第46話 最後まで油断ならない初日でした
担当指導員さんの指示で、僕たち土魔法グループは、技術実習室の隅に並ぶ幾つかの小さな土の山へ。
なるほど。土魔法はここの土を使って訓練するってことか。
「土魔法というのは、自分の周りにある土を操作する魔法です。光魔法や火魔法のように、魔力で現象だけを発現させる魔法ではないため、土や砂、石などといった操作対象が無い場所では使用する事ができません。これは土魔法の分類に含まれる錬成魔法も同様です」
ふむふむ、この辺りは前にオートカさんから聞いた説明とだいたい同じだ。
「土魔法は、大きく4種類に分類されます。その4種類とは、まず土や石を動かす『移動』、次に土をぎゅっと固める『圧縮』、その逆に固まった土を
そのうち錬成の授業もあるって事か。ちょっと楽しみ。
「基本的に、この3種はすべて『移動』がベースとなります。指定した土全てを中心部に移動させれば『圧縮』、その逆方向なら『緩解』と考えてくれればいいでしょう。ですので最初の練習は『移動』です。いきなり土全体というのは操作が大変ですから、まずは小さな石ひとつを動かすところから始めましょう。イメージしながら石に魔力を注いで下さい。イメージは『転がる』でも『滑る』でも構いません。ただし、『飛ぶ』『浮かぶ』など縦方向のイメージは行わないで下さい。縦方向の『移動』は使える人が限られますが、不完全な制御で発動してしまうと非常に危険ですから、当面は禁止とします。では各自始めて下さい」
あれ? そういえば、錬成する時って普通に動かしたり浮かべたりするよね? 錬成魔法自体がそういうものだって思ってたけど、あれってもしかして土魔法の「移動」を使ってたって事かな?
だとすると、凝固する前の形を変えたり整えてたりってのも「移動」とか?
うーん、考えてもわからないや。あとで指導員さんに聞いてみよう。
まず今は、言われたとおり石の移動だ。
「やった! 動いた!」
アーシュはいきなり成功したみたいだ。ふふ、さすが我がライバルよ。なんてね。
もしかして、全属性に適性があると、どの魔法も簡単に使えたりするのかな?
ノルトは普通に出来てる。
まあそれはそうか。小さい頃から畑を耕してたんだから。
耕すのは確か「緩解」って言ってたっけ。
他のみんなは・・・うん、がんばってる。
「いいですか? 最も大切なのはイメージです。そして最も難しいのはそのイメージを魔力に乗せる事です。これは感覚的なものなので、決まった方法というものはありません。簡単に出来る人もいれば、なかなか出来ない人もいます。いろいろ試行錯誤して、それぞれ自分なりの方法を見つけて下さい」
そして僕はどうかというと・・・
「移動」
よし、動いた。前後、左右、その次は円を描くようにぐるぐると。うん、いい感じ。
じゃあ次は・・・その場で回転、ギューンとコマみたいに。おー、回ってる回ってる。
土魔法、面白い!
「ちょっとカルア!!」
急に声が掛かってちょっとビックリ。操作してた石も軽く飛び上がったみたい。
「何、アーシュ?」
「あんた、人が地道に石をコロコロしている横で、なに自由自在にスイスイ動かしてるのよ! ライバルなのにズルいじゃない!!」
え? 今なんて?
ライバルなのにズルい?? ってどういう意味?
「私もすぐに追いつくんだからね。ちょっとそれくらいで待ってなさいよ!」
だってライバルって・・・。え? 相手を待ってるのが真のライバル、なの?
僕の知ってる「ライバル」と・・・違う?
ええっと・・・
ま、まあアーシュが慣れるまでちょっと待ってればいいのかな。すぐ慣れるだろうし。
うん、きっとそうだ。
という事で、さっきの続きでもやってようっと。
んー、あれからずっと回ってたけど、だんだん速度が落ちてきたかな。
もっと長く回るといいんだけど・・・この石、形がちょっと
もっと丸い石って無いかな。
・・・無い。これだけ探して見つからないんだから、ここにはもう無さそう。残念。
じゃあこの石でやるしかないか・・・もうちょっとでも丸ければなあ。
・・・って、あっ!? しまった、うっかり錬成が発動しちゃった。
あーあ、こんな丸い子になっちゃって。
えっと、これは
それに誰も見てないし・・・ってじっと何を見てるのさ!? アーシュ・・・
「ねえカルア、今のって『錬成』、だよね?」
「えっと、そうだけど・・・」
「あたしさっき、待っててって言ったよね?」
「あ、・・・うん」
「むぅ! カルアは土魔法の応用の『錬成』ができるんだから、土魔法の基本くらい普通に出来て当然だろうけど、私は土魔法は本当の本当に今日が初めてなんだからね! 使えるからってどんどん先に行かないでよ!!」
ああっ! そうか、そういう事か!
