第44話 ただ試験を頑張っただけなんです
今日はカルアの編入試験の日。
この日に向けて、チームカルアの面々は、如何にしてカルアの不用意なやらかしを防ぐか、知恵を絞ってきた。
そして出たひとつの方針、それは「カルアに
枷と言っても、魔法や魔道具で行動を阻害するものではなく、カルアとの約束によるもの、つまりルールを設けたのだ。
まずは魔力の運用について。
魔力の循環は禁止。魔法は魔力の循環をしないで使用し、魔力の集中も以前の方法で。
身体強化も魔力循環によるものなので使用できない。
次は魔法。これについては、人前で使用する魔法を限定する事にした。
土魔法は一般的な魔法なので使用可能。錬成も土魔法なのでOK。
時空間魔法は基礎的なもののみ使用してよい。
使用できる時空間魔法は、回復、把握、俯瞰、探知、収納、界壁。
収納は基礎の範疇に無いが、保有スキルをボックススキルとしたため必須。
そして使用禁止としたものは、遠見、転移、空間ずらし。
匂いと音の感知については発見・開発者として登録してあるが、余計なトラブルを防ぐため必要時以外は使用しないことにした。
付与については、使える事が知られると余計な頼まれ事が殺到することが目に見えているため、一般的な魔法ではあるが極力秘密に。
スキルについては、当然使用するのはボックスだけとなる。
スティールやゲートは持っていないことになっているので、絶対禁止。
この2つのスキルを見られた場合の保険として、スティールについては魔石抜きの魔道具を携帯させ、ゲートについては「モリス式転移魔法」と言い張る事にした。
例外として、自分やその周囲が危険な場合に限り、すべての使用を解禁する。ただし、使用する魔法やスキルは必要最小限で。
しかし彼らはもう嫌というほど理解している。カルアが自分たちの想像も想定も超えてくる事を。
だからこれはルールであると同時に、
さて、ここ王立学校の校長室では、校長のラーバルが、カルアの編入試験に同行したマリアベル・ベルマリアと対峙していた。
「マリアベルさん、まさかこのような形であなたと再会することになるとは思いませんでした」
「ああ、あたしもさラーバル。もうここに来ることは二度と無いと思っていたんだけどねえ」
「何でしたらもう一度校長をやられては如何ですか? 私は一向に構いませんが」
「冗談お言いじゃないよ。やっと余計な
「それは残念です。私もそろそろ旅の空が恋しくなってきたところなのですが」
「ふん、無駄に長生きなあんたたちなんだから、10年20年腰を落ち着けたところで人生に大した違いはないだろう? だったらもう暫くはヒヨッコの育成ってやつに励んでみるんだね」
「まあ、それもまた楽しくはあるんですけどね。それでそのヒヨッコについてお聞きしたい。あなたの連れてきた彼、実際の所どうなんです?」
ラーバルの問いに若干悪戯めいた表情を浮かべたマリアベル。
不幸を分かち合う、いや
「ああ、これからしばらく、あんたは退屈することができなくなるだろうよ。それを楽しいと思うか苦しいと思うかはあんた次第だけどね。もし楽しいと思えるようなら、そしてあの子のことを守りたいと思えるようなら、その時はあんたもあたしらのチームに入れてやるよ」
「それはまた心穏やかでいられない宣言ですね。それにその『チーム』、ひょっとしてあの推薦状の連名がそれですか?」
ラーバルは教職員達に混乱をもたらした一通の推薦状、その推薦者として名を連ねた
「まあそういう事さ。選ばせてやるよラーバル。今この場であの子の取扱説明を聞くか、これから身を持って体験するか。あんたはどっちにする?」
「ちなみにあなたのお勧めはどちらですか?」
「ふん、どちらでも変わりゃしないさ。ただね、あんた、ピノが卒業してからずっと退屈してたんじゃないかい?」
「・・・まあ、そうですね」
「だと思ったよ。あんたがどっちを選んだとしても、その退屈はもうお終いさ。それだけは覚悟しときな。だけどね、ちなみにあの子には力を出し切れないよう枷を付けておいたんだ。まあ枷といっても単なる約束事なんだけど、あの子の事だから素直に守ろうとするだろうさ。ただそれでもあの子の力は隠しきれるもんじゃない。うっかりとかうっかりとか、あとついうっかりとかで、化けの皮は徐々に剥がれていくだろうね」
