第19話 翼もつ金獅子と燃ゆる羽虫
第十九話 翼もつ金獅子と燃ゆる羽虫
サイド 剣崎蒼太
迷宮に飛び込んだ自分と金原が、横方向に移動していたはずなのに今は真下に落ちる様に重力に引かれていく。
「おおおおお!」
魔力を全力で込め剣を振るう。蒼い炎が巻き起こり、強引に金原を押しやった。金色の翼を動かしながら距離をとった金原が、仮面の下で周囲を見回しているのがわかる。
動揺している今が好機。剣の炎を推進力にして更に距離をとる。それに気づいた金原が追撃を仕掛けてこようとするが、迷宮の壁がそれを阻む。そして自分の足元に床が現れ、横にあいた扉を潜り金原から離れていく。
作戦の第二段階。『金原の動きを迷宮の壁で封じる』。
「邪魔だぁぁ!」
遠くで金原の声と何かが砕け散る音が響く。迷宮の強度は自分でも破壊できる程度。金原なら片手でも砕くのは容易いだろう。
それでも、あの翼を多少なりとも抑えられるなら御の字。それ以上を望むのは強欲すぎる。
自分の上に出来た縦穴を跳躍し、壁を足場にして駆け上がる。そして横に開いた穴。金原の真横に到達したのだ。
剣に炎を溜め込み、蒼く輝く刀身で金原の背後から切りかかる。黄金の粒子が暴風雨のように周囲を破壊する危険域に、鎧の耐久力に任せて突撃を敢行。
嵐の様に荒れ狂う金の雨粒に当たるたびに、鎧が削れ、隙間に潜り込んだそれらが戦装束を引き裂き皮膚を抉って肉を貪る。
一瞬にも満たない間で詰められる距離だと言うのに、それを超えるだけで致命傷一歩手前の傷を負っていく。視界が歪み、激痛で意識が遠のきそうだ。
それでも、歯が歪むほど食いしばって踏みとどまり剣へと意識を集中する。奴の右腕を斬り飛ばした時と同じだけの力なら、あの細首一つ切れないはずがない。
無言ながらも、必殺の決意を込めて剣を振りぬいた。
なんの抵抗もなく振るわれた剣は――当然のように空を切っただけ。
一瞬。いいや、それよりも更に速く、黄金の影は視界の外へと消え失せた。辛うじて追いついた第六感覚が伝えるのは真上。目をそちらに向ける間もなく、体を捻り強引に剣を振るおうとする。攻撃ではなく防御のために。
「え……?」
気が付いたら握っていた剣が遠くに見える。そしてそれを握る黒い鎧に包まれた腕。そこでようやく、アレが自分の腕だと気が付いた。
「あ、がぁぁぁぁあああああ!?」
腕の神経に焼けた針金を這わされているかのような激痛。傷口を左手で押さえるよりも早く、右足に何かが触れた。
「私の痛みを味わえ」
咄嗟に向けた視線に映ったのは、金色の翼。感覚で右足首を金原に捕まれているのがわかった。
この肉体をもってしても意識が遠のくほどの遠心力を感じながら、壁に体を叩きつけられる。粉々に砕ける迷宮の破片で視界を塞がれながら、右足で膨大な魔力反応。
「やめっ」
「吹き飛べ」
重く響いた炸裂音と、体が迷宮を壊しながら転がっていくのが同時だった。紅い尾をひいて灰色の床をバウンドするなか、視界には自分の血が飛沫となって散っていた。
「あ、がぁ………!」
激痛で息が出来ない。右腕の二の腕から先と、右足の脹脛の半ばから下がなくなっている。既に治癒がはじまり止血は完了済み。数秒もしないうちに新しく万全の手足が生えてくる。
そう冷静に思考する理性とは別に、『痛い』『助けて』という単語だけが頭の中を乱舞する。
「私の痛みの百分の一ぐらいはわかったか」
自分が砕いてきた壁を潜り抜けて、金原がゆっくりと迫ってくる。
ダメだ。動け。殺される。このままだと殺される。魔力を集中させて治癒速度を上げろ。剣は一度魔力の供給を切ってまた顕現させれば手元に出てくる。
だから立て。立って構えろ。
必死に体へとそう言い聞かせるのに、指一本まともに動いてくれない。血と涙で歪んだ視界で、芋虫の様に地面を這いずる。
「これからゆっくりとお前を殺してやる。次は左腕だ」
そう言ってのびる腕を下から迷宮の壁がかち上げる。そして次々と現れる壁。更に奴の部分だけ狭まる床と天井。自分の足元には縦穴が出来て重力のまま落下する。
『剣崎くん!逃げて!はやく!』
「っ……!」
新しくなった手足に魔力で鎧を纏わせながら、手の中に剣を顕現。炎の勢いで横の壁に背中から突っ込んで穴をあけ縦穴から抜ける。直後、縦穴を金色の影が通過していった。
「逃げるなぁぁぁぁあああああ!」
