第118話 ドワーフの里へと向かう旅です
朝。
昨日は久し振りにヒトツメの家でピノさんと夕食を食べた・・・本当に楽しい一時だった。
ピノさん・・・助かってくれて本当に良かったよ。
本当に・・・
さてと、ベッドの上でぼんやりする時間は終わり!
今日は何をしようかな。
ヒトツメの街で出来る事って・・・あ!
そうだ、ミッチェルさんの工房に行ってみよう!
工房の前に到着すると、入り口の回りを掃き掃除している人が。
「おや、あんたたしか・・・カルデシさん、だったっすね」
「こんにちは、ええっと・・・」
「ヨーデシっす。おやっさんの弟子っすよ」
ああ、確かそんな名前だったっけ。
バイト最終日、帰り道に放った全力の突っ込み。ふふ、あれもまたいい思い出だよ。
「こんにちはヨーデシさん。僕はカルアです。ミッチェルさんは何度言ってもカルデシって呼ぶんですけどね」
「あははは、カルデシさんはおやっさんに相当見込まれてますからね。あれからも何度カルデシさんの話を聞かされた事か・・・」
ええっ!?
ミッチェルさん、お弟子さん達に何を言っちゃってるんだろう・・・不穏!
「まあ中へどうぞっす・・・おやっさーーん! お客さんっすよー!」
工房に入ると奥からミッチェルさんが出てきた。
「おお何じゃカルデシ、ここに来るのはいつぞやのホワイトデスマーチ以来じゃな」
そう、納期間近にお弟子さんが3人とも風邪で寝込んじゃった、あのホワイトデスマーチ事件。
あれはそう、セカンケイブの探索が終わってヒトツメに帰ってきた時だったっけ。
「ホワイトじゃから病人を働かせたりはせん!」とか言ってひとりで作業してたミッチェルさんを手伝ったんだよね。
「ええ!? あの時ってカルデシさんが助けてくれたんすか!? もうおやっさん、何でそんな大事な事言わなかったんすか!」
「いや、あん時にそれ言ったら、お前らますます落ち込んどったじゃろう」
「それでもっすよ! カルデシさん、その節はほんとお世話になりましたっす!」
そんな話をしているうちにお弟子さん達も全員揃い、工房は仕事の時間になった。
「それでカルデシよ、今日はどうしたんじゃ?」
「はい、学校が夏休みに入ったのでヒトツメに戻ってきたんです。それでミッチェルさん何してるだろうって」
「ほいでここに来たっちゅう訳か。なるほどな。ううむ、わしのほうは特に何っちゅう事も無いんじゃが・・・おおそうじゃ、せっかくじゃからドワーフの里にでも行ってみるか?」
ドワーフの里!?
ドワーフと親しくなって紹介してもらわないと入る事が出来ないっていう、あのドワーフの里!?
「いいんですか!?」
「おおええぞ。ここ暫くの間じゃったら工房のほうは弟子達だけで回るからの。里に入る審査に多少時間はかかるが、カルデシのほうは構わんか?」
「はい! それくらい全然大丈夫です」
「ほうかほうか、ほんなら早速・・・む、流石に里まで歩いて行く訳にはいかんな」
「ええっと・・・どれくらい時間が掛かるんですか?」
「ほうじゃのう・・・ここからじゃと急いで行って10日くらいかのう」
「10日・・・結構掛かりますね。どの辺りにあるんですか?」
ミッチェルさんに説明してもらったドワーフの里の位置・・・あれ? ここってもしかして・・・
「そうじゃ、よく知っちょったな。その村からじゃったら1日くらいで行けるぞ」
やっぱり。
モリスさんから教えてもらった転移スポットのひとつから、そんなに遠くない位置だった。
「じゃあその村の近くに転移して、そこから歩きって事でいいですか?」
「うむ、それで構わん。急ぐ用がある訳でもないからな、多少は旅らしくせんと味気ないもんじゃよ」
うん、転移って便利だけど、旅って感じは全然しないからね。
荷物をまとめたミッチェルさんを連れて、モリスさんの転移スポットへ転移。
隠蔽の掛かった小屋から外へ出ると、
「おう、あれじゃあれじゃ。ほれカルデシ、あの山を目指して歩くぞ」
ミッチェルさんの指差した山に向け、僕達は歩き出した。
夕暮れに差し掛かった頃、遠くから誰かが叫ぶ声が――
「む、今のは悲鳴か? それに叫び声も・・・走るぞカルデシ」
「はいっ!」
声の聞こえたほうに向かって走り出す僕達・・・ってミッチェルさん、
「ミッチェルさん、一旦止まって!」
その場に止まった僕達ふたりを結界で覆って、その結界全体をベクトルで移動。
もし周りに見ている人がいたら、僕達は立ったまま前に進んでるように見えてるはず。
「おお、こいつは凄いのう。結界が乗り物みたいじゃ!」
街道沿いに進んでいくと、まもなく前方に騒ぎの現場が見えてきた。
「あれは熊の魔物か! しかも2体もじゃと・・・」
そこでは、馬車が熊の魔物に襲われていた。
馬車は無事みたいだけど、その脇には馬が倒れて痛そうに身を
そして2体の熊に向かって大槌を構えるふたりのドワーフ。でもあれじゃあ――
「グルアーー」
「のわあっ!!」
片方のドワーフが熊の腕に弾き飛ばされた!