「あなたがそこまで言うとは、何だか私も楽しみになってきました。いいでしょう、何も聞かずに手探りでスタートしてみますよ。それにチーム入りはともかく、私には校長として生徒を守る義務があります。カルア君が我が校に入学した際には、私が責任を持って彼を守る事を約束しましょう」
「ああ、あんたならそう言ってくれると思ってたよ。取説を聞かない事についても、カルアを守る事についてもね。じゃあカルアの事はしばらくあんたに任せたよ。まあ今日のところは何がある訳でもないだろうから、入学してからの話だけどね」
その時、校長室の扉を激しく叩く音が鳴り響き、扉の外から試験担当員の叫びが聞こえてきた。
「校長! 編入試験で問題発生です! 至急技術実習室までお越し願えますか!?」
その声にラーバルとマリアベルは顔を見合わせ、
「わかりました。すぐに向かいます」
「お願いします!」
「まったくあの子は! 今日一日くらい猫を被ったままでいられないものなのかね!!」
そしてここからはカルアのターン。
さあ、今日はいよいよ編入試験の日だ。
なんだろう、今からもう緊張してきたよ。
試験は実技と学科。
魔法クラスだから実技はもちろん魔法。自分の出来る魔法を見せればいいんだって。
元校長先生が言うんだから間違いないよね。
学科はみんなに教えてもらったからきっと大丈夫。
といっても、読み書きとかちょっとした計算のやり方なんかは、昔父さんや母さんから教えてもらったから大丈夫。ベルベルさんも問題なしって言ってくれた。
そのベルベルさんからは地理とか歴史を、オートカさんからは魔法や魔力に関する基礎知識、ギルマスからは各地の魔物やダンジョンとかについて教えてもらった。
あとモリスさんからは魔道具作成。魔力を動力に変換する方法とか。モリスさんは馬の代わりに魔力で動く乗り物を作りたいんだって。さすがインフラの人だね。ああ、あとはアルゴリズムを少し。条件分岐こそ至高!みたいな?
ミレアさんは「私はオートカ先輩のアシスタントをやるから」だって。まあこれだけ教えてくれる人がいれば、分野のほうが足りなくなるよね。ミレアさんの場合はもっと大事な理由があるからだろうけど。
「これだけ詰め込めばまあ十分だろうね。これならいつでも卒業できるだろうさ」
あれ? 聞き間違いかな? 編入じゃなくて卒業って言った?
聞き間違いじゃなければ・・・、前にピノさんが言ってた「オーバーキル」ってやつ!?
あとは学校の内容と直接関係ないけど、ロベリーさんからは付与について教えてもらった。
基礎知識や細かい便利技とか。
そしてピノさん。
一緒に料理しながら、色々な調理方法や技術を教えてくれた。野営の時の時短調理とかも。最近は待ってるだけじゃなくって、少しお手伝いしたり一緒に料理出来るようになってきたのがすっごく嬉しい。
魔法そのものについては、結局最後まで誰も何も教えてくれなかった。
「リカバリー時間が」とか「責任問題が」とか。
そんな「危険を避けなきゃ」みたいなのって酷くない?
「ゴブま」の中級編みたいな感じで教えてくれませんか、ミレアさん?
あ、目を逸らさないで・・・お願いします・・・ダメ?・・・そう・・・
という事で今日。
「ベルベルさん、おはようございます」
「ああ、来たねカルア。それじゃあこのまま学校に向かおうか」
「はい、お願いします」
学校に到着すると、聞いていたとおり今日は休みの日で、生徒は誰もいない。
僕たちは直立不動で目だけが泳いでいる門衛の人の前を通って受付へ。挙動不審なのはベルベルさんと一緒だからかな?
受付でベルベルさんが学校の人に声を掛けると、・・・うわ、学校の人のほうがすっごく緊張した顔で頭を下げてる。うん、やっぱり挙動不審の原因はベルベルさんだ。
「じゃあカルア、あんたはこの試験官の案内にしたがって試験を受けるんだよ。あたしはラーバルの奴と話があるからここまでだ。終わる頃にまた来るからね。しっかりやり過ぎるんじゃないよ」
「はい、わかりました」
って答えたけど、えっと、「しっかりやり過ぎるんじゃないよ」って?
それって、しっかりやるほうがいいの? やらないほうがいいの?
