第10話 被害

第十話 被害


サイド 剣崎蒼太



「っ……!これは」


 ビルからビルへと飛び移っていけば、いやでもアバドンの姿が目にはいる。一応先に物陰に隠れてからスマホで撮影し、その画像を見て自分や新城さんに影響がないか確かめてから肉眼で見ている。第六感覚でもとりあえず両方とも大丈夫だとはわかっていたが、念のためだ。発狂が固有異能の一種だと困る。


 奴を見た人が発狂する種は察しがついた。なんて禍々しい魔力の渦。精神に何かしらの影響を及ぼす効果もあるのだろう。それ自体は自分に害はないが、単純に気持ち悪い。大き目の石をひっくり返して虫が複数蠢くさまを見せられたみたいだ。


 だが、酷いのは魔力だけではない。街への被害だ。


 奴が一歩進むごとに地響きがここまで届く。周囲の建物は崩壊していき、何十階もありそうなビルも崩れていく。


 時折放たれる雷撃。それが不規則に周囲にばら撒かれたかと思うと、何もかもが砕かれ、爆散し、燃えていく。


『GYEEEEEEEEEEEEEEE―――――!!』


 鳴り響く咆哮。大気を震わせ……いいや、実際自分や足場も揺れているのだ。恐怖からではない。ただ声を上げるだけで大気どころか衝撃で物が揺れる。


 まさしく『怪獣』としか表現できない存在。あれが自分と同じ転生者だとは思えない。


 魔力によるものではない、生物としての感情に怖気が走る。地面からは人々の逃げ惑う声と音が聞こえている。


 チラリと新城さんに視線を向けるが、彼女はアバドンを視界に収めつつも周囲の被害の方に意識がいっているようだ。


 この子はこの子でなんで無事なんだ。魔法使いとしての素養故か、それとも『目』に関係しているのか。


「急ぎましょう、剣崎さん。とりあえずどうします」


「まずは避難誘導。お互い目立つ見た目だ。とにかく周囲の視線を集めて、その上で誘導しよう。現地で動いている警察や消防を手伝う形だ。プロの邪魔はできん」


「……他の転生者は?」


「あっ……他の転生者に手の内を知られない為に、まずは様子見だ。その間バトルロイヤルには無関係を装うためにも、避難誘導をしていよう」


 我ながら完璧な作戦だ。非の打ち所がない。


「剣崎さん……実は馬鹿なのでは?」


「推定一位に言われた!?」


「なんの一位か言ってみてくださいよこらぁ!」


 とにもかくにも行動だ。下を見てみれば、まだこの辺りは恐慌状態ではあるが避難は出来ている。消防士が避難誘導している姿も見えた。


 手助けがいるとしたらもう少しアバドンに近い位置か。というか、他の転生者はアバドンに何もしていないように見えるが、いったい何をしているんだ?自分と同じように様子見をしているのか……?


 アバドンから一キロほどの距離まで接近。奴の巨体もあって実際の距離よりもかなり近づいたような印象を受ける。


 前にネットやテレビで見た時は全高七十メートルとかだったが、更に大きくなっていないか?