「行きますっ!」
「スティールはダメじゃぞ!」
「はいっ!」
そのままほんのちょっとだけ身体強化して、近い方の熊の前に立ち、
「えいっ!」
上段から
それを横目で見ながらもう片方の熊に前に移動し、今度はアッパースイング。
「たあっ!」
熊は気持ち良く空の彼方へ飛んでいった。
「大丈夫ですか?」
熊のフルスイングで撥ね飛ばされたドワーフに近づくと、頭を振りながら立ち上がった。
「痛たたたた、うむ助かったぞ。まったくえらい目に会ったわい」
え、あの攻撃を受けてその程度って・・・ドワーフむっちゃ頑丈!
「一応回復魔法を掛けますね。『回復』」
「おお、すまんの」
もうひとりのドワーフは、近くで倒れている馬に駆け寄って声を掛けてる。
「おい馬五郎! しっかりせい・・・なんて事じゃ。こんな怪我じゃあ・・・」
「ぶふぅん」
力無くドワーフに応える馬は、前足がおかしな方向に折れ曲がり、胸の横辺りの大きな傷からたくさんの血が流れ――血が!?
「うわあっ『復元』!!」
「おいカルデ――」
「まったく・・・『復元』は見せん方がよかったんじゃが・・・」
「すみませんミッチェルさん。あの時のピノさんの姿と重なって・・・」
「馬じゃぞ? ピノの嬢ちゃんに似ちょったか?」
「似てませんよ!! そうじゃなくって・・・怪我とか血とかが・・・」
「・・・うむぅ、まあ仕方ないじゃろ。あのふたりにはキッチリと口止めしとかんとの」
ミッチェルさんは、涙を流しながら馬に抱きついてるドワーフとその横で呆然としているドワーフに近づいていく。
「お主ら、大丈夫じゃったか」
「おお大丈――ってまさかミッチェル師!?」
「おおそうじゃ、わしじゃよ」
「助けていただいて感謝しますじゃ。ミッチェル師とお連れ様は命の恩人ですじゃ」
「ほうじゃほうじゃ。それにわしの可愛い馬五郎も――」
「おおそうじゃ、その馬の事よ。ええかお主ら、わしの連れのカルデシが馬の怪我を治したっちゅうのはここだけの秘密じゃぞ」
「秘密にすんのは、高位エルフみたいに『復元』を使った、っちゅう事かの?」
「ほうじゃ。人間がそんなん使ったなどと知れたら面倒事にしかならんからの」
「確かにそうじゃの。命の恩人の事じゃ。命に替えても秘密は守ろう」
「おお、わしもじゃ」
「うむ、頼んだぞ」
あ、さっきの熊を持ってかなきゃ。
木の側に倒れてる熊の魔物に近づいて、
「『解体』『収納』、うん、これでよしっと」
「・・・のうミッチェル師、あれも黙っといた方がええんかのう」
「・・・」
こうして僕達は、助けたドワーフふたりと一緒にドワーフの里に向かう事になった。
ごめんアーシュ、僕・・・
ひとりでテンプレしちゃったよ!
「カルデシよ、そろそろ昼飯にするかの」
「ああ、そうですね」
いつのまにか太陽は真上でギラギラと・・・うわ、もう見るからに暑そう。
僕とミッチェルさんは空気を程よく冷却した結界の中にいるから快適だけどね。
あ、今は急いでないから自分の足で歩いてるよ?
