第92話 久し振りの教室に入る緊張感です
その現場となったのは、放課後の校長室。
ここにいるのはこの部屋の主であるこの学校の校長と、とある生徒を通じてその校長と秘密の関係を持った一人の女性教諭。
今まさに、ふたりは密会の真っ最中であった。
「はい、以上が今日セントラルダンジョンであった出来事です」
「そうですか・・・分かりました。報告ありがとうございますクーラ先生」
「いえ、これも仕事ですから」
真面目なふたりである。
「仕事といえばクーラ先生、この後ギルドの方にも報告するんでしょう? それともあちらにはもう?」
「ギルドへはこれからです。先にモリスさんと口裏合わせをしとかなくちゃ」
「ああなるほど。担当者同士、報告内容のすり合わせは大切ですからね」
そのモリスの報告の場に呼ばれていたラーバルであったが、ちょうど折り悪く学校を離れる事が出来ず、またカルア達のクーラからの報告も受けられる事から、そちらへの参加は見送っていた。
「クーラ先生もチーム入りすれば、そのあたりの手間も緩和されるのではないですか?」
「ふふ、そうですね。私もですけどチームの方々としてもその方がやりやすいでしょうね。・・・でも秘密を共有するメンバーというのは、あまり増やさないほうがいいと思いますよ?」
「それはその手のプロの経験談、という事ですか・・・」
「またそんなプロだなんて・・・あくまで一般論ですよ、一・般・論」
クーラは冒険者ギルドマスター直属の非公開組織に所属していた経歴の持ち主である。
そしてその繋がりは今も切れてはいない。
「しかしダンジョンの精霊、そして新たなるダンジョンか・・・よほどダンジョンとの縁が深いんでしょうねえ、カルア君は」
かつて冒険者への道を諦める寸前まで追い込まれていたカルアだったが、ダンジョンの転移トラップを踏んだ時から人生が大きく変わった。
そしてその変化はカルア自身だけに留まらず、周囲の大人達を巻き込み、世界中で使用される技術の革新にまで発展したのだ。
そして修行に訪れたセカンケイブダンジョンでの出来事は地域発展の起爆剤となり、今回深く関わる事となったセントラルダンジョンも間違いなく・・・
「ふふ、そうですね。それにしても短期間にこんな色々な事件を巻き起こすなんて、本当に面白い子。そのうちカルア君の伝記本とか出版されたりして」
「ああそうか、それも楽しいかもしれないなあ」
カバチョッチョの原典を執筆したラーバルである。
もしかしたら今夜あたり、風雲カルア伝の執筆を始めるかもしれない。
「ああそうそう、最後に一点、私から連絡事項があります。先日からお話してましたアイさん達パーティの特別校外授業ですが、明日から行われる事になりました」
「ああ、ヒトツメでの」
「はい。ブラック先生とピノ先生による個別指導です」
クーラは、ブラックの指導により急成長を遂げたネッガーの様子、そしてほんの一瞬ではあったが力の片鱗を見せたピノの事を思い浮かべ、
「ふふふ、あの二人の先生に揉まれたあの子達か・・・どんな成長を遂げて帰ってくるのかしらね」
と楽し気に微笑むのであった。
さあ、今日からはまた学校での授業だよ。
セカンケイブに行く前はレミア先生の特別授業だったし、クラスで普通の授業を受けるのって実はすっごく久し振りじゃない?
