第116話 テーギガとは一体何だったのか

そして話は今日の本題である「敵の正体」へと進む。


「さて、あの場で何があったのかはよく分かったよ。じゃあ次はあいつの正体だ。結局あれはなんだったんだろうねえ。『スティール』出来たのなら魔物って事かい? だがあれはどちらかと言うと・・・」

「うん、人が作ったもの、だよねえ」


あれ魔物なのか魔道具なのか。

これは以前にも感じた疑問。


「それに他にもおかしな点がある。あいつはもともと3体だったんだ。それをピノがミンチにして混ぜて捏ねて叩いて焼き上げて」

「ああ、ハンバーグの出来上がり、と」

「茶化すんじゃないよモリス。それがいつの間にか逃げ出したと思ったら別の場所で一体化のうえにパワーアップまでしてたんだ。こんなのは生き物にしたって魔道具にしたって普通じゃないだろう?」


とここでサーケイブが、

「スライム・・・に似てる・・・かも」

テーギガとスライムとの類似性を指摘。

「ふうむ、確かにスライム系の魔物かと疑った事もあるけどさ、どのあたりが似てるんだい?」

「スライムは・・・稀に・・・合体して・・・ひとつの個体に・・・なる・・・そこは、似てる」


何気なく質問したマリアベルだったが、それに対するサーケイブの回答はまさに爆弾だった。

「ちょっと待っとくれよ、スライムって合体するのかい!?」

それは学会でも報告された事がない新事実。

「する。でも・・・粉々になったら・・・生きられない・・・そこは、違う」


スライムの合体はマリアベルにとっては非常に気になる点だったが、サーケイブにとっては特に今更気になるところでもない。

話はそのまま次の内容へと流れていった。

「スラスラ、さん・・・その・・・敵の、魔石・・・見たい」


「むう・・・仕方ない、スライムについてはまた今度じっくり聞かせてもらうとしようかね。だがまあ今日のところは・・・カルア、テーギガの魔石を見せてくれるかい。・・・よし、ここに出しとくれ」

サーケイブに同意したマリアベルは、そう言ってカルアに空いているテーブルを指差した。





テーギガの魔石?・・・ええっと・・・ああ、確か固めてボックスに収納したんだっけ?

「分かりました。ちょっと待ってくださいね」

テーブルのところまで歩いていって、ボックスから取り出した魔石をそこへ置いた。

「本体の方はどうします?」

確かそっちは結界ごと収納してたような気がする。


「そっちも・・・見たい」


って事なので、そっちもテーブルへ・・・って結構大きいけど大丈夫かな?

・・・うん、無理そうな気がする。こっちは床へと置こう。



テーブルに置いたテーギガの魔石を観察するシル。

でも何処かちょっと不満そうな感じ?

「これ・・・元の状態に・・・戻して」

「あ、うん・・・元の状態って言えるか分からないけど・・・『融解』」

魔石はテーブルの上にでろんと広がった。


その様子に一転満足げな表情を浮かべたシルは、ドロドロになった魔石の観察を続ける。

顔を近づけてじっと見つめたり、匂いを嗅いだり指でつついたり、その指に付いた魔石の雫を転送したり・・・って転送?