「ありがとうアーシュ!! さすがライバル! アーシュのおかげで疑問が解消したよ!! そうか、そういう事だったんだ!!」
錬成魔法は土魔法の一部じゃなくって、土魔法の応用なのか。
だったら、基礎的な土魔法は錬成魔法に含まれていて当然、僕は土魔法を知らなかったってだけで、『移動』とかはもう使えていたんだ。
アーシュのおかげで指導員さんに聞く前に謎が解けちゃったよ。
「え? えっと・・・? ふ、ふふん! 当たり前じゃない! 私はあなたのライバル、競い合う好敵手なんだからね!!」
アーシュは何だか機嫌を取り戻したみたい。よかったぁ。
それに怒った理由もようやく分かったよ。
同じスタート位置にいると思った相手がフライングしてたら、それは怒るよね、うん。
じゃあアーシュがもう使える魔法って何だろう? 今度訊いてみよっと。
アーシュはきっと快く教えてくれる。ライバルは「競い合う好敵手」なんだから!
うん、僕の知ってる「ライバル」と同じ意味だった。あーよかった。
今日の授業は全て終了。
帰りのホームルームも無事に乗り切ったし、さて帰ろうかな。
お、誰かこっちに・・・ノルトと、えっと筋肉の・・・そう、ネッガーだ。
「やあ、初日はどうだった? やっぱり緊張とかした?」
「んー、何て言うか、緊張は朝のホームルームで吹き飛んだよ。衝撃的すぎて」
「あはは、そうだよね。レミア先生、すごいから」
「だよねえ」
「ところでさ、カルア君ってどこに住んでるの? 僕たちは学生寮だけど、誰かが新しく入ったって話は聞かないから、寮じゃないんだよね?」
「うん、近くのアパートを借りてる。寮にしようかアパートにしようか悩んだんだけど、こっちでも冒険者の仕事をやりたいから、アパートにしたんだ」
「ああ、寮だと門限とか外出許可とかあるからか。でもアパートに住めるって、実はカルアくんの家って結構裕福?」
「そんな事ないよ。ヒトツメでも独り暮らしだったし、普通に冒険者の仕事で生活してる感じだよ」
「それって、この
「カルア、冒険者だったら魔物とかも狩ってるんだろう? 今度、狩りの話とか聞かせてくれないか?」
「ああ、いいよネッガー。といってもそんな冒険みたいな話は無いんだけどね」
「構わない。冒険者の生の声ってのを聞いてみたいんだ」
「何? さっきからずいぶん楽しそうな話をしてるじゃない。冒険者の話だったらあたしも聞かせて欲しいんだけど。もちろんライバルとしてね」
「ライバルとして、ってもしかしてアーシュも冒険者登録するの?」
「べべべ、別にそんなつもりはないけど・・・で、でも折角あんたが誘ってくれたんだから、ちょっとは考えてみようかしら」
あれ? 今のって僕がアーシュを誘った事になるの?
えっと、ノルト? ネッガー?
・・・ふたりとも肩を竦めたり首を捻ったり。だよねえ?
「そうか冒険者登録か。それもいいかもな」
「お、ネッガーもそう思った? だったら僕も登録してみようかな」
「みんな武器は使えるの? 冒険者をやるんだったら武器の扱いも必要になるけど」
「使えるぞ。1年目は魔法は座学だけで、実技の授業は剣術だったからな。全員それなりに使えるはずだ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ大丈夫かな。結構凶暴な魔物とかもいるから、みんなくれぐれも気を付けてね。あと最初に回復魔法を使えるようになっておいたほうがいいよ。冒険者ギルドでも言われると思うけど」
あれ? 何だかみんなキョトンとしてる。
「えっと、カルア君ってもしかしてもう誰かとパーティを組んでるの?」
「パーティ? いや、僕は昔からずっとソロだったよ?」
「そうなんだ。ああゴメン、何となく話の流れでみんなでパーティを組むような気になってたからさ。みんなもそうだったよね?」
「だからカルア君も同じパーティでって思ってたんだけど、もしかして嫌だった?」
パーティ!?