怒りに染まった金原の声が響く。
「はぁ……はぁ……!」
迷宮の中を疾走しながら、時折響く轟音から金原の位置を予測する。
『剣崎くん!私が足止めするからいったん迷宮の外に逃げて!』
迷宮の壁が震えて、魔瓦の声が聞こえてくる。
「いいえ!このまま続けます!」
『はぁ!?』
自分が逃げたら金原は魔瓦を殺しに行く。一人でこの化け物と戦うなどごめんだ。どうにかしてこの二対一の状態で仕留める。
それに。
「今更、この程度で……!」
自分は死の半歩手前まで傷つきながら、鎌足を殺した。
死と炎の海となった街中で、アバドンの核を焼き切った。
もう『たかが』手足が千切れた程度で退くつもりは毛頭ない。臆するな。一秒退けば一人死ぬと思って戦え。
無論、これは誰かのための戦いではない。これ以上の十字架を、自分が背負いきれるはずがない。『自分のために』最低限の被害に留めろ。
そう自分に言い聞かせながら、震えそうになる指で剣を握りなおす。
「タイミングはこちらから合わせます。再度奴に仕掛けましょう。ヒットアンドアウェイ。予定通りです」
『ああ、もう!これだから男は!』
「よろしくお願いします」
左横の壁に肩からぶつかって砕きながら隣の通路に跳び込めば、そこは金原の背後。
途端に晒される金色の粒子。ただの魔力が寄り集まっただけだというのに、それだけで殺傷力をもつ金の翼。
壁を砕いた音に振り返る金原よりも速く、奴の右手側から切りかかる。
「この!」
体を反転させて左手の籠手で受け止めた金原の腹に前蹴りを叩き込んで、その勢いで距離を開ける。
「貴様っ!」
こちらを追おうとする金原を遮るように壁がせり上がり、同時に自分は別の通路に。背後で金原の咆哮が聞こえる。
「がああああああああ!」
苛立ちを隠さないその声に、心臓が縮こまるのを感じながらも走る。これでいい。奴の思考能力を削れ。元々あってないような理性を失わせろ。
壁や天井を突き破って、無差別に放たれる光弾を第六感覚任せに避けながら次々切り替わる通路を走る。
「次、二つ目の横道!」
『私、そっちの状況よくわからないんだからね!?』
そう、魔瓦の迷宮内における感知能力はほとんどあてにならない。なら、こっちで合わせる。合わせてみせる。
金原と合流する通路に跳び込み、奴の右肩目掛けて蒼く輝く剣を叩き込みにいく。
「また右!?」
左の拳が剣を弾き上げてくる。ほとんど力を入れてなかった腕は衝撃に軋み、肘関節がビキリと嫌な音をたてる。
想定範囲。大丈夫。大丈夫にしろ!自分の体だろ!
「おおっ!」
「なっ」
二撃目こそ殺意を込めて、刀身に溜めた炎を放出して加速させながら右わき腹に食い込ませる。金の翼をはためかせて斜め上に逃げる金原が、今度は奴が赤い尾をひいて逃げていく。
不自然に高い天井を奴が飛ぶ。その動きは直線的で、軌道を読むのは容易い。
「ああああああああ!痛い!痛いぃ!」
左手で傷口を押さえる金原に、壁を蹴って鋭角な動きで迫る。迎撃よりも距離をとる事を選んだ金原の背後で、天井が勢いよく落ちてくる。
「がっ」
「あああああ!」
天井に背中をめり込ませながら急停止させられた金原に、両手に握った剣による突きを放つ。狙うは首のみ。貫いて、燃やせば死ぬ。
「ひっ、ぐぅ!」
咄嗟に金原が傷口から手を離して左手で切っ先を掴み、首を守る。呆れた反射速度だ。ここまで隔絶した能力差があると笑えてくる。
だがまだだ。切っ先に魔力を、炎を集中。輝きが先端に集まったのと同時に、熱線となって解放される。
「がひゅ」
喉に直撃した熱線。反作用の法則で体が下に飛んでいき、道を開けるように迷宮が動いていく。
「ぎぃぃぃぃ!」
奴の左手が熱線に刺し込まれるなり、金の光で蒼の光は打ち払われた。
だが、その頃にはもう自分は金原の視界から消えている。
「あああああああああ!この、卑怯者ぉぉぉぉぉ!」
怒れ。怯えろ。羽虫ごときと思っていた相手に殺されるかもしれない恐怖を、力の差からくる傲慢により怒りで塗りつぶせ。
卑怯と言いたければ言うがいい。それでもいい。誇りなんて捨ててやる。
お前を殺し、俺は生きる。だから落ちろ。若すぎた、いいや『幼過ぎた』金の翼獅子よ。
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