3.ウサギは一匹じゃなかった

 オレンジ色のちっちゃい塊を勢いよく胸に受け、俺はたたらを踏んだ。


「いってぇっ! って、なんだ?」


 反射的に両手で胸に押さえたそれは、ぷぅぷぅと鳴いた。


「え? ウサギ?」

「おっめでとーーーー!!」

「うわあっ!?」


 耳元で大きな声をかけられて驚いた。すると、手の中にいたちっちゃいウサギが俺の胸を足場にして長い足を蹴り上げて……。


「いてえっ! この暴力ウサギめっ!」


 ウサギはシタッと草の上に降り立つと、ブーという音を発した。藤木先輩がウサギを睨む。


「そんなかわいくないことをしてるとこの人参はやらないぞっ!」


 ヴヴヴ……とウサギが威嚇するような音を出した。いったい何が起きているのだろうか。俺はウサギを見て、俺の側にいる藤木先輩を見て、呆然としている面々をきょろきょろと見回した。


「すいません……状況が全くつかめないんですが……」


 俺はまふっとしているウサギを眺めた。橙色、というか茶色というのか、はたまた金色っぽいような毛並みのかわいいウサギだ。なにかが額にくっついているように見える。どうしたらいいんだろう、困ったなと思っていたら、後ろから声がかかった。


「何してんの~?」


 びっくりしてみんなで文字通り飛び上がった。動物たちもぴゃっと走って逃げて行ってしまった。ああ、かわいいもふもふが……。


「もー、藤木センパイ何してんの? ウサギ逃げちゃったよ?」

「……暴力ウサギが僕の顎を蹴った~」

「またなんかちょっかいかけたんでしょ? そーゆーことすると余計に嫌われるってママが言ってたよ」

「うっさい、このマザコン!」


 後ろからこちらにやってきたのは、メガネをかけたキレイな少年だった。髪型はツーブロックマッシュというのだろうか、なんとも爽やかな黒髪である。俺も髪型はツーブロックだけどな。

 その腕の中には白いウサギが抱かれている。


「で、これってどんな状況?」


 少年が首を傾げた。うん、俺も聞きたい。

 説明があまりうまくない先輩曰く、この島にはさまざまな生き物が暮らしている。その生き物たちの中には人に興味を持つ物がいるらしい。その生き物に気に入られれば一緒に暮らすことになり、部屋は1階に決まる。それ以外は2階以上の部屋に入ることになるそうだった。


「気に入られるとすぐに部屋が決まるからいいけど、お世話はしなきゃいけないからどうかな? 僕の部屋はここだよ~」


 少年が手で示したのは庭に面した部屋だった。外が騒がしいからと部屋の窓を開けて出てきてくれたらしい。


「僕は近藤和人(かずと)って言うんだ~。君、さっきのウサギに気に入られたの?」

「いや、わかんないけど……」


 そう答えて庭の向こうを見たら、さっきのウサギがいた。たまたま胸に飛び込んできたってだけじゃないのかな。


「センパイってばみんな呼ぶのヘタだね~。僕が呼んでいい?」

「うっさいマザコン早く呼べ~」

「マザコンじゃないよ~。今日島に来た子たちを紹介するよ~。みんな、おいで~!」


 優しく、遠くに通るような声で和人が庭の向こうに声をかけると、タタタタタッ、ドドドドドッとなにかが近づいてくる音がした。そして、先ほどのウサギがまた俺の胸に飛び込んできた。


「やっぱりその子、君のことが気に入ったみたいだね~。はい、みんなそこで止まって~」


 顔を上げると、庭に入るか入らないかというところに動物たちが勢ぞろいしていた。


「……ナニコレ?」


 女子が呆然と呟く。俺もナニコレ、って思った。

 結局動物に気に入られたのは俺と女子二人だった。


「やっぱ女の子の方がいいのか~! 僕はみんなと仲良くなりたいのに~!」


 何故か藤木先輩が地団太を踏んで悔しがっていた。どうやらこの先輩は動物と仲良くなりたくてしかたないらしい。

 女子二人を気に入ったという動物は、一人はスズメで、もう一人はモルモットだった。他の動物たちは寂しそうに林の向こうに戻っていった。不思議だなと思った。

 スズメは女子の肩に乗り、すりすりしていた。モルモットは満足そうに女子の胸に抱かれている。で、俺はというと……。


「あれ?」

「もう一匹いるね~」


 足元に白と黒の牛柄っぽいウサギがいて、俺の靴によじよじと乗っかろうとしていた。慌ててその白黒ウサギも持ち上げる。両方とも額に何かくっついているように見えた。


「君はウサギたちに好かれたんだね~。じゃあ僕と同室かな」

「? そうなのか?」


 とりあえず生き物も一緒に寮の広間にみんなで移動した。動物に気に入られなかった連中は恨めしそうに俺の腕の中にいるウサギたちを見ている。ちょっと居心地が悪かった。


「今回は三人か。女子は原口に説明してもらってくれ。で、君はこのマザコンと同室になるだろう。異論はないか?」


 藤木先輩が広間に座った途端そう言った。女子たちが素直に誰かのところへ移動したことから、その人が原口さんなのだということはわかった。女子たちはもう自己紹介などを終えていたようだった。


「だからマザコンじゃないって~」


 和人が苦笑した。


「近藤君は一人なのか?」

「僕も一昨日こちらに来たばっかなんだよ~」

「そうなのか」


 じゃあ一緒だなと安心した。和人の腕の中にいるのもウサギだからいいかなと思った。その腕の中にいるウサギの額にも何かくっついているように見える。


「じゃあ、これからよろしく」


 荷物を運ぶのを手伝ってもらい、俺は初日に無事部屋が決まった。

 藤木先輩から人参を三本受け取り部屋に足を踏み入れた時、俺は我が目を疑った。

 ……父さん母さん、俺はどうやらもふもふ天国に来たみたいです。


ーーーー

本日の修正更新はここまでです。また明日よろしくですー

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