第61話 え?スティールできませんでした
「という訳でこれがそのゴブリンの魔石、それとこっちがゴブラットの魔石ね」
王都ギルドに戻った僕たちは、今日あった事をギルドに報告する事に。
といっても、報告するのはクーラ先生で、僕たちはそれに同席してるだけって感じ。
で、クーラ先生が「カウンターで話せる内容じゃない」って伝え、みんなで奥の個室へ。
そこで僕たちの話を聞く事になったのが、今僕たちの前に座っているギルドマスターと補佐役っぽい人なんだけど・・・
何となくヒトツメギルドの事を思い出してほっこり・・・うん?
・・・ああ、ギルドマスターの顔がだんだん険しくなってく感じが、ね。
「本当の事だろうな?」
険しい顔のギルドマスター。一方で涼しい顔のクーラ先生は、
「あのねえクリッシュ、こんな嘘をついてどうするっていうのよ。まあ信じられないって気持ちは分からなくもないけど、それはちょっと失礼じゃない?」
この砕けた感じ、もしかしてクーラ先生とギルドマスターって知り合い?
「ああそうだな。すまないクーラ、確かに今のは俺の失言だ。別に疑ってるとかじゃあないんだ。ではあらためて言い直そう。業務上の確認事項として冒険者クーラに質問する。今回のこれは恐らく大変な偉業と認定されるだろうが、この件にはお前は関わっておらず、この新人たちだけですべて成し遂げた、という事でいいんだな?」
ギルドマスター、今なんて?
みんなを見ると、全員ビックリした顔。
って事は聞き間違いじゃなくって、ホントに「大変な偉業」って!?
「ええ。私は1匹たりとも倒してないし、作戦の立案から最後の処理まで、すべてこの子達だけでやり遂げたわ。で、その後にちょっとビックリするような事が起きてね、私が対処したのはそっちの方だけ」
「・・・そうか、分かった。ではそのように処理しよう。それでその『ビックリするような事』の報告がこれからある、と考えていいのか?」
「ええそう。よかったわねクリッシュ。あなた、伝説の目撃者になるわよ?」
「伝説、だと?」
ギルドマスターたちと一緒に解体場へ移動した僕達。
「じゃあカルア君、あれ出してくれる?」
あれってやっぱりアレ、だよね。
って事で、はいゴブラオの開き、どーーん。
解体台の上に現れた、というか僕が出した真っ二つなゴブラオ。
「なっ!?・・・何なんだこいつは!?」
ビックリしているギルドマスターに答えるクーラ先生。
「多分だけど・・・これ、
「ゴブラオ? 聞いた事があるような・・・名前や姿から察するにゴブリンの・・・ってまさかアレか!? 図鑑に姿絵の無いあの・・・」
「多分ね。調査と登録用にって、そのまままるっと全部持って帰って来たわよ。それでこのゴブラオなんだけど・・・私達の目の前でゴブリーダーから変化したのよ」
「ゴブリーダーだと? あいつらは小さな魔物を育てるだけのおとなしい連中だろう? それが何だってこんな凶悪そうな姿に・・・」
「そいつ、育ててたゴブラットが全滅してるのを見て大泣きしてたのよね。そこから急に黒い魔力に包まれて、その中から出てきた時にこの姿になってたのよ」
「・・・つまりは伝説の通り、って事か」
「あと強さはまあまあだったわよ」
「クーラの『まあまあ』か・・・ゴブリン種でそれほどの強さ、要注意だな」
「私からは以上よ。このまま置いてくから後の事はよろしくね」
こうしてギルドへの報告も無事終了。
ゴブリンとゴブラット、それにラビットとボアの魔石を売ったお金は、僕たちとアイたち全員で8等分。
これで今日やることは全部終了かな?
