探してほしい

 「それで、探してほしいものってなんですか?」

『ブローチ』

「ブローチ?どんなのですか?」

『トンボの形で、目に小さなピンクダイヤがついているやつだ』

「ダイヤつきとか、すごーい」

『指輪もネックレスも、苦手でな』

「写真とか、ないですよね」

 

 『ない、と思う。実家にはあるかもしれないが。その実家も、どうなっているやら』

たしかに三十年という月日が経っているから、引っ越しとかもあり得るし。

みづきさんは、ずっと移動できなかったから確認もできてないようだし。

ふと気になったので、聞いてみることにした。

「みづきさん、三十年の間ひとりで過ごしてこられてて“長い”とか“退屈”とか感じなかったんですか?」

『時間の感覚は、生きてた時とは違うな。むしろ何も感じない。今はおまえの中にいるから、朝・昼・夜の経過を体験しているが、山の中にいるときは新緑の次の瞬間、枯葉が舞っていたりしたんだ。時間という概念が意味をなしていない』

「なんだかワープしてるみたい」

『まあ、そういうものかもしれないな。時間に縛られてないから、もしかしたら過去や未来に行ってたかもしれない』

生身で体験できるなら体験してみたいと、ちょっと思った。

 

 「それで、みづきさん。ブローチ探すのはいいんですけど。いつ、どのあたりで落としたんです?」

何となくの予想をしながら、問いかけてみた。

『ストーカーに追いかけられたときに、山を登りかけたあたりだと思う』

予想通りの答えが返ってきた。

「山の、どのあたりか憶えてますか?」

『大体の場所ならわかるが』

そう言って場所の説明をしてくれた。

うちから見たら山の反対側になる。

天気もいいし、今からさがしに行こうかな。

「じゃあ、今から行きましょうか?天気もいいし」

 

 先日と同じ道を歩く。

今回は、帽子とタオルもしっかり持ってきている。

歩くのも、念のため崖の反対側にした。

この前みたいな暴走車なんて、めったに来ないとは思うけれど。

歩きながら、みづきさんに聞いてみた。

「そういえば、前に“すっかり変わってわからなかった”って言ってたじゃないですか。あれって、どのあたりの事だったんです?」

『どこという特定は無いが。あの日、おまえに入って下りたところにはたくさん洒落た家が建っていたが、前は古くさい家が2軒しかなかった。角の酒屋もつぶれたのか無くなっていたし、バス停もできてるし。以前の面影なんてまったく見つけられなかった』

それだけ変わってたら、確かにわからないかも。

ポツポツと雑談を交わしながら山を登りきり、反対側へと下りた。

こちら側に歩いて来るのは、ほぼ初めてだ。

もう少しで山を下りきるというときに、みづきさんが言った。

『ここ。このあたりだ』

 



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