第5話 ギルドマスターと森に行きました
「さて、私からの話は以上だ。他に聞きたい事が無いようなら森へ向かおうと思うが、気になる事などあるかな? ピノ君からでも構わないぞ」
「はい、それでは私からいいですか?」
「うむ」
「先ほどカルア君に『紹介状』とおっしゃいましたが、ギルドマスターは時空間魔法を教えてくれる先に
「ふむ、伝手か……。時空間魔法はギルドで使用する各種機能の根幹と言える魔法だ。それ故ギルド本部の開発チームには時空間魔法のエキスパートが数多く所属している……まあそういう事だ」
「ああなるほど。言われてみればその通りですね」
「ただ開発チームにカルア君を紹介するのはまだ少し先にした方がいいだろう。その前にカルア君には魔法の基礎を習得してもらう必要がある。それからでないと彼らの説明を理解出来ないだろうし、魔力不足で実践も出来ないだろうからな」
「そうですね。では魔法の基礎については?」
「そちらは少し悩ましい。隠居した王宮魔法師に伝手はあるが、カルア君の年齢ならば王都の学校で魔法を学ぶというのもひとつの選択肢だ。それもまた彼にとって良い経験となるだろう。学費などはおそらく今回の報奨金で賄えるはずだしな」
何だろう、ここまでしっかり考えてくれているとは思わなかった。
これじゃあまるで……
「ふふふ、何だか今のギルマス、カルア君のお父さんみたいですよ」
「何を言っている、ギルドマスターとはそういうものだ。ピノ君や他の皆も私からしたら我が子のようなものなのだぞ?」
「ああうう……」
ストレートなギルマスの言葉に口をパクパクさせるピノさん。
「とはいえ、あまり面倒はかけてくれるなよ。私の脛は然程太くはないのでな」
「もう、台無しですよギルマス! 脛なんか齧るつもりはありません。でも給料上げて下さい」
どさくさに何言ってるんですかピノさん。
「ははは」
まあそんなぶっちゃけたピノさんの返しにギルマスは嬉しそうだ。
「とはいえ、そのあたりはカルア君の希望も聞いてからになるからな。後でじっくり考えてくれればいい」
「ありがとうございます」
「他にはいいか? よければ森へ向かうとするが」
「取り敢えず大丈夫です。カルア君、ギルドで待ってますから森から帰ったらちゃんと私にも相談してくださいね」
「はい! ピノさんもありがとうございます」
「よしっと、じゃあここはもう片付けますから、ギルマスもカルア君も早く森へ行ってください」
「やれやれ、我がギルドの末っ娘は何とも強いな。カルア君も尻に敷かれぬよう気を付けなさい」
「ちょギルマスぅ!?」
「ははは。ではカルア君、これ以上ピノ君に怒られないうちに森へ向かうとするか」
「はいっ」
こうして僕はギルマスと二人で森へ向かった。
ギルマスの「私は忙しいのでな」の一言により、ギルドの馬車に乗って。
だから御者さんを入れたら三人なんだけど、馬車の中ではギルマスと二人対面で座っている。まるでさっきまでいた個室がそのまま馬車になったみたいな感じ。
「ふむ、もう少しで到着か」
「あの、ギルマスって戦闘はできるんですか?」
「もちろんだ。ギルドマスターたるもの森にいる程度の魔物だったら100匹や200匹は片手で倒せないとな」
「えっ、そこまで強いんですか?」
「ギルドマスターになるための試験には高難易度の魔物の討伐も含まれる。なのでギルドマスターは上級冒険者からなる者が多いのだ」
「じゃあギルマスも昔は冒険者だったんですか?」
「いや、私は数少ない例外だ。昔の私はただの最強職員だった」
最強職員!?
最強職員って何?
そういう職種があるの?
最強なのに「ただの」っておかしくない?
訳が分からないよ……
かつてない混乱に陥る僕。そんな僕を穏やかな笑顔で眺めるギルマス。
傍から見たら平穏な時間が流れていく――
そんな時だった。
「そういえばカルア君、君は『生涯現役冒険者 カバチョッチョの冒険』という本を知っているかね」
「!!!!!?」
ギルマスが最大の爆弾を放り込んできた。
知ってるかって? ……もちろん知ってるよ!! 僕が大好きなあの物語だよ!!
彼の生き様は僕にとっての
ただし……ただし!
本のタイトル!
何故それにした!? ふざけたのか作者!?
だから僕は「あの物語」としか呼ばない。
名前なんか絶対呼ばない!!
「はっはい、知ってます」
「うむそれはそうか、人気の高い本だからな。だがこれは知らないだろう? ……その物語の主人公であるカバチョッチョのモデルとなった冒険者、彼もまた今ではある街のギルドマスターとなっているのだ」
何だって!?
あのニヒルでかっこよくって名言を生み出し続けるあの……あの人にモデルが!?