「じゃあ君はこちらだ。ついて来たまえ」
試験官の人について行くと、以前見学した講堂のひとつだった。えっと、ここでひとりで試験を受けるのかな? 貸し切り?
ということで学科試験だけど・・・ひとつひとつの問題は超簡単、だけど量が多かった。量が多いのは1年分の内容だからかな?
とはいっても、やっぱり問題は簡単だったから、見直しを含めても30分も経たないうちに解き終わった。えっと、時間が来るまで待たなきゃダメなのかな?
「あの、すみません」
「はい、どうしましたか? 何かトラブルが?」
「いえ、全て終わったんですけど、時間まで待たなきゃダメですか?」
「ええと・・・まだ随分時間が残っているけれど、本当に終了して大丈夫か?」
「はい。全部出来ましたので」
「ふむ、わかりました。では少々早いが実技試験に移ります」
そして移動した先は、・・・ここって確か技術実習室だったよね。魔法とか剣術の訓練をする場所。
「これからここで魔法の実技試験を行います。ここでは魔法の熟練度を見せてもらうんだが、君の適性は土魔法と時空間魔法だったね。それ以外は?」
「適性チェックしたんですけど、よくわからない結果になって。その後は調べていないんですけど、風とか水は使えるんじゃないかって言われました」
「わかりました。まず最初は、あの的に向かって何か魔法を撃ってみて下さい」
そう言って指差した先には・・・鎧を着た案山子。ギルドで魔剣の試し斬りをしたアレ。久しぶり、元気?
ってちょっと待って。今僕が使える魔法で攻撃? 何が出来るんだろう? 空間ずらしは使用禁止だし、魔物じゃないからスティールは効かないし、ってそもそもスティールも使用禁止だよ。あとは・・・魔剣? いや魔法の試験なんだから魔剣はダメだろう。あとは何? まずい、これじゃあ試験に落ちちゃうよ! えっと、何か何か何か・・・んーーー、あっそうだ! 鎧を壊せばいいんだから、あれでいけるかも!
「もし無理そうなら何か別の」
「大丈夫! やります!」
危ない危ない、中止されるところだった。
よし、じゃあ空間把握からあの鎧を指定して・・・、大丈夫、いけそうだ。
「融解」
鎧はドロドロに溶けて案山子の足元に。
やった。これでどうかな?
試験官の人を見ると、あれ? 何だか見たことのある表情?
ギルマスとか、モリスさんとかで。
「あの、どうでしょう、か?」
「・・・あ、っと、そ、そうだった、すまないね。ちょっと驚いたというか・・・えーそれで、今のはどのような攻撃魔法かな?」
「あっいえ、攻撃魔法っていう訳じゃなくって、時空間魔法で鎧を指定してから錬成魔法で融解したんです」
「遠隔・・・錬成・・・だと?」
「あの、・・・ダメでしたか?」
「いや、そんな事はない。それで、この魔法は複数の相手への同時攻撃などは?」
「ああ、それならできると思います。ちょっとやってみますね」
指定範囲は十分。並んでいる鎧は全部範囲内だから、それら全てを指定して、
「融解」
うん、成功。
どうですか、試験官さん? って、あれ? 校舎の中に走って行っちゃった。
「・・・ちょちょちょ、ちょっとそのまま待つように! すぐに戻るから!!」
しばらく待っていると、
「カァールゥーアアアァァァ! あんた今度は一体何をやらかしたんだい!?」
激走ベルベルさん! 足はやっ!? 地面じゃないのに
その後を走ってくるのは、さっきの試験官さんと、エルフな校長先生も?
