第3話 売り込み

第三話 売り込み


サイド 剣崎蒼太



「ちょ」


 意識を失った少女に、慌てて駆け寄る。


 どうして、どうしてこうなった。


*            *           *



 寝袋に入って眠っていた所、第六感覚に反応があったのだ。慌てて、しかし出来るだけ音をたてないように寝袋から出て公園の様子を確認した所、少女が一人ビニールシートを敷いていた。


 一瞬『え、お花見の場所取り?』と思ったが今は十二月。そんなわけないだろうと自分で自分にツッコミをいれていると、少女はなんか赤い液体をばらまき(たぶん血のり)、金色の液体が入った瓶を中央に置いたのだ。


 ……さっぱわからん。え、なにやってんの?演劇の練習?


 音程の外れまくった曲がスマホから流れたかと思うと、少女が呪文めいたものを喋り出す。ああ、なるほど。


 ただの中二病だな。


 公園の照明に照らされた少女の容姿はとても整っていた。白い肌に碧い瞳。服の上からでも発育の良さがわかる素晴らしいスタイル。きっとクラスどころか学校のマドンナに違いない。


 だが頭は銀髪だし服装は黒のゴスロリ。ゴリゴリの中二病だ。


 それにしても髪の毛まで染めるとは、随分気合の入ったコスプレだな。ただ、銀髪って最初に浮かぶのがバタフライ伊藤のせいで一瞬ビクリとしてしまう。


 そうこうしていると、妙な魔力を感じた。すわ、『他の転生者が近くにいるのか!?』となったが、魔力の発生源は少女の眼前にあるビニールシート。


 馬鹿な、ありえない。


 何故、少女を見てただの中二病と思ったのか。それは単純にあの子が『容姿以外は普通の少女』にしか思えなかったからだ。


 まず魔力を碌に感じない。自分の五分の一以下もあればいい方といった所か。もしかしたらもっと少ないかもしれない。


 次にもしもこれが魔法の儀式だとしたらあまりにも杜撰すぎる事。なんだよ血のりって。せめて豚や山羊の血を使えよ。最悪魚とか。


 最後に詠唱が意味不明。色々端折ったり、間違えているとしか思えない単語が混ざっていたりと、ネットかなんかで適当に拾ってきたのかという内容だった。


 正直、どう考えても魔法の行使なんて出来ないはず『だった』。


 なのにどうだ。少女から僅かに流れ出る魔力が呼び水となったかのように、大気中の魔力が魔法陣へと吸収されていくではないか。


 やばい、とりあえずここから移動すべきか。この魔力を他の転生者も感じ取っているかもしれない。そうなれば、自分の存在を認識されかねない。


 慌ててリュックに寝袋その他をつめていると、何やら短い悲鳴と何かが転がる音。


「えっ」


 銀髪の少女が地面に転がり、周囲に赤い水たまりを作っている。そして、その少し先では黒い怪物が血に濡れた爪を弄びながら、悠然と歩いていた。


 ……ああ、なるほど。少女は召喚魔法を行おうとし、失敗したのだ。


 そもそもあのような工程で魔法が発動した事自体『ありえない』のだ。となれば、万一発動してもまともに機能するはずがない。


 明らかに悪意を持って少女へと歩く怪物。きっと、このままだと少女は死ぬ。そもそも出血が酷い。いますぐ病院に放り込んだとしても、助かるかは運しだいだろう。


 ああ、ああ……何故、何故よりにもよってこんな時に、こんな所で。


 これが、邪神の始めた殺し合いの期間でなければ助けに行けた。怪物から感じ取れる魔力は、自分からしたら常人と大差ない。一刀のもとに切り伏せる自信がある。戦闘にすらならない。


 これが、自分の目の前で起きた出来事じゃなければ見なかった事にできた。心の中でご愁傷様とだけ呟いて、この魔力を感じ取った他の転生者を様子を見に来るのを、逆に隠れて観察する事に注力できただろう。


