心残り
みづきさんとの“合言葉”を口にした次の瞬間、前と同じく視界が狭くなった。
『正志。わたしだ。みづきだ』
私の声で、みづきさんが話しだす。
「瑞希?みづき?その話し方は、確かにみづきだが」
父さんの顔が困惑している。
そりゃそうだ。
顔と声は娘のものなのに、しゃべり方は記憶の中の婚約者なのだから。
みづきさんも、そう思ったのだろう。
父さんを促して墓地の隅にある東屋へと移動し、中のベンチに座った。
みづきさんは私の口は使えるけれど、身体は使えないから“移動して座ろう”の言葉通りに私が動いたのだけど。
『目を開けていると混乱するだろうから、目を閉じてわたしの話を聞いてほしい』
みづきさんの頼みに、父さんが目を閉じる。
みづきさんは自分の声がそうだったであろう、私の普段の声よりも低めの声で話しだした。
『まずは、結婚おめでとう、かな。いい娘さんじゃないか』
(え?まず、そこ?)
『しばらく中にいて、よくわかったよ。優しいいい娘だ。それにこの
「みづき。娘を、瑞希をほめてくれて、ありがとうと言うべきなのかな。なんか変な感じだな」
『ふふっ。何はともあれ、元気そうだな』
「ああ、おかげさまで。なんとかやってるよ」
『仕事は、まだあの時のままなのか?』
「いや、今はあの時とは違う」
『そうか。もしかして毎年、来てくれてたのか?』
「ああ。キリがいいときまで、と思いつつ毎年来てたよ。最初はご両親と一緒に」
なんだか、まだるっこしい気もするけれど……三十年ぶりに会うって、こんな感じなんだろうか?
『信じて、くれてるんだな。“わたし”だということ』
「正直なところ、半信半疑だけどな。でも瑞希の、ああ娘の方の瑞希の親として、あいつはこういうことはできないやつだから」
『こういう……とは、例えば誰かのフリをして、他人をだますようなことか?』
「ああ。娘は、ウソをつくのが下手でね」
『正志に、似たんだな。まっすぐで、ウソがきらいで』
「そうかもしれないな。それに、みづきのことを知ってるはずがないんだ。女房には、話してあるがね」
『そうか』
「ああ。いずれは娘にも話すかもしれないが。女房のやつが、もしも俺より先に瑞希に話したとしたら、話したことを俺に言うだろうし」
『信じてるんだな』
「家族だからな」
『安心したよ。正志が、幸せな家庭を築いてくれていて。それが、気になっていたんだ』
「気にさせてしまって、すまなかった。と、言うのもなんだか違う気がするな」
『ふふふ』
「ははは」
ふたりが、穏やかに笑いあっている。
父さんのこんな笑顔を見たのも、久しぶり。
『さて、そろそろかな』
「そろそろ?」
『ああ。いるべき場所に行く
「そういうのはわかるものなのか?」
『わかるというより、感じると言った方が近いかもしれない。じゃあ、行くよ。最期に正志に会えてよかった。……瑞希!』
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