うん、じゃあこれで僕たちの初めての冒険は幕を閉じた。ってこと。
翌日。
「王立学校の生徒で結成された2パーティが、ゴブラットの大氾濫を未然に防いだ」
突然のその知らせに、ギルド本部上層部は大いに沸き立っていた。
普通であれば信憑性の疑われるであろうその話は、彼らに同行した冒険者「
報告によれば、10匹のゴブリンと1匹のゴブリーダー、そしてそれらによって飼育されていたおよそ300匹のゴブラットからなる集落を発見した彼らは、同行した冒険者クーラをバックアップ要員とし、集落を隔離して1匹残さず駆除する事に成功。その集落は王都にほど近い森の奥にあり、有名な魔物研究者の分析によると、その数はおよそ1月後には数千、そしてその翌月には数万にも膨れ上がり、その後とてつもない大群となって王都に押し寄せていた可能性が高いという。
つまり、もし彼らの対処がなければ、この王都に未曾有の大災害が発生していたのである。
これは冒険者ギルドの地位を高める絶好の機会と言えよう。
彼らはその少年少女たちを冒険者ギルドの特別功績者として大々的に表彰すべく、大急ぎで王宮への連絡準備を始めた。
だがその
「うちの孫娘を広告塔にするつもりじゃあないだろうね?」という、さる筋から。
結果、彼らの功績はギルドの情報に登録されるに留まる事となった。
もちろん今回の事態の深刻性から、その情報と彼らの功績は王宮にも伝えられる事となった。そして当然その報告に添えられるのは「さる筋」からの警告。
これにより、王都を救った若き英雄たちの功績、そしてプライバシーと日常は守られたのである。
今日は学校帰りにモリスさんのところへ。急な呼び出し、一体何事?
「いやぁ、表彰もパレードも無くなっちゃって残念だったねえ。僕もカルア君たちの晴れ舞台を見てみたかったなあ。どうだい、今からでも校長に『ど派手に行きましょう』とか言ってみないかい?」
モリスさんそれ絶対面白がってるだけだよね?
「嫌ですよ! そんな事したら絶対普通に生活できなくなっちゃうじゃないですか! 大体それでなくても最近『あの高名なエルフ少女と同じ名前なんて運が良いねえ』なんてよく分からない事を言われる事が多くって困ってるのに・・・」
「ブフッ!!」
急に吹き出したモリスさん。
あ、これ理由を知ってる時の
「モリスさん・・・『高名なエルフ少女』の事、何か知ってるでしょう?」
「おっと、流石にバレちゃったか。といっても別に君にイタズラしてやろうとかそういう事じゃないんだよ。むしろその逆さ」
なんて事を言い出したモリスさんの顔はちょっとだけ真剣な感じに。
「逆?」
ってどういう事?
「そうそう。ほら、これまで君が見つけた数々の新技術ってさ、『発見・開発者カルア』って名前で発表してきたじゃない。初めのうちは気にする必要も無かったんだけど、これだけ続くと流石に「カルア」って一体誰だなんて騒ぎになりそうでさ、どうしようかってラーバル君達と相談したんだよ」
うわ、まさかそんな事になってたの?
「で、ラーバル君の発案で『さる老齢のドワーフに弟子入りしたエルフの少女カルア』っていう架空の人物の噂を流そうかって事になってさ、その噂がだんだん広まってきたってわけ。つまりこれは君を守る噂って訳さ。ね? イタズラじゃないだろう?」
ううっ、確かに。
「そんな理由を言われたらもう何も言えないじゃないですか。っていうか、お気遣いありがとうございます」
「うんうん、そういう素直なところっていうのが、やっぱりカルア君の一番の長所だよねえ。これだから守り甲斐があるっていうか、守りたくなるっていうか、まあみんなから好かれる理由って事なんだろうねえ」
何だかもの凄くくすぐったい。
「そっ、それで今日はどうしたんですか? 学校の後すぐに来て、なんて」
「そうそう、それなんだよカルア君。ほら、この間君も遭遇したあのゴブリン君なんだけどさ、実はね、彼らには魔道具での『魔石抜き』が通用しないって事が分かったんだよ」
何と。
「それ本当ですか!?」
「間違いないと思うよ。別々の個体にそれぞれ何度か試して、どれもすべて駄目だったから。それでさ、もしこの間の遭遇の時に『コアスティール
あの時はパーティでの行動中だった。だから・・・
「スティールはしていませんでした。僕ひとりじゃなかったから」
「うん、まあそうだろうねえ。僕も多分そうだろうなあとは思ってたよ。もちろんそれは想定内さ。という訳でカルア君、今からちょっと森のゴブリン君のところへ試しに行こうか」
「え?」
「ええっと、彼らがいるのは森の奥の方だから・・・・・・お、見ぃーーーつけた。うふふふふ、さあ行っくよーーー!」
次の瞬間にはもう僕はモリスさんと一緒に森の中。
これって僕の方はもう完全に想定外なんですけど・・・
「ホントもう、モリスさんは相変わらずいきなりというか・・・」
「まあまあ、こうやって中間の余計な時間を省くっていうのも、僕の数多い長所のひとつなんだからさ。ここはひとつ、ささっとやっちゃおうよ。ね?」
「まあいいですけど。それであそこに見えるゴブリンが相手、って事でいいんですよね?」
「そうそう。ここには彼1匹だけみたいだからさ、さくっとスティールしちゃってよ」
「じゃあもうやっちゃいますね。『スティール』」
目の前に浮かぶ魔石、そして崩れ落ちるゴブリン。
「やっぱり君になら出来たかぁ。ただ今となっては進化前のスティールで出来たかどうかの確認が出来ないってのが残念ではあるけど。あとは・・・『
そして僕たちが転移した先は・・・
「ちょっとミレアさん、受け付けの際はまずこちらの返事を待ってですね・・・」
「何言ってるんですかオートカ先輩。もう『あーん』も済ませた仲だって言うのに、そんな急に部屋に入ってきたお母さんに対する思春期男子みたいな反応しちゃってー」
「いや、そういうのじゃなくってですね、というかそんな知識、一体どこから・・・」
こんな状態だった。
「お取り込み中しっつれーーーい! ゴメンねミレア君、ちょっと君のダーリン借りてくね」
「やだそんな『ダーリン』なんて! もうモリス先輩ったら・・・ってモリス先輩!? ああっやっぱり!? オートカ先輩拉致られたーーっ!?」
ここは・・・どこかの倉庫?
