20 お決まりのネタもやる




 せっかく見つからないようにと、スカイツリーから距離を取ったというのにあっさり見咎められた。


 向こうも未知の危険地帯を探索するに当たって、極力気配を殺して行動していたのだろうが、あまりに間が悪い。ただ【位相転移フェイジング】の瞬間を見られていなかったのは幸いだった。目撃していたら現代人と違って、するっとスルーはしてくれなかったろう。


    ▼


 がっはっはっは、という男くさい大男の大笑が辺りに響く。


「ベルント! こんなとこでうるっさいんだよ、静かに!」


 もう一人、革の胸甲にヘソ出しルックの赤髪ショートの女性が声を潜めながら男を諫める。しかし何より目につくのは、彼女の頭で時折ぴこぴこ動く獣の耳と、腰から揺れる太い尻尾だった。その特徴的な模様から虎のそれであるとわかる。

 彼女は男を注意すると同時にその脇腹をボゴッと殴った。


 大男ベルントは「おお、わるいわるい」と自身の短髪の頭をかき混ぜ、叫んだ。


「だが効かん!」


 彼らは冒険者アドヴェンチュラー──さまざまな意味で世界の深部に触れる快感に取り憑かれ、今日も前人未到の遺跡に立ち向かう者たちだ。


 俺は今、この二人と一緒にスカイツリーへと向かっている。


    ◆


「なるほどなあ!」


 誰何すいかされ、二人に俺が何者であるか説明した際に、ベルントが叫んだのがそれだった。

 そう、俺は俺が何者であるか彼らに説明した。説明のだいたいが嘘だった。そして賭けだった。


 俺は迷宮などの別次元を研究する学者を志していて、なんやかんやあって『ダートウォーター』と旅をする仲間である、という感じ。


 仮に彼らが俺を害する気があったとして、ラン・クザルであるところの『ダートウォーター』の名が予防線になるかも、と考えた。

 彼は特務部隊を一人で退けるほどの手練れだし、その強さを知っていれば、仲間である俺を害することを躊躇うかもしれない。そして彼らがラン・クザルのことを多少なりと知っている可能性は高いと思った。


 特務部隊がどのような性質の部隊かは知らないが、あの時チラッと見た限りでは、静かに追って対象を気付かれぬ間に殺害するみたいなタイプではないように思えた。むしろ周囲に武威を見せつけて恐怖を振り撒くタイプじゃないかと。

 だとしたら、そういうのと戦いながら迷宮を降るラン・クザルの姿はとても目立っていたのではないか。なぜ追われていたのかはわからないだろうが、今回は良かろうが悪かろうが圧倒的な強さがより重要だった。


 ただし、もしベルントとケモミミ女性──ナディヤというらしい──二人が特務部隊側の人間だったなら、非常にまずいことになる。そこが大きな賭けだった。

 それに冷静に考えてみれば俺の説明はかなり怪しいとわかる。聞かれてもないのに自分から有力者の名前を出すなんて嘘つきの典型だし、そのうえ強者の名前を出して騙るなんてのは虎の威を借る狐そのもの。

