ギャルゲ神のてんせい

碧海

第一章 転生と変生

第1話 リセマラはゲームの基本


「はっ、はっ、はっ……!」


人気のない路地裏に、荒い呼吸音が響き渡る。


「ぜぇ、はっ、ぜぇ、はっ……!」


走る、走る、走る。


まるで何かから逃れるように、見たくない現実から目を背けるように……。


「はっ、はっ、ぜぇ、はっ……!」


息も絶え絶えになりながらも走ることを辞めない。恐怖を振り払うかのように走り続ける。


「なんで、はぁ、こんなことに……!?」


まるで神を呪うかのように、たっぷりの侮蔑と怒りを込めた言葉が吐き出される。


体を彼方此方にぶつけながら、息を荒らげフラフラになりながらも、その足を止める様子はない。


「はぁ、はぁ、……がっ……!」


遂に限界が来たのだろう。足を絡ませ、受け身も取れず地面へ倒れ込む。


この世の全ての怨嗟を詰め込んだかのような、この世のものとは思えない顔で叫ぶ。


「なんで、なんで……!」




「転生先が、全ルートで死ぬギャルゲーのお邪魔キャラなんだァァァ……!!」


これは、絶望を目前とするこの男、東青壱成とうじょういっせいが、幸せハーレムエンドを目指す物語である。





ギャルゲとは、主に魅力的な女性が登場することを売り物にするタイプのコンピューターゲームの俗称であり、へんたいが死力を決して攻略する最高のエンターテインメントだ。


『楽園×学園』エデン・スクールは、ギャルゲーである。


ギャルゲーは、複数の選択肢の中から一つを選びその選択肢に応じた好感度の変動でルートが変わるのだが、本作はそのルートの数が以上に多い。


というのも、まず攻略可能なヒロインの数が尋常ではなく多いのだ。具体的に言えば、普通のギャルゲであれば攻略可能なヒロインは大体6人程度が平均だろう。しかし、本作のヒロインはメインサブ合わせて20を超える。

しかも、それぞれのストーリーが濃くどのヒロインを攻略しても満足できる仕様となっている。


世界観としては、現代日本の科学と魔法が合わさった近未来のファンタジー世界。


魔法と言っても、例えば『火球ファイアーボール』と唱えても何も起こりはしない。

この世界において、魔法はそれ専用の特殊な器具を必要とする。しかし、この道具さえ揃えてしまえば誰にでも魔法は発動できる。


だが、この世界ギャルゲなだけに当たり前なのだが、女性の割合がとてつもなく多い。出てくるキャラの9割5分は女の子だし、町を歩いても男の通行人なんて殆ど見ない。


まぁ、そんなこともあってこの世界は基本女性優位な世界だ。


そんな世界で、主人公プレイヤーは魔法学園を舞台に各種能力値パラメーターを上げながら女の達を攻略し幸せになることを目的に進めていく。


本作は、ギャルゲ好きの間では「神の一作」と評されるほどの人気でこのゲームをやっていないギャルゲプレイヤーは潜りと言われるほどだった。


ギャルゲプレイヤーの世界では、割と有名な俺も勿論このゲームをプレイしたいと思っていたのだが、タイミングが悪く、業務が滞り暫くの間会社に泊まり切りになってしまっていた。


そうして、無駄に時間を浪費しやっとの思いで購入しようとしたら、本作にはプレミア価格がついてしまい手を出せない状況になってしまっていた。


幸いな事に、俺にはツテがありそのお陰で発売から1年と少し遅れてしまったが入手することが出来た。


購入が遅れてしまったとはいえ、俺のギャルゲに対するモチベーションはこれ以上なく高く。


配達日には、上司から有給をもぎ取り受け取るのに全裸になる訳には行かず正座で待機していた。


そんなこんなでようやく手に入ったギャルゲ。


『楽園×学園』エデン・スクールは何処か光り輝いているようにも見え、神聖なオーラをさえ放っていた。


「涙が止まらねぇ……!」


美しく可憐なヒロインたちのイラストに、どれだけ力を入れたのか正しく神の如きOPに涙を流し、堪能する。


至福の休日だった。


仕事で溜まったストレスが、自分の醜い感情が、全てが浄化されているような気がした。


シュボッ


煙草に火をつけ一服。感情を落ち着け、ゲームを堪能する。


「完成度高ぇな、普通こんだけヒロインいたら全体のレベルも下がるんだが……」


一つ一つ、ゲームのシステムを見ていく。


「ヒロイン全員に特徴あるし、ちゃんと可愛いな。ヒロイン同士の絡みも結構あるし、どんだけ金つぎ込んでんだ?」


完成度の高さ、作り込みの深さ、一つ一つがそこらのゲームのそれを大きく上回っている。


「魔法のシステムがっちりしてんね。寄り道要素だとおもってたんだが……。能力値パラメータも結構細かい所まであるし、魔導媒体器マジックデバイスとか刻魔導体マジックメモリー凝りすぎだろ。これだけで一つゲーム作れんぞ。」