「直接・・・見たくて・・・研究室・・・に送った。・・・今から、あちら・・・の設備で・・・調べてくる」


その声を最後に接続が切れたシルの操化身アバターは、ころんとテーブルに横たわった。

確かに研究室の設備やダンジョンコアで調べたほうが確実だよね。

行ってらっしゃーい。


「へえ、それでこっちがそのテーギガの本体って訳かー。ってあれ? これって・・・ミッチェルくーん、ちょってこれ見てよ」

床の上の本体を見て、モリスさんがミッチェルさんを呼んでる。


「何じゃいモリスさん」

「これこれ、何だかこれってさ、アレみたいじゃない? ほら君のとこの『融解』したガラスとかそんな感じの」

「おお、確かにそんなふうに見えるのお。ガラスみたいな金属みたいな・・・なんじゃか他にも混じっちょるか・・・のおカルデシ、こいつちょっと小分けにしてええか?」


「あっはい、どうぞ」

せっかく調べてくれてるってのに、ダメなんて言うはずないよ。


「ふむ、じゃったら・・・」

そう言って魔法の鞄から小さな桶を取り出すミッチェルさん。

ああ、ミッチェルさんって魔法の鞄持ってたんだ・・・


「カルデシよ、上を開けてくれんか?」

「はい! ちょっと待ってくださいね」


本体を囲う結界の操作・・・上の壁を取り除いて・・・あ、残った壁は分かりやすいように色を付けとこうかな。

色は・・・とりあえず青で。

「はい、どうぞ」

「おお、すまんな」


結界の中に手を入れてテーギガの本体を小さい桶に掬い上げるミッチェルさん。

と、その横で、

「ねえカルア君、君今結界に色を付けたよね? それってさ、どうやったの?」

そんな事を訊いてくるモリスさん。

ああ、そう言えば・・・


「ええっとですね、魔道具を作るときに色を付与するのってよくやるんですけど、何となくあれと同じイメージでやってみたら・・・出来ちゃいました」

特に意識とかしてなかったなあ。


「そっかあ・・・色の操作って光魔法のくくりだと思ってんだけど・・・はは・・・付与とか結界とかに何となくイメージしたら出来ちゃうものなんだねえ・・・ねえオートカ?」

「そうですね・・・まあ何となくで出来てしまうのはカルア殿だからでしょう。しかしそこには必ず理由や理論がある筈ですから、そこは我々で突き詰めていきましょう」

「はは・・・まず現象ありき、か。最近多いなあ、そういうの。まあカルア君だから仕方ないか」

「ええ、そういう事です」



モリスさん達がそんな話をしてる中、ミッチェルさんは桶の中を覗き込んで、じっとテーギガ液?を観察してたんだけど、

「ううむ、こりゃあ確かに『融解』状態じゃな。どれ・・・『分離』」

と、桶の中のテーギガ液に錬成魔法を送り始めた。


コロン・・・


桶の横に現れた金属の塊。

「ほほう、やはり鉄は入っとったな」

どうやら今のは鉄を取り出したみたい。

「ふむ、じゃあ次はガラスじゃな。『分離』」


コロン・・・


「ほほう、ガラスの方が多く含まれてたみたいじゃな」

ミッチェルさんの言う通り、出てきたガラスの塊は、鉄のよりも大きかった。

それから・・・

銀、錫、銅、それに――

「何じゃと!? 僅かとはいえミスリルが入っちょった。こいつはどういう事じゃ」


「ミスリルですって!?」

急に大きな声を上げたミレアさん。

「ミスリルは全部国が管理してる筈よ。何に使われたかは全部記録されてて、その記録はうちの研究所でも見れるようになってるけど・・・でも私こんなのに使われたなんて記録、見た事ない!」


そこでみんな黙っちゃった。

でもそもそも、

「あの・・・ミスリルって何ですか?」

その名前だって今初めて聞いたんだよね。


一瞬驚いた顔をしたミレアさんだけど、すぐに納得したような表情で頷いて、

「ああそうか、普通は知らないか」

と言って教えてくれた。


「ミスリルってのはね、魔法金属って呼ばれる特殊な金属なの。半分機密情報みたいに扱われてて、研究機関とか以外ではあまり知ってる人っていないのよね」

「魔法・・・金属?」

「そう、魔法金属。これ聞いたらちょっとビックリするわよ。ミスリルはね、なんと加えた魔力を増幅させちゃうのよ」


増幅って・・・


「ミスリルを使うと魔法が強力になるって事? それって凄い事なんじゃ――」

「ええ、凄いでしょう? だけど採れる量がすっごく少ないし、そもそも金属なのに鉱脈みたいなのも発見されてないし、本当に謎の金属な訳なのよ。だからね、公表しても混乱を招くだけだからって事で、研究機関以外には知らせてないの」