「パパパーティって僕が!? いやだって何とかギリギリ人並み冒険者として、ヒトツメギルドで名を馳せたこの僕だよ!? ロンリー冒険者カルア・ソロだよ!? カルア・ザ・ソロリアンだよ!? そろそろソロ
「いや、ちょっと途中から何を言ってるのか分からなかったけど。でもこの
ちょっと待って。ここは勢いで返事しちゃ駄目だ。まずは落ち着いて考えよう。
パーティ、僕がパーティに・・・、いけないいけない、ニヤけてる場合じゃない。
僕はパーティの経験がないから、役割とか分担とかまったく分からない。
だから僕も素人同然だ。しかもみんなの能力だってまだ知らない。うーん・・・
「たぶん、今のまま冒険者登録しても、冒険者として活動するのは難しいと思う。僕もパーティの経験が無いから、どうしたらいいか分からないし。だからまず、冒険者クラスの先生とかに相談してからがいいんじゃないかな。それで連携とか練習しつつ、冒険者に絶対必要な回復魔法を覚える。そうすると、冒険者の活動は夏頃からになるのかな? ああ、あと必ず親の許可を取ること。登録の時にギルドで確認されるからね。そんな感じでどう?」
「「「おおー、経験者っぽい意見!」」」
「ふふん、じゃあそれで行きましょう。カルア、パーティリーダーはあんたがやんなさいよ、経験者なんだから。あたしは陰からみんなを引っ張る陰のリーダーってやつをやるわ」
「陰のリーダー?」
何その心に響くフレーズ!
「お祖母さまに教えてもらったのよ、それが一番おいしいポジションだって。普段は陰からみんなを支えて、困難を前にした時にはリーダーを導くの。それって物語だと賢者とか大魔法使いの定番の役割よね! 私にピッタリだと思わない!?」
な、なんておいし過ぎる役回り・・・
ベルベルさん、孫娘に何て事を吹き込むんだ!
「さあ、そうと決まれば早速今から・・・」
「いや、今日はまだ部屋の片付けとか買い物をしなきゃだから無理。明日からでいい?」
「そう? まあカルアがそう言うのなら。あ、何だったら買い物とか付き合ってあげようか? あたしも丁度買いたい物があっ、た・・・し・・・、あーーーっ、しまった! 今日お母様と約束があるんだった! ゴメン、急いで家に帰らないといけないから、また明日ねーーっ!!」
嵐のように去っていった・・・
「・・・じゃあそろそろ僕たちも寮に戻ろうか。カルア君、また明日ね」
「ああ、じゃあなカルア」
「うん、ふたりともまた明日」
最後の最後にこんなイベントが残ってたとは・・・
学校、恐るべし・・・
さて、僕も帰ろ。
学校から徒歩10分。
冒険者ギルドへも徒歩10分。
そこが僕の住むアパート。
「ただいまー」
って言っても、当然誰もいないんだけどね。
「お帰りなさい、カルア君」
「え!?」
この声、もしかして!?
「ピノさんっ!! うわぁ、どうしてここに!?」
「ふふふ、今日一日だけ夕方でお仕事を抜けさせてもらって、片付けのお手伝いと晩御飯を作りにね。こっちへは学校が終わる時間に来たんだけど、カルア君まだ帰ってきてなかったみたいだから、ちょっとビックリさせちゃおうと思ってここで待ってたの。ふふ、驚いた?」
「すっごく。声でピノさんだってすぐ分かったけど、なぜここにいるの?って」
「この部屋は私も一緒に選んだんだもの。場所さえ知ってれば、転移すれば来るのは簡単よ。素敵な転移の魔道具をもらったんだから、ちゃんと使わなくっちゃね」
ピノさんとふたりだったから、引越し荷物の片付けはすぐに終わっちゃった。
そのあと買い物に行って足りない物を買い足したら、一緒に晩御飯!
