの上位種と、やけに色の綺麗なグリーンスライムが構えている。どうせこいつらも異常な力を持っているんだろうな。


「億尺さん……これ、どうしますか?」


 俺のクランメンバーの一人が不安そうな表情で尋ねた。


「どうするもこうするも、決まってんだろ」


 俺は腰に挿した杖と剣を両方とも抜いた。



「……戦争だ」



 ゴーレムも、野良の魔物も、アイツの従魔も……全員纏めて、ぶっ潰す。


「行くぞお前らッ! 俺たちの炎でどいつもこいつも焼き尽くしてやるッ!!」


 俺が走り出すと、それに合わせて俺のクランメンバー達も動き出した。そして、後ろで日和っていた他のプレイヤー達も動き出し……この平原で、戦争が始まった。


「そうだ、オオノフ。録画忘れんなよ。過去一の花火、見せてやるからよ」


「えぇ、既に始めています。こんな見せ場があって、貴方が何もしない訳ないですからね」


 俺は後ろに立っているオオノフという白っぽい灰色の長髪の男に言った。こいつは中々優秀なクランメンバーで、撮るのが上手いので撮影係としても、戦力としても重宝している。


「さて、こんだけ囮が居るんだ。上手く肉壁は使わなきゃいけねぇよな?」


 プレイヤー達が果敢にネクロ達に挑み、叩き潰され、斬り裂かれ、呑み込まれていくのを見ながら、俺は魔力を練り、詠唱を思い浮かべ、手を突き出し、口を開いた。


「『火炎よ、豪炎よ。煮え滾る我が殺意を焼べ、燃え盛る我が魔力を焼べ、そして業火によって敵をも焼べろッ! 地獄の業火ヘルフレアッ!!!』」


 俺の手のひらから巨大な魔法陣が花開き、幾重にも重なっていく。そこからこの平原全てを焼き焦がさんばかりの熱気が溢れ出した。思わず皆がこっちを見るが、もう構いはしない。


「PKでも何でも構いやしねぇッ! 全員纏めて燃やしてやるぜッ!」


 そして、その直径三メートル以上に巨大な魔法陣から、その大きさを超える火球がメリメリと現れていく。


「ば、馬鹿野郎ッ! 巻き込む気かッ!?」


「お、お前ッ、ふざけんじゃねぇぞッ!」


「に、逃げろッ! 火焔龍団イグニドのクソバカがやらかす気だぞッ!」


「クソッ、また花火師のやつかよッ!」


 直径五メートル程のその火球がその全貌を表すと、周りのプレイヤーはどんどんと逃げていく。動かないのはネクロ達と俺のクランメンバー達だけだ。


「はッ、今更逃げたってもう遅ぇなッ! お前らも、ネクロも、全員纏めて爆ぜやがれッッ!!!」


 魔法陣は既に消え、残ったこの巨大な業火球を俺はネクロに目掛けて撃ち放った。


「ぶっ飛べぇえええええええええええッッッ!!!」


 燃え滾る業火の球体は、ネクロに向かって飛んでいき……爆発した。





 平原の中心を爆炎が包み込み、辺り一面は焦土と化した。今は煙で分からないが、周りにいるプレイヤーは俺とオオノフを含めた何人かだけだろう。

 何せ、俺とオオノフは火属性攻撃に限り一度だけ無効化する特殊なアイテムを持っている。これは魔力を流している間しか発動できない上に、その間は他の行動を取ることができず、一度無効化すれば壊れてしまう。

 だが、俺たちはこのアイテムを重宝している。用途は勿論、自爆だ。自分を巻き込むような大きな攻撃に自分が耐えられるようにこのアイテムを持っている……が、正直自分が死ぬかどうかはどうだっていい。大事なのは爆発の後の景色を眺めて余韻に浸ることだ。それをする為には生きている必要がある……それだけだ。


「……最高だ」


 そして、多くのプレイヤーを巻き込みつつ、持ちうる最大限の火力で放った一撃は最高の感覚と感動を俺に与えてくれた。この煙が晴れて、俺たち以外に誰も居ない焼け焦げた大地を見れば仕上げは終わりだ。


「…………ぁ?」


 段々と煙が晴れていく。その中に、巨大な影が見える。まさか。有り得ない。幾らあの真紅の巨人クリムゾン・ジャイアントと言えど、この爆発と炎には耐えきれないはずだ。何故なら、俺たちは一度これと同じ方法でこの巨人を倒しているのだから。


「……嘘だろ、おい」


 しかし、居た。完全に煙が晴れて現れた巨人は、そこに居た。


「……なんだよ、あれ」


 だが、それはさっきまでの巨人では無かった。赤い鱗を纏っていたはずの巨人は、まるでフィギュアのような結晶の像に変わっていた。赤い、美しい結晶。紅玉ルビーで出来たかのような巨人。


「…………あぁ、そうかよ。そりゃあ、負けるよな」


 その宝石のような赤い巨人の半透明の体の中には、燃え盛る炎のような何かが、メラメラと光り輝いていた。それは、ただの宝石よりも美しく。無機質な結晶の体であるにも関わらず、生命の力を感じずにはいられなかった。


「負けて、当然だ。だって……綺麗、だもんな」


 それは、俺の炎よりも、爆発よりも、花火よりも、綺麗だった。芸術的だった。


「……はッ、お前も、生きてやがんのかよ」


 そして、その巨人の後ろから現れたのは、緑色の綺麗な何かを体に纏っているネクロだった。いや、あの緑色のは……グリーンスライムか。


「……お前、他のお仲間はどこに行ったんだ?」


 恐らく、あの巨人に爆発の殆どを防がせて、余波はあのスライムに守らせたのだろう。だが、他の従魔達はどこかに消えてしまっている。


「ん? ネロは多分どっかに転移して逃げただろうし、アースは地下に逃げたんじゃないかな?」


 纏わり付いていたグリーンスライムが離れると、ネクロは語った。


「……だったら、あのオーガはどこに行ったんだよ」


 俺が聞くと、ネクロはフッと笑った。


「上を見たら、分かるんじゃないかな?」


 上を指差しながら言うネクロに釣られて、俺はゆっくりと上を向いた。



「────は?」



 そこには、上空から俺に向かって一直線に落ちてくるオーガの姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る