そんな希少な材料をどうやって入手したんだろう・・・



そこでみんなまた黙っちゃって、それぞれ考え込んでいると、

「ただいま・・・分析・・・完了・・・でいいの・・・かな?」

シルが操化身アバターに戻ってきた。


「お帰りシル。何か分かった?」

「うん・・・色々と、ね」

「ほう! じゃあ早速教えてくれるかい?」

ものすごく身を乗り出すモリスさん。

「分かった・・・じゃあ、まず・・・」


そしてシルの説明が始まる。

「あれは・・・魔石・・・だった」

「ああ・・・うん、そうだね。魔石だよね」

だってスティールで抜き出せたんだし。

「違う・・・そうじゃない・・・原材料・・・が魔石。・・・あれは・・・魔石で・・・作られた・・・加工品、だった」


「ほほう! やっぱり人の手によるものだった訳だねえ。って事はやっぱりこれは魔道具って事か」

「魔道具、魔道具ねえ・・・でもこれ、さっき見たあの様子からすると道具って言うより武器、いや兵器よね」

「ミレアさん・・・そうするとやはりこれはミレアさんの分野、となりますね」


「魔石・・・が融解され・・・た状態。・・・それに・・・よく分から・・・ない付与。それが・・・あれの・・・正体」

「付与!? よく分からない付与!? ちょっとその魔石見せて!」


付与と聞いたら黙っていられない聖女様が、テーブルの上の魔石に覆い被さるようにして解析を始める。


「え? この付与って私の・・・じゃあロベリー式を使える誰かが作ったって事? そんな一体誰が・・・っと今はそれより付与の中身を・・・って何これ!?」

何かに驚いて身を起こすロベリーさん。


「ちょっと、何この膨大な分量! それに内容が暗号化されてて・・・ダメ、これ暗号鍵が無いと解けないタイプっぽい。にしても何よこの超高度な暗号化技術は。こんなのどこで開発されたのよ!」


「ロベリー君でも解析できない付与がロベリー式で・・・ねえオートカ、そんな事ってあり得ると思う?」

「現時点では情報も技術の積み上げも少ないロベリー式でそれほど高度な付与、ですか。しかも民間技術の水準を上回る暗号化・・・到底あり得るとは思えませんね」

「だよねえ・・・これが10年20年先だってんなら別だけどさ、今の時点では完全にオーパーツって奴じゃない?」


どうも謎が増えたっぽい?

でも解けた謎もあったみたい。


「まあでもさ、カルア君がスティール出来た理由は分かったよね」

「え? 分かったんですか?」

「うん。だってこれ、材料が100パーセント魔石で、その動作は『擬似的な魔石』たったって事だろう? だったらさ、これはもうテーギガにとっての魔石で間違いないじゃない」


『魔石で出来てて』『魔石と同じ動作をする』から『魔石』。

なんてシンプルで分かりやすい・・・


「いやでも紛らわしいから、『魔石』じゃない別の呼び名を考えたほうがいいかなあ・・・」

うん、僕もそう思う。

「呼び名が決まったら僕にも教えてくださいね」


それにしても、『融解した金属で土人形』ってのは僕も前に考えた事あったけど、それに魔石の働きをするパーツを加えて自分で動けるようにするなんてねえ。

・・・世の中には凄い人がいるんだなあ。





カルア達が帰り、静けさを取り戻したベルマリア家。

離れへと戻ったマリアベルの元に、とある来客いや家族の来訪があった。

「お母様」

「ああ、そろそろ来る頃だと思ってたよ、リアベル」

カルアの母、リアベルである。


「あの子に何があったのか、さっきので分かっただろう?」

「やっぱり気付いてたのね、私が『遠見』してたのを」

「いや、気付いてはいなかったよ。その逆さ。リアベルなら多分見に来るだろうと思ってたからね、それであいつらをここへと呼んだんだ」

そう言ってマリアベルは軽く微笑む。


「まあ見ててくれてよかったよ。もしこれであんたが見てなかったら説明が二度手間になるところだったからね」

「もう、お母様には敵わないなあ」

「はんっ、これでも30年以上あんた達の母親をやってきたんだ。当たり前さ」


向かい合ってソファーに身体を沈めるふたりは、ここでお茶を一口。


「で、どうだった? 今回のあれは、あんたの『未来視』の通りかい?」

リアベルは少し考え、軽く首を振った。

「分からないわ」

「分からないって? どういう事だい?」


「だって・・・」

両の拳を握り、マリアベルに視線を向けるリアベル。

「さっきの映像、カルアがかっこよく敵を倒すシーンだけだったじゃない。説明だってほんのちょっとだったし、あれじゃあ相手の強さも何も分からないわよ」


それを聞いてマリアベルは気付いた。

「ああ、そういえばカルアの説明は修行の事からだったねえ。戦いの状況はその前にモリスから聞いてたから、すっかりあの場で聞いた気になってたよ。仕方ない、じゃああたしが襲われたところから説明しようかねえ」