 そういえばラン・クザルに〝キツネ目〟なんて言われたこともあったなあ、と遠い目をして嘆息したところで、ベルントの「なるほどなあ!」である。


 あ、これは大丈夫そうだ、と思った。


 ナディヤの方も「ああ、あのトンデモな仮面か」みたいなことを言う。


 あ、これ大丈夫だ、と思った。


    ◆


 で、今。


「にしても、学者先生がこんな所を一人で動いて大丈夫か?」

「あー、まだ学者先生じゃないスけどね」


 不本意ではあるが「はろ、と呼んでください」と頼む。響き的にハレヲよりは名前に違和感を持たれ難いだろう。


「相棒は魔法にも長けているので、ヤバくなったら駆けつけてくれます」


 もちろん、そんな事実はない。


「ほう! 俺らがヤバイとは思わんのかな? 駆けつける前にお前を殺せるぞ」

「おい! ベルントっ! 滅多なこと言うんじゃないバカッ」


 ナディヤがベルントの脇腹を殴る「だが効かん!」。


 ──んー⋯⋯。


 もしかして見透かされてるんだろうか。と言っても今さら方向転換できないけど。むしろここで弱気になってキョドった態度を見せる方が向こうに不信感を募らせると判断。

 ベルントの目を真っ直ぐ見据えた。


「こんな所を一人で動いてるくらいですから、彼が駆けつけるまで、何とか逃げ切ってみせますよ」


 一拍置いて、がっはっはっは、とまたベルントが大笑した。


「なるほどなあ!」

「うるさいってんだよっ」


 ナディヤがベルントの股間を蹴り上げた。


「ほぐワッツっ⁉︎」


    ▼


 緩く警戒しながら三人で歩く道中、話を振ってみる。

 国の機関に追われていたダートウォーターの仲間であるわけだけど、そこんとこどうなのと。

 そもそもダートウォーターを追っていた奴らが特務の連中であることは知っていたのか。


「そりゃ、知ってるよ」


 続けてナディヤが「あいつらバッキバキだもん」と渋い顔をする。

 ベルントが続く。


「帝国が腐ってるのはみな知っているからなぁ。〈城塞迷宮〉が発見された巨人の都市遺跡はどこの国のものでもないというに、奴ら我が物顔で町を闊歩し、暴力を使ってダートウォーターの足取りを聞き込んでいたらしい」


 都市遺跡は帝国の領土じゃないようだ。彼らにとって常識のようなのでその辺を突っ込んで聞けないのがもどかしい。


「二人は帝国の人じゃないんだ? どっから来たんです?」

「俺たちはガイスラー独立国からだ」


 ベルントがニヤリと笑って言った。


「へー」


 聞いてみたもののまったく知らない。

 俺の気のない返事に、ベルントは拍子抜けしたような顔で頭を掻きつつ質問を口にした。


「ところでここはどういう場所なんだ? ずいぶん高度な文明を築いていたようだが⋯⋯ありゃ文字だよな? 読めん。学者ハロとしては何かわかったか?」


 辺りを見回すベルントに釣られて俺もナディヤも首を巡らせる。

 視線の先にファミレスを見つけ、俺は二人を誘って中へと入った。扉を開けると上部に取り付けられたベルがカラカラと鳴った。

 キョロキョロする二人を置いて、俺はレジカウンターの中へ入る。後ろの棚に入っていた30cmほどの未開封のダンボール箱を取り出す。もしかしてとは思ったが、あった。良かったんだか悪かったんだか。

 カウンターに置いたそれを開ける。


 中に入っているのは、個別に真空包装された〈棒状栄養調整食品ヌートリション・バー〉。

 通称を〈栄養棒〉という、粉食配給品だった。

 袋を開けるとショートブレッドのような洋風焼き菓子、それを二人にそれぞれ渡した。


「こいつの主な原材料は、虫だ」


    ◆


 粉食配給の棒状栄養調整食品ヌートリション・バー

 貧困層、ホームレス、虐待の被害児童などに対する栄養失調の緊急策として公共施設、商店等に置かれ、誰でも無料で貰うことができる。

 かつて第二次世界大戦後の逼迫する食糧不足の中、紙面にて帝大博士が、こおろぎ、バッタも粉食にして配給すべきと提言していたが、養殖が簡単なこともあり、欠如した動物性タンパク質を補充するためそれらの素材と雑穀・野菜くずを混食利用し、人間の生存に不可欠な重要栄養素がバランス良く含まれている。らしい。


    ◆


 イナゴは栄養食としてつとに名高いし、ウチは祖母の実家が長野県なので佃煮なら違和感も忌避感もなかったりする。しかしバッタはどうなんだろう。これまで食べられるという意識がなかったので俺にはけっこう抵抗がある。

