第37話 止まっていたのが動き始めました
その日、王立学校ではある編入希望者の推薦状によって混乱が生じていた。
「一体何者なんだ、この編入希望者は!? これだけの
「ええ全くです。まずは前王宮魔法師長にして前校長、そしてその弟子であり現王宮魔法師長、更には基礎魔法研究所所長、ギルド本部インフラ技術室長、最強職員として名高いヒトツメギルドマスターに、高い技術力で大評判の天才錬成師、あとは最近注目され始めた新機軸付与術の開発者に、・・・何よりあのバーサクフェアリーまでが・・・」
「校長! 校長はこのカルアという少年について何かご存知ありませんでしょうか?」
「うーん、実は以前にね、ピノ君がそのカルア君を連れて見学に来たことがあったんだよ。その時にさ、この学校に編入希望のヒトツメギルドの冒険者だって紹介されたんだ。見た目はごく普通の少年なんだけどね、視てみて驚いたよ。魔力量が王宮魔法師を超えるくらいあったんだ。それにあのピノ君が自信を持って送り込んでくる少年だからね、あれからずっと気になってたんだよ。・・・そうしたらさ」
校長のラーバルは、そこで一旦言葉を止めた。
そして一同の顔を見回し、次の言葉を放つ。
「この間冒険者ギルドから発表された『時空間魔法による遠隔地の音の感知』、あの発見・開発者として記載されていた名前が『カルア』だっただろう? まあ、同名の別人って可能性もあるけどさ、何故か、ああこれはあの子だって確信しちゃったんだよね」
言葉もない一同。
ラーバルは肩をすくめ、更に言葉を続けた。
「それから推薦者のひとりであるミッチェル氏だけどさ、実は彼とは古くから友人関係でね、たまたまこの間会う機会があったんだよ」
それは、ミッチェルがカルア達とともに王都に訪れた時のこと。
「王都で店をやってる兄弟たちに会いに来たそうなんだけどさ、特に時間が決まってたわけでもないからってね、腰を据えて色々話をしたんだよ。その話の中でね、ミッチェル氏が冒険者ギルドによく依頼を出すって聞いてさ、ちょっと訊いてみたんだよ。『今度うちに編入試験を受けに来るカルア君って知ってるかい?』ってね」
ここでひとつ息を
「そうしたらさ、どうやら以前カルア君がミッチェル氏の工房で錬成の依頼を請け負ったらしいんだ。ミッチェル氏曰く、『カルアは筋がいい』だそうだよ。分かるかい? あの天才錬成師が言う『筋がいい』、これってつまりは『天才』って事だ。これには本当に驚いたよ。それで更に詳しく聞こうと思ったらさ、そこから先は完全にはぐらかして一切教えてくれなかったんだ。あれは多分、箝口令か何か
この場に吹き荒れる溜息の嵐。
そして全員が浮かべる、何かを諦めたかのような表情。
「いやはや、実に怖いね。時空間魔法に錬成、ああ、だったら土魔法もか。あとはもしかしたら付与もかな? 他には何が隠れてるんだろうね、うん。・・・でもまあ取り敢えず今は待つしかないさ。来月の編入試験で彼が何を見せてくれるかを楽しみに、ね」
今日はベルベルさんの魔法講座の初日。
この間はミレアさんの襲来があったから、閉門に間に合うように必要なことだけ急いで決めて打ち合わせは終了。
モリスさんは「今日は珍しくカルア君以外で想定外があったねえ」って。どうもモリスさんのセンサーには僕以外は引っかからないみたい。
ということでベルベルさんのお店に来たんだけど。
「カルアくんいらっしゃーい。ししょー、弟弟子君の到着ですよー」
何故いるの、この人?