こうしてマリアベルは、結局自分の口からすべて説明する事になった。


「・・・という訳さ。で、さっきの質問に戻るけど、あんたどう思った?」

「そうね・・・私が視た中で間違いなく最強だと思う。それも桁違いにね。ドロドロの不定形で物理も魔法も効かないってのは他にもあったけど・・・それが人型になったり合体したり、挙げ句に戦い方を覚えて魔力を使って、しかも人間みたいに感情を持ってしゃべるとか・・・」


マリアベルは難しい顔でそれを聞き、

「むう・・・今後の傾向とか分析しようと思ったんだがねえ。他に何か気付いた点はあるかい?」

「そうねえ・・・まあ何といっても正直一番驚いたのはカルアね。ここまでぶっ飛んだ子に成長するなんて、これまで視たどの未来でも無かったわよ。一体どんな出会いや出来事が化学変化を起こしたんだか・・・」


マリアベルの脳裏で一人のバーサクな少女がニッコリと手を振っていたが、それは見なかったことにした。


「まあ色々あったんだろうさ。でもカルアは見てて全く飽きないからね。あたしにとってのカルアは今のカルアだし、あたしはあの子が好きだよ」

「ふふ、そっかそっか。私も影響がないって確信が持てればずっと『遠見』で見てたいところだけど、何がどう影響するのか分からないからそうもいかないのよね。残念だけど、あの子の事はもうしばらくお母様にお任せするわ」

「ああ、分かったよ」


こうして母と子の束の間の再会は終わりを迎え、

「ああそうだ、こいつを渡しとくよ」

別れ際にマリアベルはリアベルにシンプルなペンダントを手渡した。

「お母様、これは?」

「ああ、こいつは虫の知らせ的な魔道具さ。うちのロベリーって付与術師が意味不明な技術で作った魔道具なんだが、カルアに『望ましくない』事が起きると、頭の中で音が鳴るんだとさ。モリスの奴は『想定外センサー』なんて呼んでたがね」

「へえ。仕組みが全く想像できないけど凄いわね」

「まあね・・・お守り代わりに持ってればいいさ」

「そうね、そうさせて貰うわ」


受け取ったペンダントを首から下げ、リアベルは去っていった。

「カルア・・・早くまた会いたいな」

そんな呟きを残して・・・





とある山中の研究所。

「そうか・・・テーセンが逝ったか」

指で広げたブラインドの隙間から窓の外を眺め、ひとり呟くエルフ。

だがここは地下室、窓の先に見える景色など無い――

筈なのだが、何故か夕日が差し込んでいる。


エルフは、テーセンを送り出してからずっとその魔力反応を追跡していた。

だが数日前にヒトツメ付近でその反応はロストしてしまう。

その後微弱ながら反応が続き、何故かヨツツメ付近でその魔力が再び活性化した時にはほっと一安心したエルフだったが・・・

それも長くは続かず、暫くして反応は再び消失、しかも今度は微弱な反応すら一切なかった。

そしてそのまま数日が経過した今日、諦めたエルフは何らかの理由でテーセンが消滅したと結論付けたのである。


「テーセンに何があったのかは分からん。だが我はまだ終わらんぞ。次だ! 更なる未来へと接続出来る『時間超越転送装置29号』を急ぎ開発せねば。28号は10年先の未来に接続していたからな・・・29号は20年先への接続を目標としよう。ぬふふ、未来の我よ、更なる強力な魔道具を期待しておるぞ! ぬはははは・・・」



その転送装置がいつの時代のどこの誰に繋がっているのか、実は何の検証も出来ていない。

だが、未来の自分に繋がっていると何故か信じて疑わないエルフ。

彼の高笑いは研究室に響き続けるのであった。

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