あれ? そう思ったら急に何だかちょっと緊張してきたかも・・・
ああ、心の準備がまだなのにもう教室の前まで来ちゃったよ。うう・・・
ちょっと立ち止まって・・・深呼吸して・・・扉を開けて・・・
「ぉはよぅ・・・」
うあ、いきなり声出し失敗しちゃった・・・
そおっと中のみんなを見ると、
「何よカルア遅かったじゃない。あんたも早くこっちに来なさいよ!」
アーシュを取り囲んだクラスのみんなが、そのアーシュの冒険談に聞き入っているところだった。
はは、なんだ、前と同じいつもどおりの光景だ・・・
緊張して損し・・・いや安心したよ。
そうこうしているうちにレミア先生がやってきて、
「はぁーーーい、みんあさぁーーーん、おはようございまぁーーーーす!」
うんそうそう、この感じこの感じ。
何だか今「帰ってきた」って実感しちゃったよ。
毒されてるなあ・・・
「はぁい、今日からぁ、またアーシュちゃんとワルツちゃん、それにカルア君とノルト君とネッガー君が戻ってきましたよぉーーー。はい、みなさんご挨拶ぅーーーー」
「「「「「おかえりなさーーーーーいっ!!」」」」」
そんなみんなの笑顔と声にニコニコ顔のレミア先生が、
「はい、じゃあアーシュちゃん達ぃ」
と僕達に視線を向けてきたから、僕達は顔を見合わせ苦笑して、
「「「「「ただいまーーーーーっ!!」」」」」
こうして僕達は、やっとクラスに帰ってきたんだ。
・・・なんてね。
そして朝のホームルーム。
「さてみなさぁーーん、2年生の夏のお楽しみって言えばぁ・・・はいモブロンくん、なんだと思いますかぁ」
「はっはい、ええっと・・・夏休みですか?」
「んーー、それもとっても楽しみですけどぉ、その前にもぉ何かあったでしょう? じゃあ次はぁ・・・サラモブィさん」
「あの、もしかして合宿授業、ですか?」
「はいサラモブィさんせいかぁーーい、ぱちぱちぱちぃ・・・。と言うことでぇ、今年はですねぇ、・・・海合宿に決まりましたぁ」
「「「「「おおおおっ!!」」」」」
え? 合宿授業? 海?
「毎年2年生と3年生は夏に合宿で短期詰め込みの実技訓練をやるの。行き先はその年によって山だったり海だったりするのよ」
「へえ、そうなんだ。ありがとうアーシュ」
「ふふん、知らない事とかあったらいつでも訊きなさいよね」
「という事でぇ、海合宿は3週間後、場所はヨツツメ郊外の合宿所でーーっす! 自由時間もありますからぁ、水着とかも用意しておきましょうねぇ」
「「「「「はぁーーーーい」」」」」
「特に女の子はぁ、去年買った水着でいいやなんて油断しちゃあだめですよぉ。みなさんはぁ、今成長期の真っ只中なんですからねぇ」
水着かあ・・・持ってないから買わなきゃなあ。
「ねえアーシュ、水着ってどこで買えるの?」
「そうねえ、私は家に出入りしてる商会が持ってきた中から選んでたけど、そう言えばあの商会ってどこに店を構えてるのかしら。帰ったら聞いてみるわ」
「よろしく。ちなみに何ていう商会?」
「確かチョオーテ商会だったかしら」
チョオーテ商会・・・超大手の商会だからとか? ってそんなわけ無いか。
「むふふふふ、思わぬチャンス、到来」
隣で何だか嬉しそうに呟いてるワルツ。
あっそうか、ヨツツメってワルツの・・・
「隙を見て、ご招待。父と母にカル師をお披露目」
ふふふ、楽しそう。きっと自分の街に行けるのが楽しみなんだろうなあ。
午前中の座学は特に何もなく終わって、お昼は久し振りの昼食フォーメーション。久し振りのピノさん伝説だね。
そしてお昼ご飯が終われば、午後の魔法実技。
さて今日はどの属性を選ぼうかな・・・ってあれ? 校長先生?
「今日の時空間魔法は私が受け持ちますから」
って言いながら、まっすぐ僕を見て手招きしてる。
はは、今日は時空間魔法に決まりか・・・
校長先生の前に移動すると、ん? アーシュも参加?
「せっかくのチャンスだもの、あたしも今日は時空間魔法にするわ。校長先生って一体どんな事を教えてくれるのかしら」
アーシュの他には・・・誰も来ないみたい。参加は僕達ふたりだけ?
ああそうか、そう言えば時空間適性がある人って少ないんだっけ。
「クーラ先生から聞きましたよ。ふたりとも大活躍だったみたいじゃないですか」
「ふふん、まあね。ダンジョン精霊のお姉さまとお兄ちゃんっていったら、あたし達の事よ」
アーシュ、そんなまるで二つ名みたいに・・・
「ええ、それは本当に驚きましたよ。でも他では絶対に言わないでくださいね。大変な事になりかねませんから」
「もちろんよ。カルアと一緒にいるとそんな事ばっかりだから、もう慣れたものだわ」
「アーシュ・・・」
否定はできないけど、言い方・・・
「なら大丈夫ですね。では早速始めましょうか。アーシュさんは現在どれくらい時空間魔法を使えてますか?」
「そうね、空間把握からの『俯瞰』とか、少しだけど『遠見』、あとは『収納』くらいかしら」
「ほほう、この短期間でもう『収納』まで・・・アーシュさんは実に優秀ですね」
「そうかしら? コレ見てるととてもそう思えないんだけど」
「ああ・・・」
指ささないで?
