森の攻防

 鋼と鋼がぶつかり合う。

 黒く、深い森。

 何度も、何度も。

 耳をふさぎたくなる甲高いその音は、太刀を鍛えあう槌の音にも似ていた。

 小鳥たちは空へ逃げ去り、リスは怯えて洞に隠れ、オオカミさえ遠巻きに見守る。

「クゥッ……!」

「抜けない……ッ」

 寄せては返す、絶え間ない波状攻撃も、たった一つの大剣にさざ波のごとくあしらわれる。牽制の流し目を受けるだけで斬られたと錯覚して心が凍る。装飾はあでやかなれど、重々しい銀の鎧は意志の強さ。相手の背丈は尋常なのに、巨岩に立ちふさがられたと圧倒される。その背に隠された小さな二人には近付けない。

「アルカディアさま、何故!」

「血迷られたか!」

「私たちが戦う意味はないはずです」

 精鋭の身軽な女性で編成された特殊部隊アサシン

 いったい、これまでいくつの困難な任務をこなしてきただろう。なおも、ここは彼女らの得意の場である。木に隠れ、またその上から強襲する。それなのに、たった一人のうわ若き戦乙女の壁を突き破れない。

「私たちは【あれ】に危害を加えようとしません」

「むしろ逆です。傷一つ付けないよう、守るのです」

「渡してください、【それ】を!」

 悲痛な訴えにも、アルカディアと呼ばれた戦乙女は揺るがない。

「あれ、か……」

「アルカディア、さま?」

「彼のことを、あれ、それなど、もの扱いするような者たちに彼のことを託すことは出来ない」

 アルカディアの深い森を映したようなエメラルドグリーンの目が強く燃え盛る。

「彼は人間だ! 心がある。断じて、ものではない!」

 お互い、譲れない。

 決して引けない理由がある。

 アルカディアの重装歩兵を思わせる分厚い鎧には、おそらく軽量化の魔法がエンチャントされているのだろう。それが戦乙女と国に鳴り響いた彼女の剣技の冴えをより鮮やかにする。

 強く、重く、しかし速く、鋭く。

 舞うように、美しく。

 おのれよりも大きな大剣トゥハンドソードを、時にすべてを吹き飛ばす大風のごとく、時に繊細にタクトを振るうがごとく、変幻自在に操るのである。

 アサシンたちにとっては遠い憧れ、その姿がここに。

「アルカディアさま!」

 アサシンたちにも迷いはあるのだ。

「わかっています、わかっているのです……」

「私たちだって、本当は……」

「でも……」

 アルカディアは一瞬、悲しい色を見せた。

「国の命令か。そうだろうな、君たちが単独で動くわけがない」

「察してください、アルカディアさま」

 アルカディアは応えなかった。

 一歩、前へ出る。

 護るための戦いに徹していたアルカディアが。

 アサシンたちは気圧される。


 その一瞬、見逃さない。


「もうよいぞ、アル!」


 しめし合わせていたかのように、アルカディアは護るべき二人の元へ飛びのいた。


「時間稼ぎご苦労」

 ニヤリとフードの内で笑った小さな彼女が、つぶやく。


 森が霧に包まれる。

「待って!」

 アサシンたちが手を伸ばしてももう届かない。

五里霧ごりむのなかでしばし迷っておれ」

 東洋の秘儀、道術で作られた迷宮に森は包まれ、アサシンたちは霧のなかで迷い、標的の姿も、お互いの位置さえ完全に見失った。

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