「いやあの、普通に魔法の試験を受けてただけですよ? 使っちゃいけない魔法とか全然使ってないですから」
同着2位で到着した校長先生が、横にいる同じく2位の試験官さんに話しかけてる。
「それで、状況と経緯を説明してもらえますか」
「はっはい! あの鎧に魔法を撃つよう指示したところ、彼は遠隔での錬成魔法を使用しました。それで複数の対象への同時攻撃を指示したところ・・・」
「この有様になった、と」
「はい。それで軍事的脅威レベルに該当する恐れがあるため、至急ご確認をと」
「なるほど分かりました。それではカルア君、君が使用した魔法について、私に説明してくれるかな」
「はい。えー、僕が許可されてる魔法で、何か攻撃に使えそうなものがないか考えたんですけど、的が金属だったから錬成で壊せるんじゃないかなって。それでまず最初に、時空間魔法で周囲一帯を把握したんです。その次は的にする鎧を種類指定して、最後に錬成魔法の融解を使用しました」
「いや確かに聞く限り使用禁止した魔法は使ってないけどさ。それに把握も錬成も一般的に使用されている魔法なのは間違いないよ? だけどさ、何だってそれを組み合わせて使用しようなんて考えるんだい!? 発想も結果もヤバすぎるだろう! 『混ぜるな危険』とかいうレベルじゃないよコレ!?」
「カルア君の魔法がもたらしたこの結果・・・確かにこれは軍事的脅威レベルに該当します。この魔法、『軍隊殺し』の魔法と言う事で間違いないでしょう」
軍隊殺し!? 急に物騒な言葉が・・・、いやその前に「軍事的脅威レベル」って・・・
「ではそうですね・・・カルア君、君の遠隔錬成、私にも見せてもらえるかな」
「あっはい、それでは」
鎧、全部壊しちゃったからね。やっぱりそのままって訳にはいかないよ。
範囲指定はそのまま、融解した鎧を指定して、元の形はよく覚えてないから似た形に・・・、あ、元の高さに移動しなきゃ・・・、よし。
「凝固」
うん、全部元通りかな。多少今までと形が違うのは許してください。
「これでいいですか?」
えっと、再び見たことのある表情に戻った試験官さん、そして校長先生は・・・なんかキラキラした表情?
「ふふふふふ、はははははは。これは、これは凄い! 確かに退屈は吹き飛んだよ。ちょっとした思い付きで、エルフレベルの時空間魔法にドワーフレベルの錬成魔法を組み合わせるだって!? うん、この子は絶対に目を離しちゃ駄目だ。もう完全に保護するべきだ! うっかり目を離してる隙に世界のルールすら変えかねない!」
あの校長先生? さすがに大袈裟が過ぎるんじゃ・・・
だって世界のルールとか、いくら何でも、ねえ。
「それで校長、試験はどういたしましょう」
「ああそうか、もう学科試験は終わってるんだよね? そちらの採点も必要だけど、マリアベルさんが詰め込んだのなら、まず合格点は取れているだろう。実技は、まあ見ての通りだ。これが不合格だったら合格できる者など皆無だろうね。当然合格だよ。そしてこれが一番大事な点だけれど、ここで起きた事とここで見た事は全て口外を禁ずる。いいね?」
「もちろんです。例え相手が校内の関係者であっても口外はしません。私の身も危ういですから」
「その通りだ。という事でカルア君、本校の校長として、私は君の編入を許可します。君が来るのを楽しみにしているよ」
学校からの帰り道。
「カルア、あんたさっきの『軍隊殺し』ってピンときてなかっただろう?」
「ええ、実はそうなんです。そんな大袈裟なって」
「やっぱりねえ。いいかいカルア、ちょっと想像してごらん。例えばあんたが敵の中に突っ込んでったとするだろう? そこでさっきの魔法を発動する。指定するのは周り全ての金属だ。そうするとどうなる?」
「ええっと、周りの兵士の鎧や剣や他の武器なんかが全部・・・あ!?」
「わかったかい? 武器と防具を失った軍隊なんざ、一部の連中以外はちょっと力が強いだけの烏合の衆さ。そこに味方の軍が押し寄せたらどうなる? 魔法師にさえ気をつければ、あっという間に敵軍を殲滅できちまうだろう?」
「それは・・・確かに軍隊殺しかも・・・」
「だろう? じゃあさ、それが魔道具になったら? そんなものを放り込まれた方は、もう戦う前から完全に終わっちまうだろう? それをあんたは単独で魔法として実行できる上に、付与によって魔道具だって作れちまう。つまりはそういう事さ」
ただ編入試験を頑張っただけ、だったのに・・・
「完全とは思っちゃいないけど、それなりの枷を付けたつもりだったんだけどねえ。あんた、これでまた国やら貴族連中なんかから狙われる可能性が出てきちまったんだ。まったく、帰ったらあいつらにどう説明したもんだかねえ。はぁ、ほんと気が重いよ」
試験の前にベルベルさんが言ってた「しっかりやり過ぎるんじゃないよ」って、これの事だったんだ・・・はぁ。
しっかりやり過ぎちゃったみたい。
▽▽▽▽▽▽
次から学校、かな?
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