1.離島の学校へ行こうと思ったきっかけ
俺こと山倉将悟(やまくらしょうご)は小学校に入学する前まで山に住んでいた記憶がある。でもその後はじいちゃんばあちゃんと離れて、隣町で暮らしていた。ただ、毎年夏になったら山に行って過ごしていた。
山の空気はひんやりしていてとても過ごしやすく、畑の作物を一緒に収穫したり、虫を取ったり動物を追い回したりして遊んだ。小学校が遠いという問題さえなければ、俺は山に住みたいと本気で思っていた。
それが気軽にできなくなったのは確か四年前。六年生になる前だったような気がする。もう手入れをするのも無理だからと、じいちゃんたちは山を知らない人に売ってしまった。手入れがたいへんだってことはわかっていたけど、ちょっと寂しかった。
そんな思いがあったのかどうかはよくわからないが、中学二年の時に渡された国からのアンケートに興味が湧いた。
虫は好きですか。好き、どちらでもない、苦手、嫌いというちょっと奇妙な選択肢。
動物は好きですか。好き、苦手、嫌い。苦手と嫌いはイコールではないらしい。
肌は弱いですか。弱くはない、ちょっと弱い、アレルギー症状がある(具体的な症状を記載する欄)。
アンケートを見れば見るほど、大自然の中に行けと言われているような気がした。
幸い俺は虫に忌避感はないし、動物は好きだし肌も弱くない。アレルギー症状もない。花粉症もない。
アンケートに答えた一週間後、ある高校のパンフレットが担任から渡された。その高校はできたばかりだけど国立の高校で、学費、寮費、食費なども一切かからないらしい。そして何よりもその高校は離島にあるという。
「興味があるなら担当者に来てもらうが」
「興味あります!」
俺は即答した。
本当に来てくれるとは思っていなかったけど、後日その高校の説明を島の担当者だという人がしにきてくれた。
「離島、ですか」
「うん、神津島ってわかる?」
「えーと、伊豆大島よりずっと南にある島でしたっけ?」
「うん、その更に先にも島があったんだ。それが近年海底隆起でどんどん大きくなってね」
八丈島とかとは違うらしい。
「そんなニュース見てませんよ」
「全てを知らせるものでもないからね」
担当者が笑んだ。確かにそれもそうかと思う。
「その島の調査をした結果安全性には全く問題ないってことで、島の管理者から学校を建てたらどうだろうっていう提案があったんだ」
「それで高校、ですか。でも住人は……」
「その島には今は住人がいないんだよ。かつて入植した人たちは約五十年ほど前にみな他の島か内地に移ってしまった。だから今あの島にあるのは学校関係の建物と、売店ぐらいかな」
「病気になったら……」
「学校だから保健室はあるし、一応医者も1名は常駐させる。何かあればヘリを飛ばす。Y基地から片道1時間半ってところだけど、どうだい?」
にこにこしながら聞かれて、心が動いた。
「……親に相談します」
そう言った時にはもう、行きたい高校が決まっていた。
父親は、「いいんじゃないか?」と言ってくれたけど、母親は心配した。妹は「おにーちゃんがいなくなったらやー!」と怒った。それでもいろいろ話し合って前向きに検討することにしたら担当者が来て親に説明をしてくれた。
制服もあるが普段は作業着でもかまわないこと。(これは後日違うということが判明した)かかる費用は全て国が負担することなど、担当者はにこにこしながら教えてくれた。それについては父親が難しい顔をした。
「……学費だけじゃなくて全てただってのはなぁ……」
「ご心配されるのはもっともです。高校卒業後のサポートもしますので気軽にお声掛けください。ただ離島ですので、やはり帰りたくなってしまう生徒さんもいらっしゃいます。その場合はきちんと家にお返ししますし、他の高校への編入についてもサポートはします」
「本当ですか?」
「はい。それらの注意事項などについても、無名島(うなしま)高校に通う前に見ていただく説明書に記載しています。大事なお子さんをお預かりするのですからそこはご安心ください」
丁寧な対応に両親はそれなら、と考えてくれたようだった。俺の心はすでに決まっていて、それからいろいろ準備をした。
中学校を卒業する前にじいちゃんたちにも挨拶に生き、山にも行った。今の山の持ち主であるお兄さんは、「それはとてもいい経験だと思うよ。いっぱい楽しんできてね」と言ってくれた。そこで飼っているニワトリたちにも「また来るよ」と挨拶してきた。
見学会などはなかった。残念ながらそこまで人は割けないという話だった。それでも無名島に行きたいという思いが変わることはなかった。
そして迎えた旅立ちの日、Y基地からVTOL機(垂直離着陸機)に乗せられて、俺たちは一路無名島へ向かったのだった。
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