あと何回目が合えば

@chauchau

執着


 彼女の目が苦手だった。

 会話する相手の目をのぞき込むのが彼女の癖だった。相手の目を見ましょうとは言われるけれど、彼女のそれは見るというよりは凝視に近い。話している間、瞬きすら最小限に彼女は目を見てくる。

 だから昔から彼女のことが苦手だったんだ。


 高校に男子校を選んだのは、彼女が理由の全てではなかったけれどひとつではあった。さすがに学校の違う僕を追いかけてくるほど彼女は常識知らずでも、暇人でもなかったから。


「だからかな」


「ふぅん」


 大学で再会した。してしまった彼女は、僕の話をそれはそれはつまらなそうに聞いている。今日も、僕の目をのぞき込みながら。


「面と向かって苦手と言われると傷つくわね」


「ごめんね」


「別にいいけど」


 彼女の腕が僕に触れていた。

 いつの間に触られたのかも分からなかった。静かに、音を殺して忍び寄る。腕に意識が向いた一瞬で、彼女の顔が近づいた。彼女の目に映る僕の顔は、青くてなさけない。


「理由はないの」


「何に?」


「私が貴方に執着する理由」


 馬鹿じゃないから、彼女が僕に構う理由を分からないフリをしない。

 馬鹿だから、彼女が僕に構ってくれなくなる未来を探してしまう。


「最初は怖がるの、そのあとは好奇心。しばらくしたらだいたい私を好きになる」


「綺麗だから」


「ありがとう」


 微笑んでいるが、目が笑わない。

 褒められることは彼女にとっては当たり前で、僕に言われることを嬉しいとも思っていないそんな目だ。


「あなたはずっと怖がったまま」


「臆病だから」


「分かっているから」


「楽しい?」


「ええ、とても」


 目を合わせなければいい。

 分かっていても逸らすことはできない。


 昔から、彼女の目が苦手だった。

 彼女に見つめられるたびに、彼女と目が合うたびに、僕の心に雨が降る。心を濡らしていけば、いつかは恋の芽が顔をだす。


 彼女に恋をすれば、周りの男と同じになれば、きっと彼女は僕に興味を失ってしまう。そう思えば思うほど、僕は彼女の目が苦手になっていく。それでも、逸らすことができないと僕は彼女の目に囚われてる、固まってしまった身体はなにひとつ言うことを聞きやしない。


「私の名前を呼んでちょうだい」


「どうして?」


「暇つぶし」


 彼女は笑うんだ。

 今日も目を笑わせず。


「エカチェリーナ……さん」


 気安く愛称を呼ぶ周囲の男のようにはできない。なさけない僕を、彼女は今日ものぞき込んでは笑うんだ。

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