「いつもなら文句を言うところですが、今日のところは助かりましたよモリス。それで、機材倉庫に連れてきたのにはどのような理由が?」
「いやあ、ほら例のゴブリンの魔石、カルア君はスティール出来たんだよ。それで実際のところを魔力測定してもらおうと思ってさ」
「ああ、なるほど・・・。話は分かりました。幸い機材は使われていないようですね。モリスの事ですから、もちろん『今から』なんでしょう?」
「さっすが、よく分かってるじゃない。じゃあ早速ゴブリンをっと・・・ああ、いたいた。じゃあオートカ、機材を持って。カルア君もいいかな? よし出発!」
いやもう怒涛の展開。
久しぶりに全開のモリスさんを満喫したって感じだよ。
そして再び森の中。目の前にはゴブリンが・・・停止中?
「ゴブリンの周りの空間を『固定』したんだよ。この間ラーバル君に教わったからやってみたんだけど、これって収納に使うのと違ってすごい勢いで魔力が減ってくから、維持するのがちょおっと大変なんだよね。という事でオートカ、測定準備を急いでくれる?」
「分かりました。すぐ済ませますから、もう暫くそのまま『固定』しておいて下さい」
その間にモリスさんと打ち合わせ。
「いいかい、オートカの準備ができたらタイミングを合わせて『スティール』だよ。『固定』してる間は多分スティール出来ないだろうから、僕が『固定』を解除したらすぐに『スティール』しちゃって」
「了解です」
「お待たせしました。こちらは準備完了、もう測定を始めていますからいつでもどうぞ」
「オッケー。じゃあカルア君行くよ? 3、2、1、解除ぉ」
「『スティール』・・・えっ!?」
「あれ? カルア君、失敗した?」
「あれ? あれ? えっと・・・」
今までと何か違う・・・これって、はじかれた?
「っと、取り敢えず『結界』! 狭いだろうけど、ちょおっとその中で大人しくしててくれよゴブリン君っ!」
動き出したゴブリンは、すかさずモリスさんが張ってくれた結界の中に。
壁を叩いてもの凄く暴れてるけど。
まあ言われた通りに大人しくするはずなんてないよね。
「今何か、『スティール』が防がれたって言うかはじかれたって言うか、いつもと違う感触だったんです。もう一度やってみていいですか?」
「ほほう、そいつは興味深いね。是非やってみてよ」
「はい! 『スティール』・・・さっきと一緒だ」
やっぱりこの感じ、はじかれてるみたいな感じ!
「ふーむ、さっき成功したゴブリン君とは何が違うんだろうねえ」
考え込むモリスさん。
「おやモリス、このゴブリン魔力が多くないですか? 見た目はただのゴブリンですが、この量・・・もしかして『マジシャン』? それとも『ブリーダー』か?」
測定器を見ながらそんな事を言うオートカさん。
その時、結界の中が黒い魔力に覆われ・・・これってあの時の!?
「おいおい、これってまさか『進化』かい?」
そんなモリスさんのつぶやきと共に姿を見せたのは・・・
「あらら、ゴブリン君がゴブリンマジシャン君になっちゃったねえ」
「まさか進化の瞬間をこの目で見る日が来ようとは・・・測定は!? やったぞ! データ取れてる! よしっ!!」
初めて見たよ、興奮したオートカさんって。
進化ってそんなに珍しい事?