「おおい、そこの空き地に馬車を停めて休憩じゃ」
「「おおーー」」
馬車の人達は暑さとか全然平気そう。
「当然じゃ。これくらいの暑さ、鍜治場と比べたら涼しいくらいじゃ」
うん、流石ドワーフ。
さて、お昼ご飯の支度をしなくちゃね。
と言ってもそんな大した料理とか出来ないから、パパっと簡単に出来るもの。
おっと、その前にまずはテーブルと椅子を用意しなくちゃね。
土魔法でパパっと形を整えて、錬成して乾燥して・・・これでよしっと。
そしたら次は料理。さっきの熊肉を取り出して、
「『加熱』『スライス』」
スライスした肉をボックスから取り出した皿に載せて、ピノさんからもらったミックスハーブソルトを振りかけたら・・・
「完成っと。さあどうぞ」
あれ? みんな動かない・・・早く食べようよ?
「ミッチェル師、これも黙っといた方がええんじゃろうか?」
「まあ、わしの弟子じゃからって事にしとけばギリ大丈夫かの・・・まったく先が思いやられるわい」
「おお! こいつは旨い! 火を使ってないせいか肉が柔らかいのう。それにこの香草の具合が最高じゃ!」
「まったくじゃ。ええい、里に着いてからじゃったら酒を飲んだものを!」
「ほんにのう!!」
「しっかし、鍋も包丁も・・・そもそも火も使わずにこんな旨い飯を作るとはのう・・・ある意味ドワーフに対する全否定じゃな」
「「じゃな。がっはっはっ」」
「じゃがこれ・・・焼く代わりに錬成の『加熱』を使ったんじゃろ? それだけならわしらでも出来そうじゃ」
「おお、お主ら『加熱』を知っちょったか」
「当然じゃ。錬成関連の情報じゃからな。里の
「ほうかほうか」
「うむ。確かどこぞのドワーフに弟子入りした『カルア』っちゅう名のエルフの娘っこが開発したとか。里じゃあ『カルア』って何
「は、はは・・・ソウデスネ」
(カルデシよ、里にいる間お主はカルデシじゃからな)
(はい・・・是非それでお願いします)
お昼ご飯も終わり、ドワーフの里に向けて歩き出す。
また魔物が出てくるかもしれないから、ちょっと広めの範囲を『把握』しながらね。
「あ・・・」
「む、どうしたカルデシ」
「さっきのと同じ熊の魔物がこっちに向かってきてます」
「なんじゃと。警戒を――」
「大丈夫です、把握してるので・・・『スティール』『収納』・・・片付きました」
「何ちゅうか・・・わし、今日やっとブラックさんやモリスさんの苦労が理解出来た気がする・・・」
その後もちょいちょいウルフとかディアを『収納』しながら歩き続け、
「む、あのあたりで野営できそうじゃな。おおい、今日はここまでじゃ。あそこで野営するぞ」
「「おお!」」
少し
きっとドワーフの里に向かう人達の定番野営スポットなんだろうな。
「さてカルデシよ、テントを張るなら手伝うぞ」
「あ、大丈夫です」
テントと同じ形の結界を張って、それにテントの布を被せたら、
「完成しました」
「・・・」
いや、これくらいで今更そんなに驚かなくても・・・
「む、じゃが急な風で飛ばされたりせんか?」
「ああ、それなら大丈夫です。この結界具でこの野営地全体を覆いますから」
ボックスから取り出したのは、ノルトに渡した結界具の試作品。
範囲はあの農場よりずっと小さいけど、その分強力になってて、嵐だけじゃなくって魔物も寄せ付けない。
「なので、夜の番とかもしなくて大丈夫ですよ」
「「「・・・」」」
「のうミッチェル師、わしらどこまで秘密にしたら・・・」
「わしもう知らんもん」
「ミッチェル師!?」
結界の中の虫はまとめて『把握』からの『冷却』で全滅。
虫は野営の敵だからね。
ついでに程よい気温にして・・・
「む、何じゃ、空気が変わった?」
「カルデシお主、やりおったな・・・」
そして晩ご飯。
といっても昼ご飯と同じなんだけどね。
テーブルを用意して、熊肉ステーキ。
あ、でもせっかくだから途中で収納したウルフとディアも出そうかな。
食べ比べって事で。
「出来ましたよー。どうぞー」
「む、こっちは熊とは違う肉じゃの。一体いつの間に・・・」
「あははは・・・あっそうだ、結界の中なら魔物は入って来れませんから、皆さん今度はお酒が飲めるんじゃないですか?」
「なっ何じゃと!? お主天才か!?」
