別れ
「は、はいっ!」
急に呼ばれて、びっくりした。
『いままで、ありがとう。感謝する。今度こそお別れだ』
みづきさんは私の口を借りたまま、私に話しかけてきた。
「え?もう行っちゃうんですか?もっといたらいいのにっていうか、いてほしいのに」
『そういうわけには、いかない。それに、先に行ってるはずのわたしがいなかったら、わたしの両親が困惑しているだろう』
そういうものなのだろうか?
みづきさんが言うと、そんな気もしてくるけど。
『ずっと、忘れない。正志のことも、おまえのことも。じゃあ、な』
みづきさんの言葉が終わると同時に、さっきも感じた、すうっとするような感覚がして、視界が元に戻った。
「みづきさん?みづきさん!」
頭の中に、必死に呼びかけてみる。
でも、いつもの応対はなく。
……みづきさんが、いなくなった。
身体が半分くらい持っていかれたような気分で、座ったまま呆然としていた。
「行ってしまったのか?」
父さんが、聞いてきた。
私は、黙ってうなづいた。
いつの間にか、涙がポロポロこぼれていた。
「詳しく話してくれるか?」
父さんが言った。
「うん。でも、帰ってからでもいい?見せたいものもあるし」
「それは構わないが。ああ、そうだな。母さんにも一緒に聞いてもらおう。ところで、瑞希はここまでどうやって来た?」
「ん?原チャリ」
「それは、今日はここに置いて、父さんの車で帰りなさい」
「うん。でも」
「道は、わかるのか?」
「ううん。来るときは、教えてもらいながらだったから」
「ここは、分かりにくいから帰りに迷うだろう。それに、そんな様子で運転したら、事故を起こしかねん。明日、またここに連れてきてあげよう。予備のナビを貸してやるから、それを使って帰りなさい」
「わかった」
車の中で、父さんはひと言も口をきかなかった。
もしかして怒っているのかと横目でみたけれど、普段通りの顔でただ黙々とハンドルを操作していた。
あとで聞いたら、自分の目の前で起こっていたことが信じられなくて、確信を得るためにみづきさんとの会話を反芻していたって。
そして二度反芻して、みづきさん以外の誰かではありえないと確信を持ったって。
みづきさんのしゃべり方って確かに独特だったけど、それだけで“本人”と確信しちゃうって、なんかすごい。
家に帰り着いた私は、母さんに「ただいま」といって部屋に戻り、アクセサリーケースからトンボのブローチを取りだした。
そしてそれを持って、リビングへ向かった。
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