ブローチ

 私は机の上に畳んだタオルを置き、その上にポケットから出したブローチをそっと置いた。

洗面器の水を含ませた歯ブラシで、ブローチの泥汚れを落とそうとした時にみづきさんが言った。

『そんな面倒なことをしなくても。洗面器の中でジャバジャバふり洗いをした方が早いぞ』

「ええ!そんなことできないよ。もしもこわれちゃったりしたら、もったいないし」

『わたしは別に気にしないが』

「私が気になるの」

 

 洗面器の水をつけた歯ブラシで少しずつブローチの泥汚れを落としていく。

みづきさんの話だと、メッキものではないらしいのではがれる心配はない。

「だいぶ綺麗にはなったけど、細かい部分が歯ブラシでは落としにくいよ」

『絵筆みたいなものはあるか?』

「あ~学生時代のが残ってるかも。ちょっと探してきます」

部屋を出て、物置に向かう。

親も私も、モノを取っておくクセがあるのだけど、こんな時に役に立つとは思わなかった。

ちゃんと洗って保管していたけれど、洗面所でもう一度洗ってから部屋に戻った。

 

 「こんなのでもいいの?」

わたしはみづきさんに筆を見せた。

『十分だ。今度はブローチを水につけたまま、筆でなでてみたらいい』

もくもくと作業を進める。

しばらくして水からブローチを出すと、きらきらと輝きを取り戻していた。

タオルの綺麗な部分で水気をふき取る。

「綺麗……」

みづきさんが説明してくれたように、小さくて羽が網目状で目の部分は薄いピンク色だった。

「これがピンクダイヤっていうんですね。初めて見たけど綺麗だな~。っていうか、ぶっちゃけ高そう」

『値段は、教えてくれなかったな』

「教えてって、誰かから貰ったんですか?」

『婚約者』

「あ」

無事に見つかってほんとによかった、そう思った。

 

 「ねえ、みづきさん」

『ん?なんだ?』

「婚約者さんて、どんな人だったんですか?」

『ストレートに聞くんだな』

「だって、みづきさん指輪もネックレスも苦手だって言ってたでしょう?それでそんな素敵なブローチ選ぶ人って、どんな人なんだろうって思うじゃないですか」

『ああ。そうだな、ひと言でいうとまじめかな。堅物というほどではないが、曲がったことは嫌ってた。分け隔てもしなかった』

「やさしい人だったの?」

『やさしい、そうだな。そういう面もあったな。どうしてそれを聞く?』

「んとね。指輪もネックレスもダメっていう時に、ブローチを選んでくれるという感性が素敵だなって思って。私も恋愛するなら、そういう人がいいなって思ったから」

 

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