「進化の場面に遭遇するのは極めて稀なんです。その様子を測定出来たのは、今回が世界で初めてかも知れません」
「それでデータはどうなってるの? やっぱりマジシャンになって魔力が増えたりとかしてる?」
そんなモリスさんの疑問に、測定器を覗き込むオートカさん。
「魔力量は先ほどまでと全く変わっていませんね。これは『進化したから魔力量が増える』のではなく『魔力量が増えたから進化する』という事なのでしょうか」
「ふーむ・・・そうかもしれないねえ。なら、カルア君の『スティール』は魔物の魔力量に影響されるって事なのかなあ。とすれば魔石を魔力で包もうとする力が足りてないとか、魔物の魔力が魔石に入るのを止めきれないとか・・・ああ、『魔石抜き』がゴブリンで失敗したのも同じ仮説が成り立つなあ」
いろいろ考えてるみたいだけど・・・
「あの・・・ゴブリンマジシャン、ほっといていいんですか? さっきからいろいろ魔法を使い始めてますけど?」
うん、結界の中で魔法を撃って・・・狭いから自分でダメージ受けてるよ・・・
「だったら魔力が減った状態なら成功するのかな? カルア君、マジシャン君がもう少し魔法を使ってから再挑戦してみようか?」
しばらくしたら結界の中の魔法が止まった、かな。
魔力が尽きたっていうよりも、自分の魔法で自滅しそうってやっと気付いた?
「もうそろそろいいかな? じゃあカルア君、もう一度『スティール』よろしく」
「はい。『スティール』」
今度はいつものように目の前に魔石、そして崩れ落ちるゴブリンマジシャン。
「おおーー、やっぱり! いやぁ『想定通り』ってのは実に気持ちがいいねえ。うんうん、これで『スティール』と魔力の関係はほぼ決まりかな。あとはスキルの進化だけど・・・ねえオートカ、たしかゴブリン系が多いダンジョンって・・・」
「『セカンケイブ』ですね。フタツメにある超不人気ダンジョンの」
「だったよねえ。あそこってゴブリンの対処が面倒くさいし、魔石の他には取れる素材がないから・・・。でもカルア君、もし君が『スティール』を進化させるとしたら、実にちょうど良いダンジョンなんじゃないかなあ」
フタツメの「セカンケイブダンジョン」か・・・
「さて、じゃあ色々分かった事だしそろそろ戻ろうか。行き先はオートカの部屋でいいんだよね?」
「だからあそこは私の部屋じゃ・・・って、ええ。それで構いません。流石にもうミレアさんも帰った事でしょう」
「ふふふ、それは甘いよオートカ。じゃあ行くよー」
「ちょモリス! それって・・・」
そして僕たちがオートカさんの部屋に戻ると、やっぱりそこにはミレアさんが。
流石に僕もそうだろうと思ったよ?・・・オートカさん考え甘すぎ。
それともまさか、分かっててワザと!?
「オートカ先輩、おかえりなさーい。さっきモリス先輩『ちょっと』って言ってたから、どれくらいちょっとか気になって時間を計ってたんですよー。そうしたらなんとモリス先輩の『ちょっと』っていうのが・・・」
「じゃあミレア君、君のオートカはちゃんと返却したからね。ああオートカ、結果はまた明日聞きにくるからよろしくね。ああそうだ、聞きにくるのは測定の結果であってミレア君との結果じゃないから、そこのとこ間違えないようにね。じゃあまったねえぇぇぇ・・・」
「もう、『わたしの』だなんて・・・それに『結果』だなんて、もう・・・」
怒涛の展開パート2。
オートカさん、僕からも健闘を祈ってます!
「そんな訳で結果は明日だね。あっそうだ、さっきの魔石は僕の方で預からせてもらっていいかい? せっかくだから研究してみたくってね」
「ああ、どうぞ。っていうか差し上げますから好きに研究しちゃって下さい。いつもお世話になってるお礼って事で」
「やあ、それは有り難い。でも流石に
20倍!? ってすごいな・・・
「ありがとうございます。何かに使ってみますね」
「うん、遠慮なく使ってよ。君のその『何か』には、僕はすっごく期待しているからね」
という事で、モリスさんの用事っていうのもこれで済んだみたいだし、もう帰ろう。
この魔石を何に使うかは、そのうちまた考えようっと・・・
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