しかもギルドマスターに!?
……生涯現役じゃないじゃん。
いや、ショックが大きすぎて突っ込みの方向性まで見失ってる!
このままじゃダメだ! 助けて、
『まあ落ち着けよ。世の中がままならないなんて今に始まった事じゃあないだろ? 世の中なんぞ大抵は俺たちの思惑なんて関係無しに流れてくもんだ。だったらどうする? いちいち怒るのか? 絶望するのか? いいや、違うだろう? そんな時はな……、笑い飛ばしてやるに限るんだ!! はっはっはぁ!! ってな』
僕の心の中の
ありがとう。あなたのおかげで僕は今日も生き残る事が出来そうです。
「むっどうやら到着したようだな。では降りるぞカルア君」
「あっはい」
森に着いた。
僕の心のうちなど関係なく……
はっはっはぁ!!
……さあ、切り替えよう。
「では早速魔物を探すとするか」
そう言ってギルマスは軽く上の方に視線を上げ――
そして数秒後。
「ふむ、こちらにラビット、向こうにはウルフか。ラビットの方が若干近いな」
「え? ギルマス、魔物の位置が分かるんですか?」
「ああ、便利な技能だから上級冒険者には出来る者も多いぞ? 恐らく時空間魔法でも似た事が出来るだろうからそのうち試してみるといい」
凄いなギルマス。
何だかもう、魔法もギルマスに弟子入りすればいいんじゃないかって気になってくる。
「さあ行くぞ。まあカルア君には今更言うまでもないと思うが、ラビットは耳がいいから出来るだけ音をたてないようにな」
「はっ、はい」
ギルマスの見つけたラビット達は森の中の少し開けた場所にいた。
ここにいるのはどうやら3匹で、全員食事中のようだ。
僕たちは風下から静かに近付き、身を隠せるギリギリのところで足を止めた。
(カルア君、ここからやれるか?)
(出来ればもう少し近付きたいですね)
(分かった。ならば今回は私に任せてくれ)
一体何をするつもりかと、僕はラビットから目を離してギルマスを見る。
その瞬間ギルマスの姿は僕の目の前から消え失せた。
!?
「キュッ」
「ギュワウッ」
「キュグッ」
これラビットの……鳴き声!?
反射的にラビットがいた場所に視線を動かすと、そこには……
さっきまで暢気に草を食んでいたラビット達が手足を縛られて地面に転がっていた。
自分の身に何が起こったのか理解が追い付かず、呆然としているようだ。
「さあカルア君、この3匹で【スティール】の実験をしよう」
僕……勘違いしていたよ。
今回は僕の能力にギルマスが驚くっていう話だと思っていたんだ。
でもホントはギルマスのとんでもなさに僕が驚く話だったんだね。
は、はは……
「それではカルア君、このラビットに【スティール】を使うんだ」
ギルマスはそう言ってラビットの1匹を首筋を掴んで持ち上げた。
当然だけどラビットは身を捩って暴れている。
「では行きますよ?」
「うむ」
「……【スティール】」
僕の目の前にこの前見たのと同じキラキラ輝く魔石がフッと現れ――と同時にギルマスに掴まれて暴れていたラビットからは力が抜け、ギルマスの手からくたっとぶら下がった。
「成功した……」
魔石を手に取り、思わず呆然と呟く。
そんな僕の手の中で魔石は宝石のようにキラキラと輝いていた。
そしてギルマスもまた呟いた。
「素晴らしい……」
驚きと感動が入り混じったような表情で手の中のラビットを見つめるギルマス。
そのラビットの体には傷も出血もないはずだ。
だって……ダンジョンの魔物達がそうだったから。
そして――
「カルア君、今こそ私は確信した。君のその【スティール】、そして君自身が正に魔物の天敵であると。故に君こそが人類の希望であると!」
ギルマスが珍しく興奮した声を上げた。
心なしか涙ぐんでいるようにも見えるけど、何か魔物に関する辛い思い出があるんだろうか……
そんなギルマスの足元では、縛られたラビット達がギルマスの足をゲシゲシと蹴りまくっている。
あれってギルマス痛くないのかな……
あっ、もしかしてあの涙目って……
「さてカルア君、次の実験に移ろう」
「はい」
「【スティール】の効果は先ほど証明された。次は射程距離を調べる」
ああ、確かに射程距離の把握は大切だ。
それ次第で選ぶべき戦術が大きく変わってくるのだから。
「それだけではないぞ。例えば距離が広がるにつれて成功の確率が下がる可能性もあるだろう」
「そうか、確かにそうですね。もともとの【スティール】は成功率2分の1でした。距離などの要素で成功率が変動する可能性だって十分ありますね」
「とはいえ手元のラビットは残り2匹。ならばまずは成功率は100%であると仮定して実験を進めるべきだろう」
「分かりました。それでどのように実験しますか?」
「私が対象のラビットを持って遠くに離れる。手を上げたら【スティール】するんだ」