 だが、だがよりにもよって『今』、『ここで』人が死のうとしている。


 心臓がまるで耳元でなっているかの様にうるさい。汗が頬を伝う。


 理性では、今すぐここから立ち去るべきだと判断している。だというのに感情が足を動かしてくれない。


 そうこう迷っているうちに、少女が何かを呟きながら動いた。


 かすれて聞き取れないその声は、しかし第六感覚はしかと理解してしまった。


『死んでたまるか』


 少女は諦めていない。この絶望的な状況下で、怪物を前に心を折らず、生きるためにあがいている。


 ……自分は、馬鹿だと再認識した。


 鎖の様に絡みつく理性を引きちぎりながら、足は前へと進んでいく。草むらを通った時にした音が、夜の公園に響いた。


 怪物と少女の視線がこちらに向けられる。片や舌なめずりするような不快な、片やこちらを案じる温かな視線が。


 その視線が歩みを僅かに軽くさせた。


 全身に魔力を循環。肉体の活性化に伴い、体表に炎がうまれる。蒼い不可思議な炎が一瞬だけ燃え上がり、次の瞬間には戦装束に身を包んでいた。


 転生した時から出せた、魔力を押し固めた自分だけの鎧。そして、右手には一振りの剣が握られる。


『偽典・炎神の剣』


 それをゆっくりと構えながら、間合いをはかる。


 怪物は幸いな事にこちらを怯えている。隙だらけだ。数歩だけゆっくりと進んだ後、一息に距離をつめる。相手が反応をするより速く、その胴を両断した。


 明らかに人外だが、果たして死んだだろうか。斬った瞬間『内側を焼いた』から、たぶん即死だとは思うが。


 少しだけ観察した後、形が泥のように崩れ出したので死んだと判断。少女へと振り返る。


 その時、ちょうど先ほどまで隠れていた月明かりが自分達を照らし出した。おかげで少女の様子がはっきりとわかる。


 内臓ははみだし、大量の出血。どこからどう見ても致命傷。遠目に見ていた数段重症だった。見ているこちらの血の気が引いていき、一瞬固まってしまう。


 こちらを見上げていたかと思ったら、少女が糸の切れた人形のように倒れてしまった。


 待て、待ってくれ。ここまでしておいて死なれたら、なんでここまで危険を冒したのかわからなくなる。


 慌てて一つの指輪を取り出す。木製の輪っかに紅い宝石みたいな物体をくっつけただけの物だが、れっきとした魔道具だ。


 それが紅い光を出すと、少女の傷口が燃え上がる。数秒ほど炎が揺らめいた後消え去ると、その下にあった傷もなくなっていた。破れた服の隙間からは白く滑らかな腹部が覗いている。


 自分が得意とする『火』には『燃焼』『破邪』以外にも『再生』の特性がある。何が言いたいかと言えば、『材料』の影響もあって死んでさえいなければ必ず治してみせるぐらいには性能に自信がある。


 それだけの自信作ではあるが、どうせ『自分には意味のない物』だから惜しくはない。全然、これっぽちも、後悔はない。製作日数とか考えていない。これ一個作るのにかかる時間とか計算していない。


 とにかく、治療は済んだ。少女をここに放置するか迷ったが、美少女を夜の公園に放置は色々危険すぎる。怪物とは別の脅威が襲ってくるだろう。


 慌てて少女の持って来ていた物品をリュックに詰め込んでいき、それと一緒に少女も抱えあげた。


 何故急いでいるのに荷物まで。と言われれば、追跡魔法対策としか言いようがない。魔力の反応がして現場にこんな物が転がっていたら誰だってそういう魔法を試すわ。少なくとも自分はやる。


 自分と少女の荷物。そして気絶している少女を抱えて夜の闇へと跳びあがった。



*           *           *



 五分ほどビルからビルへと飛び移っていくと、少女がうめき声をだした。出来るだけ衝撃の少ないように跳んだつもりだったが。まあ意識を取り戻したのはいい事だ。


 その辺のビルに着地し、給水塔に隠れるように少女をおろす。


「こ……ここは……?」


「目が覚めましたか?」


「ひゃっ」


 こちらの顔を見るなり小さく悲鳴を上げて後退ろうとする少女。しかし、まだまともに動けないのか上半身を動かす事もままならない様子だ。出血が凄かったし当たり前ではある。


 少女は少し怯えたように周囲を見回している。


「落ち着いてください。とりあえず危険はありませんから」


 出来るだけ穏やかな口調で語り掛ける。それが功をそうしたのか、少しだけ冷静さを取り戻したようだ。


「え、えっと。助けてくれてありがとうございます……?」


「いえいえ。それより、眩暈はしますか?手足の痺れは?」


「へ?いや、特には……強いて言うなら、倦怠感がすごいというか……」


「なるほど」


 とりあえず、後遺症はないらしい。よかった。あの魔道具、実験でカエル相手にしか使った事なかったし。


「今恐ろしい事考えませんでした?」


「いえ特には。それでは、携帯か何かで警察なり救急車なりに連絡を。自分はこれで」


 とりあえず後は病院にでも任せよう。自分は十分やった。後は知らん。


 そう思って立ち上がろうとしたら、少女が腕に組み付いてきた。


 ……一瞬、『鎧をしてなければ』と思ってしまった。だって随分と豊満な胸が籠手にあたって形を変えている。絶対柔らかいぞあれ。


 それにしてもさっきまで指先一つ動かすのは難しそうだったのに、結構俊敏な動きだったな。なにその執念。


「待ってください!色々お話を!」


「いえいえ、ちょっと自分急いでるので。詳しくは言えませんけど目立つわけには」


「私から見て左斜め後ろ三十メートルぐらいに誰かいます!あと、地上の方でたくさん人がいますよ!」


「は……?」


 少女の言葉に、咄嗟に魔力の流れを確認する。


 確かに、少女の言う通り地上では人がやけに多い。これが普通の道なら『東京だし』で済ませるが、路地裏の方にも多い気がする。こっちは、東京だからで済ませていいかわからない。


 そしてもう一つ。三十メートル後ろとやら。こちらはなんの魔力も感じられない。どういう事かと訝しんだが、第六感覚には反応があった。


 思わずギョッとして、第六感覚に反応した方向を給水塔に隠れながら見やる。


 肉眼では誰もいない。だが、確かに誰かいる。感覚からしてこちらを捕捉している様子はないが、しかし……。


 少女へと視線を戻す。どういう事だ。さっきまで『ネットで得た知識で事故にあっただけの少女』であったはずなのに、今は得体のしれない生物に思えてきた。ちょっと怖い。


「どういう理由で目立ちたくないかはわかりませんけど、私の『目』、役に立ちませんか?」


 こちらを試す様に笑う少女に、硬い唾を飲みこんだ。


 なに、この……なに?



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