自己満足

かぼちゃ天

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「ケーキ屋さんになりたい」


「漫画家になりたい」


「アイドルになりたい」


自分の好きなことを職業にしたい、と考えて目指す人は沢山いるだろうし、数年前までは私もそれに夢見ていた。


『小説家を目指したい』

そう親に告げた時、怒られた。

あの時のお母さんとお父さんの怒りようと言ったら、末恐ろしいものがあった。今でも思い出すと震えが止まらなくなるぐらいには。


私の両親は、私立の高校に入り、有名な大学に進学して大学教授になった。

仕事も収入も、ある程度確立していて、そんな両親を心の底から尊敬し、『私も同じ職業に就きたい』と考えた事もある。

だけど、私はとにかく勉強をさせられるのが嫌いで、親の目を盗んで本を読み、小説を書くことが唯一の楽しみだった。


高校は、親に決められた所へ進学した。

もう小説家になるのは無理だと感じている。それでも、同い年で将来の夢を自分の意思で決定できている人に妬ましさを感じてしまい、進路希望調査の度に憂鬱になる。



朝、いつも通りカバンに教科書と授業用のノート、小説を書くためのノートを入れて、駅へ向かった。


駅で同じ高校の同級生が騒いでいた。彼女たちはあまり騒いでいるようなイメージがない。不思議に思いながら電車に乗り込み、学校へ着いた時、その理由が理解出来た。


掲示板の周りにたくさん人が集まっている。掲示板を見ている人なんて、普段はごく少ない。全くもって掲示物がない事がその理由だとは思っているが。

興味本位で私も背伸びをし、貼り紙に目を通した。


「え?」

驚きで、思わず言葉を発してしまった。小説コンテストで、賞を取った人が同学年にいるらしい。

「すごいな。コンテストで賞を取るなんて。」

「シカノさんって、頭良い子だよね?考査の上位の欄で名前よく見る!」

「きっと有名な大学に進学するんだろうな。」

色々な声が耳に入ってくる。

頭が追いつかなかった。周りが上げている賞賛の声とは逆に、醜い感情で私の心は満たされていた。


なんで、どうして、羨ましい、苦しい


ギュッとスカートの裾を掴んだ。同い年なのに、どうしてこうも差がつくのだろうか。


私だって小説を書いているのに。

賞を取って、皆から認められたいのに。

小説家になりたいのに。


汗が流れ、体が熱くなっていく。

どくどくと脈打つ心臓は留まることを知らず、

追い打ちをかけるかのように予鈴のチャイムが鳴った。

さすがに名門校と言うことで、皆予鈴のチャイムに焦ったように教室へ向かっていく。

いつもの私なら、同じように焦って教室へ向かったと思う。

だけれど、私の足は動かず、先程見れなかった情報を見ようと目を動かした。


鹿野真理 という名前が書かれている。


「隣の、席の子だ…。」


さっき熱くなった体が嘘のように冷えていく。

激しい劣等感を感じ、ふらふらしてきた。


「もう予鈴は鳴りました。早く教室に行きなさい。」

と、通った見知らぬ先生に声をかけられ、おぼつかない足取りで教室へと向かった。



無理やり足を動かして着いた教室は、もう大騒ぎだった。

「真理ちゃんすごいね。私、小説読んでみたい!」

「勉強もできるのに、小説も書けるなんて尊敬しちゃうよ!」


8時38分。いつもなら皆座って勉強をしたり、読書をしたりしているのに、クラスのほぼ全員が鹿野さんの席の周りに集まっていた。

隣の私の席にもその影響はあり、もう座れないほど人が集まっていた。


「どいてよ。座れないじゃない。」

嫉妬心で埋め尽くされていた私は、そう声を発してしまった。

先程の熱が嘘かのように、静まり返る教室にハッとした。なんて事を言ってしまったんだろうか。

この空間にいたたまれなくて、重いバッグを持ったまま、教室を出ようと扉へ向かった。


「お前ら、もう始業のチャイム鳴ったぞー

何みんなして立ってるんだ。」


先生の一言に、蜘蛛の子を散らすように皆が席へ戻っていく。


「ホームルームを始める。知っていると思うが、鹿野が小説のコンテストで賞を取った。その作品を読んでみたい、という生徒が多かったから許可をとってコピーを貰っている。

教室に置いておくから興味のある者は見るように。次に、連絡事項は____」

そう言って、先生は今日の連絡事項について話し始めた。

けれども、そんなの頭に入ってこなかった。


「1時間目は移動教室だから遅れるなよ。」

最後に注意を加え、ホームルームは終わり、先生は教室から出ていった。


先生が置いていった鹿野さんの小説を読もうと、クラスの何人かが教卓へ向かった。

私も早く読みたかったけれど、先程空気を凍らせてしまったのに、あの輪の中に行く気にはなれず、大人しく教室を出て、理科室へ向かった。



正直に言おう。

今日の授業は何ひとつとして、頭に入ってこなかった。

鹿野さんの小説が気になって気になってしょうがなく、人目が無くなる放課後まで待ち、私は夕暮れの教室の中、コピーされた紙の束をめくった。



「なんで、なんで!!こんな陳腐な友情なんかより、私の書いた小説の方が面白いのに…!!」


怒りで満ち溢れた私は思わず立ち上がり、自分の座っていた椅子を蹴った。


「何してるの…?」

そこに現れたのは鹿野さんだった。

自分の荒れた心を制御できず、思わず掴みかかり、勢いのまま口にした。


「なんであなたのが評価されてるの!?

こんなの正当じゃない、私の書いた小説の方が面白いのに。私は才能があるのに、どうして世間に認められないの!」


急な言動に、鹿野さんは戸惑い、言葉を選んでいるようなのか、黙っていた。




___数分の静寂の後、鹿野さんはこう口にした。

「いくら貴方に才能があったとしても、それを皆に見せていないなら誰にも認められないよ。」


言葉が出てこなかった。からからに乾いた口と比例するようにぼろぼろと涙が落ちてくる。


そんな私にぎょっとしたような鹿野さんは、「あ、あの偉そうなこと言ってごめんね。」

と告げ、足早に教室を去っていった。


体から力が抜けて、思わず蹴った椅子に座り込んだ。

あぁ、私は『世間に認められない』のではなくて、『世間に認めてもらう』努力をしてこなかったのか。


「そんな事にも気づけないなんて、馬鹿みたい。」


今日、私が劣等感で傷つけた心にトドメを刺すようにそう言葉を発した。


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自己満足 かぼちゃ天 @m0unemui

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