先程と同様にラビットの首筋を持ち、ギルマスが離れていく。
先程よりも握り方が少し強い。足、痛かったんだろうな……
僕から100メートルほど離れたところで、ギルマスが片手を上げた。
よしっ――
「【スティール】」
効果はなかったようだ。ラビットは今も暴れているし魔石も現れない。
ギルマスが少し近付いてから手を上げる。距離はおよそ90メートル。
「【スティール】」
何度か繰り返す事で距離は少しずつ近付き、今はおよそ50メートル。
「【スティール】」
今度は僕の目の前に魔石が現れた。
そしてギルマスが持つラビットはおとなしくなる。
「有効な射程距離はおよそ50メートルといったところか」
「想像していたよりも長いですね。中長距離といったところでしょうか」
「そうだな。ただし弓矢などと違い至近距離の戦闘でも使用できる。対魔物限定とはいえ、攻撃手段としての使い勝手は相当良さそうだな」
「ラビットはあと1匹ですね。最後のラビットではどんな実験をしますか?」
「今と同じ実験をもう一度繰り返す。サンプルとするには余りに少ないが、距離によって成功率が変化するのであれば結果に変動があるかもしれん」
「分かりました」
そして行った2度目の結果は……
1度目と同じ50メートルで【スティール】が成功した。
「このラビットとその魔石は私の魔法の鞄に入れておき、ギルドに戻ってから君に渡そう。これらは全て君が狩った獲物であり、故に全て君の取り分としよう」
「はい、ありがとうございます」
「さて、次は実戦形式――つまり実験というより実践だな。戦いの中で【スティール】を使って見せてくれ。それでは先ほど見つけたウルフの所に行くぞ」
そしてまた、風下から近付く。
ここにいるウルフは全部で6頭みたいだ。
(ではカルア君、作戦だが……突っ込んでいって殲滅だ)
(それ作戦って言うんですか? ていうかウルフ多いんですけど)
(カルア君なら大丈夫だろう。危ないと感じた時は私が殺るしな)
僕は覚悟を決めてウルフの群れに突っ込んだ。
そして距離が50メートルを切ったあたりで、
「【スティール】!」
まずは1頭っ!
僕に気付いた残りのウルフ達が一斉に僕目掛けて飛び掛かってくる。
流石はウルフ、前から左右からと動きの統制はとれているようだ。きっとこれまでの狩りで培った連携なのだろう。
だけどっ!
「【スティール】!」「【スティール】!」「【スティール】!」「【スティール】!」
これで5頭! 残りは……1頭っ!
「後ろだ、頭を下げろ!」
ギルマスの声に反射的に腰を落とすと目標を失ったウルフが僕の上を通り過ぎ――
「【スティール】!」
そして魔石となった。
「中々の反応速度だった。最後は少しだけヒヤッとしたが声を掛けてからの反応は実に素晴らしかった」
「ありがとうございます」
「さて、今日はここまででいいだろう。それともまだ殺り足りないか?」
「あ、もういいですぅ。でもウルフの魔石はどうします? 戦闘中手にする余裕が無かったから草叢の中に落ちて……きっと今から探すのは難しいと思いますよ?」
「大丈夫だ。魔石ならさっきの戦闘の合間に全て集めてある。最後の1頭分についてはカルア君持っているな?」
「あっ、はい」
いや待って! ちょっと待って! いいから待って!!
あの戦闘の合間にって、一体
いやそれにしたっておかしいでしょう!
……って? あれ? ……ウルフの死骸もない?
僕がキョロキョロしているのに気付いたのか、
「ウルフも鞄に収納済みだ」
はは、もういいや……はい、さすマスです。
帰りの馬車は終始無言だった。
僕は何だか気持ち的に疲れ果てて終始ぼんやりしていたし、ギルマスも僕の疲れた顔を見て気を使ってくれたようだ。
でも僕のこれは実験疲れじゃなくってギルマスへの驚き疲れですからね。
そしてギルドに到着。
「お帰りなさいカルア君! ギルマスもお疲れ様でした」
迎えてくれた満面の笑顔。
「あっはい! ただいまですピノさん」
ギルマスは魔法の鞄をピノさんに差し出して、
「ピノ君、早速だが換金を頼む。全てカルア君が狩ったものだ。カルア君もそれで構わないな?」
「あっはい、それでお願いします」
「あと魔石は昨日のと一緒にしておいてくれ」
「分かりましたギルドマスター。あれ? ラビットが3匹もいるじゃないですか! カルア君! ラビットは換金やめましょう。今日の晩ご飯はラビットの香草焼きにしますよ」
「あっはい、それでお願いします」
怒涛のピノさん。その勢いに思わずさっきと同じ返事を繰り返してしまったけど……
あれ? ピノさんがご飯作ってくれるのって、昨日だけじゃなかったの?
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