こっち見ないで?
「まあそれは気にせず行きましょう。カルア君は比較の対象として考えること自体が間違いですから」
「ええそうね、まったくその通りだわ」
「それでは、そんなアーシュさんにはこれを覚えてもらいましょう。『
「わ、何これ? ・・・鏡?」
「これは『俯瞰』による視点変更を応用した魔法です。投影している鏡のようなものは『界壁』に近いイメージですね。空間系に馴染むのにはいい教材だと思いますよ」
「面白そうね、やってみるわ!」
「さて、次はカルア君ですが――」
「はいっ」
何だろう、新しい魔法を教えてくれるのかな。
「君はセカンケイブダンジョンで時空間魔法を封じられたそうですね」
「はい、『空間魔法禁止フィールド』とかで」
「ふむ、カルア君はそのフィールドはどういう仕組みだと思いました? 一体どうやって時空間魔法だけを発現できなくしたのでしょう?」
「え? どうやって?」
そんな事全然考えなかったよ・・・
「うーーん、どうやって・・・?」
時空間魔法と他の魔法は何か違うって事なのかな・・・
「時空間魔法と他の魔法との違い・・・」
何が違うんだろう・・・
「おっと、どうやらちょっと違う方向に捉えちゃったみたいですね。時空間魔法が特別という意味ではなく、それぞれの魔法にそれぞれ差がある、という意味ですよ。 ・・・ってあれ? これもうほとんど答え言っちゃってるじゃないか。まったく、私も教育者としてはまだまだですね、はぁ」
「すべての魔法に差がある、ですか」
「ええ。ここまで言ってしまったのでもう答えも言っちゃいますが、放出される魔力のパターン、いわゆる魔力波形の違いです。この言葉、聞いたことはありますか?」
魔力波形・・・?
何だか聞いた事があるような無いような・・・
「そうですね、この辺りはオートカさんの専門分野ですので、おそらく彼の調査に同行した際に話に出てきたかと思っていたのですが」
オートカさんの調査? そう言えば最初のフィラストダンジョンの調査のとき・・・
「あ、言ってた気がします! 確か僕のスティールの波形がって・・・」
「ああやはり。そうです、恐らくその波形からスティールスキルが時空間属性だと判明したのでしょう?」
「はい、確かそうだったと思います」
ここで校長先生がニッコリ笑って、
「さて、ここまでの話で最初の質問の答えは分かりましたか?」
最初の質問、つまり・・・
「もしかして、時空間魔法の波形と同じ魔力だけを妨害した、っていう事ですか?」
よかった、正解だったみたい。
校長先生は大きく頷き、
「その通りです。そしてモリスさんがやろうとしているダンジョンコアの結界の改良も、おそらく同じ技術によるものでしょうね」
なるほど! って、あれ?
「でもそれだと属性しか判断できないんじゃあ?」
「良い所に気付きましたね。ですので、もう少し厳密に魔力波形を限定して、同じ通信でもダンジョンの精霊特有の波形だけを許可する方式を採るつもりなのでしょう。ただ実はそれ以外に、もう一つ別のやり方もあるんです」
「もう一つのやり方、ですか?」
「ええ。実は魔力の波形と言うのは、属性による違いだけではなく、人によって少しずつ差があるのです。まるでその人の姿形のようにね」
「それって、世界中の全員の魔力が違う波形をしているって事ですか?」
「ええ、そうなんです。そしてその特性を利用する事で、魔道具に魔力の持ち主を特定する機能を持たせる事が出来るのですよ」
魔力の持ち主を特定・・・それじゃあ!
「それって、結界に特定の人の魔力だけを通すように出来るって事?」
「ふふふ、正解です。これを魔道具ではホワイトリストと呼んでいるんです。そのリストに登録された魔力波形だけに対して動作を許可する仕組みですね」
すごいや・・・
「さて、ここで終わってしまうと実技じゃなく座学の授業になってしまいますね。という事でここからが実技です。これから、魔道具などは使わずに自分の力だけで魔力の違いを感じ取る訓練をします。この私の魔力、そして自分の魔力、あと隣にいるアーシュさんの魔力を感じ取り、それぞれの違いを探して下さい。これは魔力操作にも通じる技術で、会得すればこれからのカルア君の成長の糧となるでしょう」
こうして僕の実技授業が開始されたんだけど・・・これすっごく難しいよ!
