知恵の神は、全てを失って人となった
猫狐
第1話
この世の人間は最初から知識を持っていた訳では無い。
まだ人間がヒトとなる前、猿と相違無かった時代。魔物に力で勝てず、ただ食べられるだけだったその生物を哀れに思った知恵の神は神託と称して知恵を与えた。
始まりの知恵は言葉であった。これにより、人はコミュニケーションが出来るようになった。
次の知恵は火であった。この教えにより魔物を火で撃退出来るようになった。
三つ目は物作りの基礎知識であった。教えた知恵を活用して人は家を、武器を、防具を。様々な物を作れるようになり、遂に知性ある『人間』となった。
しかし悲しいかな、人間は強欲な生き物である。自らが知らない知恵を得るべく巫女という名の生贄を用意した。
それでも知恵の神は慈悲深く、巫女を殺さないためだけに求められた知識を与えた。
そして人間社会が分裂し、知恵の神の神託を複数の国が求めた結果。巫女を争うようになり、知恵の神は最後の神託を降した。
『私に教えられる事はもう無く。故に神託を、私の知恵を争わずに平和に生きなさい』
そう伝え、知恵の神は表舞台から姿を消した。
以後、戦争は無くならなくなったものの、あらゆる国と場所に知恵の神を象徴する物が建てられたという。
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ザクザク、ザクザク。私は雪の中を歩く。
いつも通り魔物を警戒しつつも、今日も何も出ないという楽観視。魔物は寒さに弱いのだ。特に、吹雪が吹いているような今日のような日には。
一つ鼻歌でも歌いたい気分、と呑気な事を考えていると何かに足を取られて転んだ。
「キャッ!?」
雪に全身ダイブしたので怪我は無かったものの、ビックリした。こんな人を転ぶようなもの、あっただろうか。
もしかして魔物の死骸だろうか。慎重に立ち上がってそろり、そろりと転んだ場所まで戻って確認する。
「……っ!!」
そこには服も何も纏っていない、私と同じぐらいの美少女が意識を失っていた。
私は直ぐに少女を背負って、所属している集落へと悪天候の中走った。
「おばあちゃん!おばあちゃんっ!」
家に帰ると、急いでおばあちゃんを呼ぶ。
「どうしたのクルネ。そんなに慌てて。学校でいい事があったのかい?」
呆れながらもこちらを向かないストーブ前のおばあちゃんに向けて言う。
「雪の中で倒れている人がいたの!服も着てなくて、冷たくて!」
そこまで聞いて、やっとおばあちゃんは振り向いてハッとした。
「クルネ!その子をいち早くベッドに!いいかい!ぐるぐる巻きにするぐらい暖かくするんだよ!アタシは温かいタオルを用意するから!」
「分かった!」
そうして、謎の美少女に着いている雪を丁寧に、かつ手早く払ってベッドに寝かせる。
言われた通りにぐるぐる巻きにするようにベッドに寝かせると、自分の手を額に当ててみる。
「冷たっ……!」
そこにおばあちゃんが現れ、応急処置を施していく。
「……うん、命に別状はなさそうだね。
クルネ!この子が目覚めるまでそばにいておやり!アタシは村長にこの子の事を伝えてくるから!」
「分かった、気をつけてね!」
その日は謎の少女が目覚めることは無かった。ただ、分かったのはその少女がとても整った身体をしている事だ。
太くもなく細くもなく。筋肉もついており、力も相当ある事が容易に想像出来る。
ただ、そんな少女が何故こんな辺鄙な場所の雪の中で倒れていたのか。それが分からない。
捨てられた、というのが妥当な路線だろう。けれど奴隷にしては綺麗すぎる。整っており傷一つない顔立ちと透き通るような銀色の髪がその証拠だ。
……自殺未遂だろうか。いや、それならばもっと手軽に死ぬ場所があったはずだ。この世界は戦争が起こっている上に、魔物だっている。死ぬ方法なんて、生きる方法より多い。
おばあちゃんの温かいスープを彼女の横に座って飲みながら、スヤスヤと心地よく寝ている寝息にほっとしてスープを一気に飲み干した。
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