SS『記憶としての世界』
水野スイ
(SS)グッド・メモリーズ
地球には、地球は5秒前に出来た、というやつらが居る。
嘘だと思うかい、5秒前の記憶はどこにある?
それは今、その瞬間に出来た物で本当は君は、『今』生まれたのだよ。
なら、俺は10年前に地球が出来たと思う。
俺の記憶は10年前で止まり、目覚めれば1日前だと思われるメモ帳が残されているのみ。
つまり、俺には1日前の記憶がない。
俺にとっての昨日は、10年前に過ぎない。
そう、メモに全て書いてあった。
これは病気だという。
シュワルツ精神病院には、6年前に入院したらしい。
毎朝体を拭いてくれるヘルパーのメアリーがそう言っていたらしい、メモに殴り書きで書いてあった。
「おはよう、”メアリー”」
「お元気そうで…そろそろ10周忌ですね、奥様の」
「らしいね」
「はあ、まあ、10年前からの親友ですから。あなたと私は」
「すまない、何故か君の年齢だけ書いていない。聞いてもいい?」
「毎度の事です。書かなくて結構ですよ…レディーに聞くのは失礼ですよ」
俺は、そのことを書き留めなかった。
……
全てが初めて、全てが違う
しかし、メモのおかげで全てが分かる
10年間、ずっとこうして暮らしてきた
おそらく、俺はこうして過ごしていくのだろう。
メモは書ききれず、もう67冊目になる。
どうやら、俺の年齢と同じらしい。
……
「ああ、メアリー。ジョンの様子はどう?」
「ジョンって…、ああどっちのことです?」
「すまない、”精神”のほうだ」
「はあ…ええ、順調ですよ。4次元空間に再びテレポートさせ、記憶の相互性を測っています。しかしまあ…はあ…上手くいきませんね。また再起動させ、記憶を消すしかないでしょうに。」
「そうか、再起動にはどのくらい時間がかかるんだ」
「かなり…。やはり肉体と精神は離れられません。実験を中止したほうが」
「上からの指示だ。絶対に中止してはならない」
「…いつまで、”夢”を見続けるのでしょう」
「さあ。記憶は記録では無いからな。我々が記憶を書き換えることは可能なのだよ…人間は四次元を発見することに成功したが…恐ろしい使い方を生み出したものだ」
「そうですね…ああ、だからいつまでも、この男の精神は10年前で止まっているのです。人類が四次元を見つけたあの日から、この男は実験台なのですから」
……
実験台、俺は初めて聞いた言葉とは到底思えなかった。
優しい、らしいメアリーとその隣に居る男がそう話していた。
俺は、俺の”肉体”は走り始めていた。
本能的な怖さから逃げ出した。
俺の脱走は町中のうわさになった。
怖い、俺の記憶のせいで全て、わからない。
だからせめて、この68冊目のノートにここまでのことをこうして記した。
こんなこと、67冊目までのノートに書いていない。
それはやはり、やつらが消したのだろう。
ああ、どうか消さないで。
でもやつらはこの言葉さえも消すだろう。お前らは人間でないだろう!
どうして異常だと気づかない。
なぜ…
……
俺の記憶はここで途絶えたわけだ。
……
「おはよう、”メアリー”」
俺の67冊目のノートが始まる。
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