魔力そのものを感じ取る事は出来るけど、細かい違いとかもう全然分からない。
これってさ、前にやったギルマスの気配察知の訓練、あれをもっと難しくした訓練なんじゃないかな・・・
「ふむ、苦労してるようですね。それでは、今日から日常生活においても色々な魔力を感じ取る事を習慣づけるようにしてみましょう。何度も行っているうちに段々違いが見えてくるようになると思いますよ」
「はい」
何だかモリスさんと『収納』の訓練をした時の事を思い出すよ。
あれもこんなふうに苦労したから・・・
そうそう、あの時は確か、モリスさんの空間ずらしが切っ掛けになって理解できるようになったんだっけ。
今回も何かいい切っ掛けに出会えたらいいなあ・・・
「ああ、属性魔法の波形の違いを感じ取るのもいい訓練になりますよ? 折角だから、他の属性の指導を見て回ったらどうですか?」
これってもしかして切っ掛け? いきなり出会っちゃった!?
「はいっ、ちょっと見てきます!」
うん、そう簡単じゃなかった。
分かってたけどさ・・・
「ふたりとも中々苦戦しているようですね。じゃあ今日はここまでにしましょうか。あなたたちふたりは明日も私が担当しましょう。いいですか?」
「「はい、お願いします」」
という事で、今日の授業は全部終了。
久しぶりで最初はちょっとドキドキしたけど、やっぱり学校は楽しいや。
また明日も頑張ろうっと。
ヒトツメギルド、ギルドマスター執務室。
アイ、ルビー、バックの3人は、今日から特別授業としてここヒトツメギルドに訪れていた。
「さて、今日から君達は私達ふたりが預かる事になった。これから2週間、ここで私の気配察知とピノ君の身体強化を学んでもらう。短期間で集中的に指導を受ける事になるが、頑張ってくれたまえ」
「「「よろしくお願いします!」」」
「うむ」
3人の元気のいい返事にブラックは軽く頷いた。
「ピノ君からは何かあるかね?」
ブラックから発言を引き継ぎ、ピノが3名に話し掛ける。
「そうですね、まずアイさんとバック君、身体強化タイプのあなたたちふたりには『普通の中の最強』を目指してもらいます。そしてルビーさん、あなたには『魔力譲渡』を会得してもらいます。身体強化するふたりの支援には最適な技術ですからね。この組み合わせが上手く稼働すれば、あなたたちのパーティとしての力はかなりのものとなるでしょう。会得は難しいと思うけど、3人とも頑張って下さい」
微笑むピノ。
そんなピノに一瞬見惚れたアイ達だったが、
「「「はいっ!」」」
やる気に満ち溢れた返事を返した。
これから2週間で自らの殻を破る、それを目的としてここに来たのだ。
3人とも意識は高い。
「ではギルマス、まずはギルマスの指導からと言う事でよろしいですか?」
「うむ。もう午後だから、今日は気配察知のさわりくらいで終わるだろう。明日からが本格的な指導となるが、期間内にどこまで行けるかは君達の習得する早さ次第となる」
そして独り言のようにブラックはつぶやく。
「しかし、魔物部屋が使えないとなると、やはり効率は落ちるか。周りを完全に魔物に埋め尽くされたあの空間は、訓練には最適なのだがな・・・」
それを聞き、魔物部屋に放り込まれる可能性があったのかと青くなるアイ達。
いくら意識が高くても限度というものはあるのだ。
だが、どうやら魔物部屋行きは回避されそうで、ほっと一安心である。
「ふふふ。ならギルマス、優秀なギリーを呼びましょうか?」
「ああカルア君か。・・・ふむ、ひょっとして週末ならば可能かもしれんな。よし、魔物部屋をプランに組み込もう」
どうやらその未来は不可避であったようだ。
「じゃあ3人とも、週末までに生存率を出来るだけ上げられるよう、頑張って下さいね」
ブラックとピノの言葉に絶望の表情を浮かべたアイ達。
この日訓練を終えた3人は、カルアへの恨み言で盛り上がったらしい。
「っくしゅん!」
「ふふっ」
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