「カルアくんが魔力操作するところを見にきたんだ。ほら、早く本を改訂してあげないと、これから魔法を始める人が困っちゃうからね。というわけで、参考にさせてね」
実はミレアさんって結構真面目な人だったみたい。
この間の第一印象がアレだったから、ちょっと意外。
でもそうだよね。王宮魔法師長なんて責任ある仕事をしてる人なんだから。
「まあそんな訳だ。まあこの子もこれで案外忙しい立場だからね。ここに来るのはカルアに興味がある最初のうちだけだろうさ。ちょっと色々と見せてやっとくれ」
「また師匠ってばそんな言い方して。まあでも忙しいのは確かね。君が見つけた透明な魔石の研究が今の私の課題だから。他の国との競争にもなってるしね」
「ああ、そういえばモリスさんも早い者勝ちで各国が必死に開発してるって言ってたっけ。でもあの魔石の研究って、どんな事を研究するんですか?」
「むー、モリス先輩め、またそんな他人事みたいに。ほんっとにあの人ってば昔から・・・、って、ごめんなさいね。どんな研究か、よね。うーん、うちの他のメンバーがやってるのは実用化だけど、今私が取り組んでるのは効率化ね。魔力の充填とか付与した魔法が消費する魔力を少なくできないかっていう研究。まあ魔法そのものを付与できるってのがもうとんでもない話なんだけどね」
「ああ、あれですね。モリスさんが言ってた『魔物の魔力がちょっと残っちゃうから完全にスティールした魔石よりもちょっと効率が落ちる』っていう・・・」
「ナニソレ詳しく!!」
あれ? あ、そうか。ベルベルさんがミレアさんにした説明って、そのあたりについてはあまり触れてなかったっけ。
「えっと、今のスティールの魔道具って、スティールスキルの挙動が再現しきれなくって、魔物の魔力が少し残っちゃうみたいなんです。スキルで取り出した魔石は完全に透明なんですけど、その魔力でちょっと黒くなって効率も悪くなるそうです」
ミレアさん、何かすごく考え込んでる・・・
「ねえカルアくん、その透明な魔石って、今持ってる? できたら見せて欲しいんだけど」
「家の倉庫に置いてあるので今ここには・・・あ、そうか。ゲートの収納で取り出せばいいんだ! しばらく普通の収納しか使ってなかったからすっかり忘れてた。ちょっと待ってくださいね」
「ゲートの収納?」
首を傾げるミレアさんを横目に、左手の上に最初収納と勘違いして使っていた、小さなゲートを展開。もちろん接続先はうちの地下倉庫。
そこに手を入れて、えーっと、魔石魔石・・・あ、あった。
「はいこれ、どうぞ」
あれ? ミレアさん?
「あ・・・、うん、ありがとう。目の前でいきなりこんな事やられると心臓に悪いわね。なんだかみんなの苦労が少し分かった気がする。ね、ししょー?」
「ああ、まったくだよ。何気ない感じで伝説のスキルを使ってくるとか・・・カルア、あんた本当によく考えてから行動するんだよ?」
「はい、すみません・・・」
「はぁ、どれだけ分かっているのやら・・・」
「それでこれがカルア君の魔石かー。確かにこっちのほうが透明ね。で、ちょっと魔力を入れてみると・・・何これ!? これであっちよりもちょっとだけ効率が良い!? なによ全然別物じゃない!! これ凄い、そうか、これが本来の魔石なんだ! あとはこの違いをどう埋めていくかって事よね! よーし! そうと決まればさっそくこれを持ち帰って」
「ミレアっ!! その魔石は持ち出し禁止だ!! いいかい、絶対に持って帰っちゃ駄目だよ!」
