15話 奏でる音は海の音

2月末、成田国際空港からルクセンブルグへ約6日間の旅に出た。


父と親交の深かったフェリックス先生の家を訪問した。


3日間のレッスンにおいて、私の伸び代のびしろを見極めるためだという。

そして、私を預かるかどうかはそれによって判断すると言われた。


ほんのひと握りの人が到達できる場所を目指すには、私のブランクはあまりにも長い。

この空いた穴を埋める小手先の手段など無い。


滞在最終日、フェリックス先生の前で演奏することとなった。

事実上のオーディションだ。

しかし、そんな場であっても、私は演奏するのが楽しかった。


音を奏でながら思い浮かべるのは荻島おきしまの青い海。


岩場に咲く色とりどりのコーラル。


流れる潮の中でたわれるたくましい魚たち。


白い砂地にゆれる光のカーテン。


そして私に差し伸べる力強い手。


あの素晴らしい海の思い出のひとかけら、ひとかけらが旋律の上に乗る音符となって奏でられていく。



全ての演奏を終えると先生は『考えさせてくれ』と言った切りだった。




その返事が届いたのは日本へ帰国した翌日の事だった。

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