そしてそそくさと馬車に向かい、中から酒樽を持って出てきた。
いや、まさかと思うけどあの馬車の荷物って・・・
お酒が入ったドワーフは凄かった。
お肉も最初に用意した量じゃ全然足りなくって、大皿に山盛り追加した。
そしてお酒が進むにつれて辺りはすっかり暗くなり、そろそろ――
「ドワーフは夜目が利くんじゃよ。そのおかげで坑道で鉱石掘るんも苦労せん」
ドワーフの夜は終わらないみたいだ。
「ちゅうかカルデシ、お主も見えちょるんか?」
「あっはい、僕のは時空間魔法で把握してるからなんですけどね」
「お主のその万能っぷりはとんでもないのう」
ミッチェルさん達はまだまだ寝そうもないので、僕はひとりテントの中へ。
もちろん結界に防音を付けてね・・・
清々しい森の朝。
テントから出ると、そこには地面に転がる3人のドワーフの姿が。
結局あのまま飲みながら寝ちゃったみたいだ。
「ミッチェルさん、朝ですよー!」
「む・・・むむぅ・・・」
「皆さーん、朝ですよー!」
「む・・・んごーーー・・・」
「もう、しょうがないなあ」
水を取り出して、キンキンに冷やして、そのまま3人の頭の上に移動。
そして――
バシャッ
「「「のおおぉぉぉぉぉっ!?」」」
「皆さん朝ですよー。ほら、片づけたら朝ごはん食べて出発しますよ」
朝ごはんはボックスから取り出したパンとピノさん特製スープ。
スープを一口すすった3人は、そのまま凄い勢いで飲みきり、
「「「おかわりじゃ」」」
そして鍋ひとつ空っぽにしちゃった。
「むう、まさかこんなところで出来立てのスープを飲めるとは・・・」
「しかも恐ろしく旨い。一体いつのまに作ったんじゃ?」
「ああ、これはヒトツメで作ってもらったのをボックスに入れてたんですよ」
「いや、じゃが出来立て・・・まさか!?」
「はい、時間停止のボックスなので」
「「やっぱりか・・・」」
「・・・」
鍋や皿の汚れは『分離』しちゃえばすっきり綺麗。
お手軽でいいよね。
「錬成魔法でやりたい放題じゃな」
「やっぱり便利ですよね、錬成って。ミッチェルさんに教えてもらって本当によかったです」
「いや、わしが教えたのはガラス作りの基礎だけなんじゃが・・・」
「ミッチェル師、どこまで秘密――」
「もうわしらに会った事自体秘密にするか」
「いや、それは無茶が過ぎますじゃ」
野営地を出発した僕達はそのまま進み続け、お昼近くにドワーフの里に到着した。
「すごいや、ここまで鍜治場の音や鉄の焼ける匂いが届いてくる」
「ほうじゃろう。これがドワーフの里じゃよ」
ドワーフの里はまるで都市みたいに高い塀で囲まれていて、その門には王都みたいに門衛さんが立っていた。
「これはミッチェル師、ご帰還おめでとうございます」
「ちょこっと帰ってきただけじゃよ。弟子に里を見せてやりたくてな」
「こちらがお弟子さんですか。ようこそドワーフの里へ」
「はい、ありがとうございます。僕はカル――デシって言います」
「カルデシさんですね。では審査を――」
「「ちょっと待ったぁ!!」」
ここで一緒に来たふたりのドワーフが声を上げた。
「こちらのカルデシさんは魔物に襲われちょった我々を助けてくれた命の恩人じゃ。そしてこの荷物、買い出しの酒の恩人でもある!!」
「何と!? 酒の恩人!?」
「うむ。じゃから我々から『特例措置』を要求する」
「酒の恩人なら確かに特例措置の対象・・・分かりました、特例措置を認めます」
「あの、ミッチェルさん。特例措置って?」
「ああ、里に対して大きな貢献をした者を里の準一員として登録し、審査なしで出入り可能とする措置じゃ。まあ酒を守ったっちゅうのもあるが、わしの弟子っちゅうのも認められた理由じゃろうな」
「なるほど」
「という事ですので、カルデシさんは今日からドワーフの里の準一員となります。今後カルデシさん自身は自由に里に出入り出来ますが、他の方の紹介は出来ませんのでご注意ください」
「ええっと、それって?」
「カルデシが他の
「ああ、なるほど」
こうして僕はドワーフの里の準一員――名誉会員?――になった。
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