「げっ……」


 ある程度奴に近づき、地面から避難を呼びかける声が聞こえなくなった。なのに人の気配はするので不審に思いつつ軽く表通りを見下ろしたが、惨状が広がっていた。


「ははははははははははははははははは!」


「いあ!いあ!」


「海よりきたり……いや違う。大地の……ああ、あああ……!」


 アバドンが見えてしまう距離だけあって、人々の様子が明らかにおかしい。逃げるように走っている人も時々通るが、それ以上に発狂してしまった人の方が多い。


 一番まずいのが暴れている人達だ。明らかに正気ではない笑い声と表情で拾った物を振り回したり、素手でその辺の壁を殴り続けていたり。


 アバドンの進行方向ではないが、それでもいつ火の手が回ってきてもおかしくない。それに雷撃の事もある。一刻も早い避難が必要だ。


 だがどうしろって言うんだ、これは。


「あれは」


 パトカーが扉を開けた状態で一台止まっている。では警官はと視線を巡らせると、狂った笑いを浮かべながら警棒でその辺の壁を殴っていた。


 この場所の避難誘導は期待できそうにない。とりあえず自分でどうにかするか。


 ぱっと思いつくのは『誘導』の魔法。精神が魔力によっておかしくなっているのなら、こちらも魔力をもってどうにかしよう。根本的な解決にはならないかもしれないが、ここにいたらそのうち火の手が回ってくる。


 問題は、自分が精神に働きかける魔法が不得手……というか、大の苦手な事か。この状況だとライター型の魔道具に、更に『血』の力を使っても厳しいか。そもそもあれは火を見せる必要があるし。


 魔力をまき散らして強引に注意を引くのは最終手段としようと思っていたが、早速必要になってきたかもしれない。


「剣崎さん、私が誘導の魔法を使います」


「新城さん?」


 腕の中で新城さんが持っていたバックから魔導書を取り出す。


「この本に書いてありました。というか、この本の本領は『呼びかける』事です。こういう状況ならかなり使えるかと」


「君の腕では……」


「いけます。やらせてください」


 自信と不安が混ざったような笑み。しかし比率としては自信の方が大きい。彼女は本心から『いける』と思っている。


 それが自信過剰故かはわからない。だが、賭ける価値はあると思った。もしもダメだった時は、自分が魔力を放つとしよう。


「わかった。何か必要な物は?」


「あのパトカーのスピーカーを使いたいです。一人一人に呼びかけるよりは、たぶんマシだと思います」


「よし、行くぞ」


「はいっ」


 ビルからパトカーのすぐ近くまで跳び下りる。鎧を纏ったまま、しかし体から漏れ出る魔力は極限まで抑える。かなり神経を使うが、他の転生者と戦闘にでもならなければ大丈夫だ。


 膝をたわめ、衝撃を出来るだけ新城さんにかけないように着地。開きっぱなしの運転席へと彼女をいれる。


「えっと……」


「新城さん、これを」


 機器を操作しだす彼女に、紅い石を差し出す。


「はい?これは……」


「俺の血を固めた物だ」


 大きさは親指ほど。自分からすれば微々たる魔力量だが、これ以上はたぶん彼女の技量だと扱いきれない。


 石を直視した瞬間、ビキリと固まった新城さんが恐る恐るといった様子で手に取る。


「他人の血なんて気持ち悪いかもしれないが、魔法の代価には使えるはずだ。多少なら魔法自体の補助にもなる」


「いや……どっちかというとダース単位で手榴弾渡された気分なんですけど……」


 引きつった笑みを浮べる新城さんの言葉に、そういうものかと受け流しながら周囲を見回す。


 視線を感じたと思ったら、壁を殴りまくっていた警官がこちらを見ていた。


「パトカーに近づかないでください!」


「あの、これは」


「公務執行妨害!有罪!死刑!死刑!死刑!」


 あ、これはあかん。


 ボロボロの警棒を投げ捨てるなり、警官が腰の銃を引き抜く。まずい、警棒を壁に振り回していたせいで見るからに腕がボロボロだし、そもそも錯乱している状態で弾がどこに飛ぶかわからない。