魔法ひとつとっても、属性ごとに区分けされた属性値や主人公プレイヤー能力値パラメータなんかもあって、自由度の幅は広い。


「プレイヤーが決めんのは、一日の計画とそこで出た選択肢ぐらいか」


プレイヤーは、勉強・鍛錬・探索・デート・休息からいくつか選び一日の計画を立てる。選んだ行動や行動を共にするキャラによってパラメータや好感度が変動する。


偶にイベントが発生して、パラメータの値で結果が変動するが失敗になることは殆どなく、ストレスフリーにストーリーを進められる。


「ぬるいな」


自由度の幅は広いが、難易度自体は大したものじゃない。……が、ボリュームはたっぷり。


ヒロインの数だけでなくルートすらも多い。

各ヒロインごとのルートだけでなく、冒険者となり名を残す『冒険者』ルート、魔法学園の学園長となる『学園長』ルート、研究所の所長となる『所長』ルート。これだけではなく、友人との関係を深める『友情』ルート、メインヒロイン全員を攻略する『ハーレム』ルート。最後に、主人公が悪に落ちる『闇堕ち』ルート。


これだけのボリュームを詰め込まれた本作は、確かに「神の一作」と呼ばれるに値するものだ。


しかし、この作品唯一の欠点が


「おい、俺のことを忘れてもらっちゃあ困るぜ?」


「出たなクソ野郎!こっちは癒されてんだよ!てめぇの汚ぇ面を拝みに来てんじゃねぇぞゴラァ!!」


本作に3人しか存在しない男キャラの1人であり、主人公のライバル(笑)足るこの男、東青壱成とうじょういっせいである。


マイナスイベントの大半に絡むクズでありながら、メインヒロインの兄という立場を持つゴミ。


このゲームのストレスの全てを受け持つこの男、頼んでもいないのに行動を共にしてくる。そしてその間、主人公とヒロインの絡みが一切なくなるのだ。


例えば迷宮に探索に行く時、


「俺も一緒に行ってやる。俺のライバルたるお前に格の違いというものを見せてやる。」


とかなんとか言ってついてきてクソの役にも立たない魔法をチョロチョロ撃って我が物顔で経験値だけ奪い去っていく。


ギャルゲーは、主人公とヒロインの恋愛を主軸に置いているため他の男の出る幕はない。

それでも男キャラがいる場合は友人キャラか、……お邪魔キャラである。


この男がいるせいで、本来ストレスフリーであるはずの本作でストレスが募っていく。


だが、全てのルートの最後にはこのストレスを叩き込むことが出来る。そう、この東青壱成というキャラ。全てのルートで殺すことが可能なのである。というか、ほとんどのルートでは勝手に死ぬ。


斬られ、潰され、射られ、破裂し、爆死し、みじん切りにされる。


取り敢えず、全てのルートで悲惨に死ぬ。


このおかげで、最後にはスッキリした顔で終わることが出来るのだ。


「有給全部使ってるし、この休み中に全クリ目指すか。」


『楽園×学園』エデン・スクールというゲームは、手放しに面白いと褒め称えられる。それほどまでに完成しているのだ。


そんな完成度のものをプレイしているのだから、それはまぁ捗る。


一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日が過ぎて、また次の日が昇る。

ギリギリまで睡眠時間を削り、フラフラになりながらも気力でプレイを続け、遂にはありとあらゆるエンディングを迎え、全てのイベントCGを集めきり、全ての項目のクリア率が100%となり、設定資料集を隅から隅まで読み込み……ようやく俺は眠るために立ち上がった。


フラっ


「え?」


ガタンっ


「やばっ……削りすぎ……いや疲れ……体……動かな…………」


床に倒れ込み、ピクリとも動かない体に焦りを抱え、少しづつ意識が薄れていき、そのまま……


「うおっ」


跳ね起きた。


「焦った〜。夢かよ、そりにしてもリアル……だっ……た?」


体を起き上がらせ感じる違和感。目に映る白髪に見覚えのない部屋。どんどんと焦燥が体を蝕み、すぐそばにある鏡に駆け寄った。


「は?」


そこには、傲慢さが身にしみた白髪の妙に整った顔立ちの東青壱成とうじょういっせいがいた。


数時間後、走り回り汗をだくだくとかいた俺は自分が『楽園×学園』エデン・スクールの世界に東青壱成として転生したのだと理解した。

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