 こんな話をすると、イナゴもこおろぎもバッタも変わんなくない? と言われたりするけど。


 粉食配給制度が決まった当初、「政府の栄養棒は人肉だ!」と叫んだ者が多くいて、かなりの混乱を来した変な出来事は記憶に新しい。

 十五年後にも廃れてなかったんだこの制度。となんとも言えない気持ちになった。


「こおろぎにバッタか、にしちゃ美味えな」

「んまい」


 物怖じしない二人はすでにもっさもっさと頬張っていた。

 聞いた話じゃ甘みと苦みと独特の臭みが絶妙のバランスで口中に押し寄せ、食感はコルク栓をかじってるようだ、と評判だが、うまいのか。


    ▼


 スカイツリーに着くと二人の仲間を紹介された。

 彼らは四人パーティだったようだ。

 結局周辺には三十人ちょいの冒険者たちがいる。

 今〈城塞迷宮〉を探索している数から考えて、まだ増えるだろうとのことだった。

 拠点を作り、共同利用するパーティもあれば、完全にワン・パーティで活動するところもある。

 ベルントとナディヤに合流した二人にも栄養棒を渡す。


「主な原材料は、虫だ」

「うまい」

「うまい」

「そうか」


 うまいのか。

 あちらこちらで火を焚き、夜営の準備をする姿が見られ始めた。と言ってもまだ日は高い。16時頃だろうか。


 せっかくなので俺もメシの準備を手伝う。

 話を聞くと、どうやら彼らの世界は料理のバラエティというものに乏しいらしい。

 基本的には肉を焼き、蒸(ふ)かした芋と豆のスープ、みたいな。

 魔法による状態保存があるため、肉をはじめ食材は簡単には腐らず、ひと冬くらいなら多少味は落ちるものの、ある程度の余裕をもって鮮度を保てるのだとか。

 値は張るものの、中身を一週間アツアツに保つドワーフ印の鍋とかもあるらしい。


 ベルントが葉に包まれた瑞々しい肉を取り出した。

 こういう時は干し肉じゃないのかと思ったが、これこそが魔法による効果という。

 左手に載せたまま、ベルントが肉にナイフを当てるとスルリと切れた。手早く四角く切り取ると、串に刺して火にかざす。


「家畜化された豚の魔物の肉だ。ズー・ターの高級ブランド肉だぞ」


 探索にブランド肉持って来んのか。

 辺りにいい匂いが漂い始めた。脂が滴り、胡椒が香る。串を渡され、肉にかぶりついた。


「うまっ」

「だろう?」


 彼らの料理という文化の発展が非常に緩やかなのは、何もしなくてもこのやたらとうまい肉と、魔法による保存技術の高さが妨げになっているのかもしれない。

 そして彼らはどうやら甘味に飢えている。栄養棒すら甘くて美味いと言うのだ。


 こういう時の定番は何だろう。プリンか?


 プリンは今度持ってくるとして、リュックからいろいろ取り出す。ファミレスのはす向かいに食品スーパーがあったので、そこにも寄ってから戻って来ていた。

 ファミレスでもスーパーでも冷蔵庫・冷凍庫はちゃんと電気が通っていて稼働していた。


    ◆


 警察や自衛隊が今もライフラインを死守してくれているようだ。ただしその善意もいつまで保つのやら。物理的な限界だってあるだろう。魔物が闊歩する世界だ、破壊され断裂したものを直す人はもういない。

 そもそも自衛隊等にそういった命令を下せる民主的な政府は存続してるのか? 貨幣経済は息をしているか? 


    ◆


 缶詰、レトルト食品、調味料、どんどん取り出す。

 穀物類はカビだらけで持って来られなかった。品質保持の空気穴が致命傷を与えてた。

 冷蔵庫は動いていても、中の食材はからっからに干からびて乾燥生ゴミと化していた。【巻き戻しリワインド】を使えば食べられるような状態に戻すことができるかもしれない。折を見て試してみよう。


 冷凍食品の類は今回見送った。アイスクリームは今後、彼らへの交渉の切り札だ。彼らの探索が進み、自力で発見される前に切る必要がある手札だろうけど。


 鍋に【水の創造クリエイト・ウォーター】で水を入れ火にかける。

 レトルトのパックのごはんと定番のカレーを湯煎する。


「それも食いもんか?」


 興味津々に鍋を覗き込んでくる四人に「そだよ」と答える。


「さっき回収してたやつだな?」

「味が好みかどうかはわからないスけど」


 たぶん、問題ないと思っている。彼らは複雑で味のはっきりしたものが大好きだ。間違いない。

 ご飯の容器を取り出してフィルムを剥がすと、湯気と共に彼らから「おお?」という声が上がり、四人ともそろって首を傾げた。

 続いてカレーの封を切ってご飯にかける。広がった香りが彼らの鼻腔を刺激する。


『おおっ!』


 我慢できないといった感じに、ベルントが他を押しのけて器を受け取ろうとしたところを、押しのけられて派手に転んだナディヤがすぐさま立ち上がり、ベルントの腹に二発、あごに一発叩き込んだ。


「どむどむバッがッ⁉︎」


 ベルントを尻目に澄まし顔でカレーを受け取っていく。

 最終的には周囲にいた探索者たちの多くも、ふらふらと匂いに引き寄せられてやってきた。

 ベルントが叫んだ。


「おまえらゾンビかっ!」


 新しく湯煎し、配りつつ、横のベルントにパッケージなんかを示す。


「穴が空いてなければ大丈夫。内部に腐敗菌が存在しないから食べられる。そこだけ確認してください。こっちの缶詰も、缶を密閉した後に加熱殺菌処理されてるから食べられます」

「わかった。この空き箱と照らし合わせれば同じもんが食えるな」


 ──んー⋯⋯。


 腐敗菌だの加熱殺菌だの普通に了解したなと思った。食品衛生とか消毒の概念を理解している。


「かーっ! 美味えなこりゃ!」


 ただ聞き流したってんじゃないだろうな?









GLOSSARY

 -用語集-


●【安定化/スタビライズ】  魔法

状態をある程度まで一定に保つ。



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