 自分以外に弾があたったらまずい。


 すぐさま警官に接近。腕を捻り上げて銃を奪う。なにやら喚いているが、今は無視だ。ちょうど手錠を腰に提げていたので腕だけ拘束してからパトカーの近くに戻る。


 それにしても拳銃か。……よし。


「新城さん、これ渡しておく。扱いには気を付けて」


「はい?うおっ」


 機械を操作していた新城さんにホルスターごと拳銃を差し出す。流石に少し面食らった表情をした後、こちらの状況を見て察したらしい。


「思ったよりダークな思考ですね、剣崎さん」


「いや、こっちも命かかってるんで」


 協力者である新城さんに何かあっても困る。彼女は銃の扱い方を知っているらしいし、自分が持っているよりは有効だろう。


 なにより、自分に対しては何の意味もない武器なのがいい。他の転生者にも大した意味はないだろうが、それ以外なら多少はマシだ。


「よし、これで使えます。いやぁ、実際触ると難しいですね」


「むしろ、なんで使えるんだって話だけど」


「それはお父さんに」


「知ってた」


 この子のお父さんは娘をどうしたいのか。スーパーアーミーかゲリラでも作りたいのか?


 まさか、単純に『生きていくうえでこれぐらい出来ないと』とでも思っているわけではあるまいな。どんな世界だ。


「じゃ、いきます」


「頼んだ」


 未だ死刑だなんだと叫んでいる警官に彼のポケットから出したハンカチを詰め込みながら、周囲を再度観察。とりあえず邪魔はなさそうだ。


 ただ、気がかりなのはアバドンだ。徐々に遠ざかっているが……被害が大変な事になっているな。どんどん火の手が上がっている。


『あー、テステス!皆さん、落ち着いてください!』


 喉に血の石を当てながら、機械を通して新城さんが呼びかける。パトカーのスピーカー越しにも魔力が感じ取れた。もっとも、肉声よりはやや魔力量が落ちているが。


 だが効果はあったらしい。暴れていた者も立ち尽くしていた者も、奇行をやめ一斉にパトカーへと視線を向けている。ちょっと怖い。


『落ち着いて、冷静に避難を行ってください。大丈夫です。気をしっかりもって、焦らず、けど急いで逃げてください』


 彼らの目に少しだが正気が戻った気がする。とりあえず警官の手錠とハンカチ外しておくか。


 全体的に眠そうというか、意識が朦朧としているようだ。正常な判断は難しそうだが、逆にこちらの誘導はしやすそうでもある。


「あ、あれ……俺、なにを」


「ここ、どこ……?」


「なんだか、頭がぼーっと……」


『西の方角は見ないでください。東京駅の方角に向かって、避難を開始して下さい』


 一部周囲を見回した拍子にアバドンを見てしまいかけた人もいたが、直前で間に合ったようだ。どこか眠そうな顔のまま彼らは走って避難をしていった。


 ……警官もいっちゃったけど。まあ、銃については諦めてもらおう。命あっての物種だ。


「お疲れ。よくやった」


「いやぁ、緊張しました……この石、凄いですね。私だけだと多分ここまで効果なかったですよ?」


「安心しろ。あと二十個ストックがある。なんならその場で用意できるぞ」


 なんせ元手ゼロなので。素晴らしい単語だ……ゼロ円。


「ちょっと近寄らないでもらっていいですか?」


「なんで!?」


「いや、火薬庫と一緒に歩くのはちょっと……」


 失礼な。流石に衝撃で魔力があふれ出るようなミスはしていない。ただの魔法の触媒だ。


「俺達も移動しよう。もう少し奴に接近を――」


 その時、魔力が空気中に飽和状態になり始めた状態でもわかる程の魔力の高まりを感じ取った。


「始まったか……!」


 視線を向ければ、空中に人影が一つ。


 自分の視力ならば、煙で見づらくともその姿がはっきりと視認できた。間違いなく金原武子その人である。例の服装に黄金の仮面をつけて宙に浮いている。


 あの仮面、おそらく固有異能の一種だ。明らかに普通の魔道具ではない。


 彼女はアバドンの進行方向上、正面に待ち構えていた。全身に魔力を纏い、金色の粒子が漏れ出ている。


 対するアバドンも唸り声をあげ、それが地響きの様に足元を揺らす。背中にあった突起がバチバチと放電し、余波だけで周囲を焼き尽くしていく。


 ここに、このバトルロイヤルにおける二回目の戦いが開幕した。


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