ミレアさん、ベルベルさんの突然の大声で目を丸くしてる。
「ええっと・・・、ししょー?」
「考えてみな! 万が一あんたの研究室でその魔石が他の誰かの目に触れたら、一体どうなる?」
「あ・・・」
「ったく、研究の事になると他のことがぽーんと頭から抜けちまうのはあんたの悪い癖だよ。あんたの行動にだって、カルアやあたしたち全員の安全がかかってるんだ。これからは今までみたいな訳にはいかないからね。ちゃんとおし!」
「う・・・ごめんなさい、ししょー」
僕とミレアさんが並んでシュンとしていると、ベルベルさんが深い溜息。
「はぁーー−−・・、ったく、こんなのが続いたらあたしの身が持たないよ。こいつら、絶対に混ぜたらヤバい奴だ」
・・・すみません。
「ミレア、カルアの魔石の研究はここでやんな。研究室でやるのは普通の透明な魔石についてだけだ。その代わり、ここでやるんだったらモリスやオートカの奴も呼んで構わないよ」
「ホントですかししょー!? じゃあオートカ先輩も呼んでここでやります! むしろ研究室をここに移動して・・・、あ、モリス先輩は要らないです。もし来たら積極的に追い返します」
「好きにおし。ただ大々的にやるのは駄目だよ。それと怪しまれないようにあたしを効率化案件の協力者にって申請しときな。いいカモフラージュになるだろうさ」
「わかりました。さっそく帰ったら申請しますね」
「じゃあこの話はここでおしまいだ。さあ、カルアへの授業を始めるよ」
うーごーけー
うーごーけー
よし、目に魔力が集まった。
「えっとカルアくん、それって何をやってるの?」
「何って、目に魔力を集めたんです」
「ししょー、か、解説を・・・私に解説をお願いします!」
「ちょ! あんた、無茶言うんじゃないよ! あたしだって見たこと無いよこんなの! 体の中を全く魔力が循環してないってのに、なんだって目の魔力だけが高まってるんだい!?」
これって、もしかしてあれ? 普通と違うやり方してるってパターン?
「あのー、これってちょっとやりかた間違ってたり?」
「し、ししょー出番です! 私には手に負えません」
「あんた、諦めんの早すぎだよ! ほら、もっと頑張れるって! 魔法師長だろう!」
「ししょーだって前魔法師長じゃないですかー! っていうか私、魔法操作の教え方とか想像もつかないから見にきたんですよ? 最初から戦力外ですっ!!」
「チッ、こんな時に限ってまともな事を言って! ああもう仕方がない! カルア! 一旦その気色悪いのを止めな! 魔力操作を基礎から叩き込むよ!!」
気色悪い・・・
気色悪いって・・・
「いいかいカルア、魔力ってのは本来、体の中をぐるぐる回ってるもんなんだよ。血液とおんなじさ。動物は血液だけ、魔物は魔力だけ、人間だけが両方とも持ってるんだ。そして、魔力も血液と同じように常に体の中を循環してる。この循環の流れの一部にわざと淀みを作ってそこに魔力を集める、それが『魔力を集中する』って事なんだよ」
え? じゃあ僕がやってたのって・・・なに?
「今のあんたは全身淀みみたいなもんだ。つまり・・・なんて説明したらいいんだろうね、むぅ・・・そうだね、どろどろの粘土みたいなもんだって言ったら分かるかい? あんたの体とまったく同じ形をした魔力の塊が体の中にあるんだ。循環せずにただ溜まってる。こんなの見たことないよ」
循環しないでただ体の中に溜まってるって・・・なんだか体に悪そう。
それって大丈夫なの?