「今日は久しぶりにカレヱライスにしましたよ」
「やった!!」
「ふふふ、ちょっと多めに作ったから、明日も食べてね。鍋の魔力を切らさなければ傷まないから。あ、焦げ付く事は無いけど水分が飛んじゃうから、そうしたら水を足してね。あと香りはだんだん弱くなるかも。あっそうだ、鍋にフタを付けたら水分飛ばないかも」
「ああ! フタ、いいですね。作ってみます」
学校での出来事を話しながら楽しい食事。
「ふーん、なんかすっごく変わった先生なんだね」
「ビックリしましたよ。それで返事をする時は、みんなで声を揃えて『はーーい』って」
「ふふふ、本当に幼年学校みたいね」
「それで後で聞いたんですけど、レミア先生って実はミレアさんのお姉さんで」
「そうなんだ。あの学校って、優秀な卒業生をそのまま教員に採用することがあるから、もしかしたらそれかもね」
「え? 優秀・・・なのかな?」
「それでその人がベルベルさんのお孫さんだったんです。アーシュっていうんですけど、そのあと僕のことを『宿命のライバル』とかって」
「ふふふ、それでカルア君のライバルになったわけね。私のライバルにならなきゃいいけど」
「え?」
「ふふ、それからどうなったの?」
「一般教養の学科は今のところみんなに教えてもらった内容の復習みたいな感じで。ベルベルさんは『いつでも卒業できる』なんて言ってたけど、ずっとこんな感じなのかな?」
「うーん、新発見とかあるとそれがすぐに反映されるし、歴史なんかでも学説が変われば教わる内容も変わるから、油断しないほうがいいかもね」
「えー、途中で内容が変わったりするんですか。それは要注意ですね」
「それでアーシュが『昼食フォーメーション』って」
「!?」
「『バーサクフェアリーピノ様が編み出した伝説の戦術』とか言って・・・あれ? ピノさん? ちょ、ちょっとしっかり! ピノさーーーん!?」
「そのアイさんって人がピノさんのファンクラブの現会長とかで、アーシュもその会員で・・・」
「ななな、なぜアレが今もまだ存続を? 卒業と同時に解散したものとばかり・・・」
「それでみんなに囲まれて、ピノさんとの関係を訊かれて・・・」
「な、何て答えたの!?」
「姉弟です、って・・・」
「ソウナンダ・・・」
「午後は魔法の実技で、自分の受けたい属性ごとに分かれたんです」
「カルア君は何を選んだの?」
「僕は土魔法にしました。そしたらノルトがいて、『実家の手伝いで土魔法で畑を耕してた』って。小さい頃から魔法で家の手伝いとか、凄いですよね。あっそうそう、アーシュも一緒だったんです。『ライバルなんだからお互い見える所にいないと』とか言って」
「そうね。小さな頃から魔法で手伝いとか、ノルト君凄いわね。それにアーシュちゃんもスゴイワネ・・・」
「そう言えば、ピノさんって魔法はどうなんですか?」
「私? 私はどれも少しは使えたけど、身体強化ばっかり使ってたかな。ほら、誰よりも速く動いて誰よりも強く殴れば、だいたい勝てるじゃない?」
「ああそっか、それでバーサクフェアリーって」
「うっく、お願いカルア君、その呼び名の事は忘れて・・・」
「え? でもピノさん、学校でみんな知ってたみたいですけど」
「何故? 何故今もまだ・・・はっ! ファンクラブ! そうか、それが私の、敵っ!!」
「ちょピノさん! カレヱが
「それで何だかよく分からないうちにパーティを組む事になって・・・。嫌なわけじゃないんだけど、むしろ嬉しかったし・・・、でもみんな怪我とかしたら大変だから、どうしたらいいかなって。それで冒険者クラスの先生とかに相談しようって言って・・・」
「ふふふ。なんだ、ちゃんとパーティリーダーしてるじゃない。そう、
「そうでしょうか」
「これでも冒険者クラスを卒業して冒険者ギルドの受付嬢をやってるんだから。ふふ、私の言葉を信じなさい。ね?」
「はいっ!!」
「・・・あと他にも何か残ってたりしないでしょうね? ファンクラブとか昼食フォーメーションとか残ってるなんて・・・だいたいバーサクフェアリーなんて恥ずかしい呼び名が、生徒の間で今でも知られてるなんて、想定外よ。ううぅーーーー」
「あの、ピノさん?」
「それに何アーシュって? なんでその子いきなりそんな積極的なの? もしかしてこれなの? これがロベリーが前に言ってた『誰かに突然掻っ攫われる』ってこと? ど、どうしよう・・・」
「あのーー、ピノさん。・・・ピノさーーーん!」
「私っ、どうしようーーー」
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