「この前、魔力量だけ視ようとした時には気づかなかったよ。循環してる魔力っていうのは体の中を満遍なく動いているから、やっぱり魔力が体と重なって視えるんだ。わざわざ循環の状況を視ようとでもしない限り、誰も気づかないだろうね」
「えっと、循環してないと体に良くないとか・・・」
「まあ所詮は魔力だから、健康への影響とかはないだろうさ。だけど魔法を使うのにいい状態だとは思えないね。だからカルア、まずは魔力を循環させるよ。とりあえず一度無理矢理にでも流れを作るよ。その後は自然と循環してくれるようになってくれるといいんだけど」
「はい、よろしくお願いします」
「さて、じゃあその方法だが・・・ミレア、ちょっとふたりがかりでカルアの魔力を掻き回してみようかね」
「ああ、なるほど。じゃあ私は右手で」
「分かった。じゃああたしは左手だね。カルア、両手を左右に広げな」
「は、はいっ」
言われたとおり両手を左右に広げると、その右手をミレアさん、左手をベルベルさんがそれぞれ掴み、
「じゃあまずはあたしから行くよ、そーらっ!!」
「ああっと、来た来た!! じゃあ一旦受け止めてと、はいししょー、行っきまーすっ!!」
体の中を交互に揺さぶられる感じ!
なんだコレっ!?
「むっ、少し反応があったか? どうだいミレア?」
「多分これ来てますね。しばらく繰り返しますか?」
「ああ、じゃあとりあえず連続10回、行ってみようか!!」
「はいっ」
なんだか分かってきた。
僕の中で左右に揺さぶられてるコレ、魔力だ。
「うーごーけー」ってやって、もそっと動いたような感じのアレ、アレを何百倍にもしたような激しい感じ。
きっとアレも魔力は動いていたんだと思う。だけど動く量と言うか規模と言うか、感触がもう全然違う。じゃあ今までのアレって魔力はほとんど動いてなかったってこと!?
「よし、じゃあ次は流れを作るよ。あんたは右手だから上へ、あたしは左手だから下だね、じゃあ回すよ!」
「はい、おししょー!」
「せーのっ」
「「それっ!!」」
「うわわわわあぁぁーーーーっ!!」
「どうだいカルア、自分の中で魔力が回ってるのが分かるかい?」
「は、はっ、はいっ! 何だかもの凄く回ってます! うわっ! なんだこれ!? 体がすっごく熱くなってきました!!」
「しばらく我慢しな。その流れに体が馴染んだら収まるだろうさ。今のあんたは魔力操作のひとつである強制循環状態だ。魔力による身体強化の一歩前の段階だよ」
「しっしっ身体強化っででですっかっ!?」
「無理に喋ろうとするんじゃないよ! 舌噛むよ!」
はっはっはいーっ・・・
「黙って聞いてな。体の隅々まで魔力を行き渡らせて活性化させる。そして血液で体を動かしながら、魔物と同じように魔力でも体を動かそうとする。これが両方の特性を備えた人間だけにできる『身体強化』ってやつさ。『力』『速さ』『頑丈さ』すべてが向上するが、代わりに体力の消耗が早い。ほら、あんたの大好きなカバチョッチョも魔物の殲滅に使ったことがあっただろう?」
『諦めるのはまだ早いぜ。今からひとつ面白いもんを見せてやる。こいつぁ流派によっちゃあ奥義なんて呼ばれてるやつだ。いいか、体の中に渦を作れ。その渦を速く、大きく、力強くガンガン回せ。どうだ? 見えるか? 分かるか? 今の俺が! この俺がっ!
あ、あ、あれかああぁぁぁーーーっ!!
「よーし、一旦ここで止めて様子を見るよ。ミレア、同時に止めるよ、3、2、1、今っ」
「はいっ」
「よし、どうだミレア? 循環は始まったかい!?」
「はいおししょー、魔力はそのまま回ってます。今の所止まる様子はありません」
「カルア、今のこの状態を覚えるんだ。この流れを自分で意識して調整できるように頭と体に刻み込みな! 分かったかい!?」
「はいっ!
「やかましいっ! 調子に乗るんじゃないよっ!!」
「はい、すみません・・・」
そんな事言ったって・・・言いたくなっちゃうよ・・・
だって・・・
「ししょー大変です、全然本の参考になりませんっ!!」
「諦めな! だってカルアだよ!?」
「ああっ、そうでしたっ!!」
▽▽▽▽▽▽
一片の悔いなしっ!!
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