マッチ

青冬夏

マッチ

 ふわぁ・・・・・・。よく寝た。

 私はいつも通りに起床し、眠気で覚めない瞼を擦ってゆっくりと目を開ける。そこに映った景色は、いつも私が知っているような景色ではなかった。その景色とは、どこか昭和っぽさを感じさせるような風景であり、縁側があった。目線を下に向けると、ベッドが布団に変わっており、通りで寝付きが悪いと感じるわけだ。

 さて、スマホを・・・・・・。てか、あれ、無い。

 いつもスマホを置いている場所を手に置いても、そこにスマホはなかった。伸ばした腕を見ると、着物みたいな和服を着ていた。そこから目線を落とすと、ダボッとした和服になっており、自分の胸が少し露出していた。

 どうしたものかな・・・・・・。

 そう思っていると、奥から足音が聞こえてくる。私は慌てて少し露出した胸を隠して、現れてくる人を待つ。現れてきた人は、私の父と母に似ている人だった。

 「起きたかー?起きたならご飯にするぞー」

 そう言って私の右隣に座ったのは、父に似た人物だった。

 左隣には、母に似た人物が座る。

 「ほら、さっさと布団を片付けて、ご飯食べるよ」

 私の掛布団を私の身体から剥がしそう言う。何が何だがでよく分からない。私は両隣に座る二人を怪訝深く見る。その視線に気づいたのか、左隣に座る人が「何、機嫌悪そうにしてんの。ほら、さっさと食べよ」と良い、右隣の人も「そうだぞ。朝ご飯食べなかったら体力がつかないぞ」と言う。

 「あなたたち、誰?」

 訳が分からない私は、不満そうに言う。その言葉に対し、二人は首を傾げる。

 「あなたたちって、貴女の親じゃない」

 「そうだぞ。何言ってるんだ、房江は」

 どうやら、私は『愛花』という名前ではなく『房江』という名前になっているらしい。

 渋々、私は布団から出て二人を追うように、食事が用意されている居間へと向かう。座布団があるところに座り、卓袱台に出ている物を見る。白いご飯に、味噌汁、漬物など、ザ・和食と言った感じの物が並んでいた。父が手を合わせると、母も手を合わせる。私もそれに倣い、「いただきます」と父と母に合わせて言う。

 箸を持って、味噌汁をまず一口啜る。そして、漬物をひとつまみ食べてご飯を食べる。私が今生きている時代より、遙かに質素だなと感じつつ、あるいはこの量だけで一日やっていけるのだろうか、そう思ったりしながら朝ご飯を食べる。

 やがてご飯を食べ終え、食器を重ねる。重ねた食器を持って、古びた流し台に入れる。私はどことなく、縁側に座る。心地良い風が吹いている中、父が兵隊の服を着てどこか出かけているのを見る。その軍服は小さい頃、父方の祖父母の家で見たことがあり、記憶の片隅に微かに残っていたので見覚えがあった。恐らくは大日本帝国の軍服なのだろう、と私は思う。そして、目線を扉の前に移す。そこには、父を送る母も、何だか哀しそうな表情をしている。

 そうだ、この時代が何の時代なのか、調べないと。

 私は立ち上がり、棚に新聞紙があることを確認してそれを手に取る。大日本帝国時代は私と生きている時代と読む文字の流れが異なっていたので、少し難しかったが、私が手に取った新聞の見出しには、『さらば国連よ!・・・・・・』と旧字体で書かれていた。そうか、この時代は日本が国際連盟を脱退した年でもあるんだ・・・・・・。そう思うと、未来人にとっての私はその先の出来事が、簡単に想像が出来る。

 この後、日本は中国と戦争を始める・・・・・・。

 私は「あぁ・・・・・・」という呆けた声を出して口を開けていると、母が横から「どうしたの?新聞なんか持っちゃって」と言われる。

 「ううん。何でもない。ちょっと、出かけてくるから」

 「良いけど、気をつけてね」

 母が土間にいる私に叫んで言うと、私は「分かった!」と引き戸を開けて言う。そして、外へ出る。

 

 少し歩くと、知っているようで知らない雰囲気の街中が広がっていた。

 その街中には、多くの人が飛び交っていた。今の東京とはあまり差が無いように感じたが、建物が全て木造という点で、今の東京とは異なっている気がする。人混みの中、私は周囲を気にしながら歩く。人々の服装は多種多様で、洋風な服を着ている人、和風な服を着ている人、そしてその両方を着ている人。街には人力車が走っており、そこに乗っている人はお金持ちというイメージを彷彿させるような、服装をしていた。

 知っているようで、実は知らない。そのような街中の雰囲気に見とれながら進んでいると、ある建物を見掛ける。そこの建物には看板が掲げられており、右から読んでいくと『かふぇ』と平仮名で書かれてあった。

 かふぇ、か・・・・・・。

 中に入ろうと思ったけど、お金ってあるのかな。そう思って、もんぺみたいな服にあるつぎはぎされたポケットに手を突っ込む。中に何か入っているのを手で感じ、それを掴んで外に出す。見慣れないお金が出てきたが、今の時代と数えれば行けるかな。そう思って、数えてみる。

 十五円・・・・・・。

 私はかふぇの前に出されているメニュー表に目を凝らす。どうやら、自分が持っているお金では足りないと分かる。私は溜息をつくと、後ろから女性の悲鳴が聞こえる。

 何だろう。

 そう思って、後ろを振り返ると、男が火だるまになり、全身燃えているのが見る事が出来る。

 私も含め、周囲の人々は口をあんぐりと開けたまま、その状況をただ見つめることでしか、出来なかった。

 

 その後、恐らく警察の人たちだろうか、その人達によって男が燃えた現場が取り囲まれた。私はその現場の近くまで近づき、現場を見る。

 先ほどまで燃えていた男は、どこかに連れられたのだろうか、いなくなっていた。その代わり、煤みたいな黒い物が現場に落ちていることが分かる。警察らしき人、私が見ている背が高く鼻が高い制服姿の男は、何やら考える素振りを見せていた。その姿に、私は見惚れていると、その人は私に目線を向けられる。咄嗟に、私は目線を外す。しかし、男は「何か用か?」と訊く。

 「いえ、何も」

 私は頭を横に振ると、男は「そうか」と言ってどこか去ってしまう。その大きな背中に、私はどこか胸がときめくように感じた。

 

 家に帰ると、母が土間で「おかえり」と優しく言う。私は「ただいま」と言い、靴を脱いで畳に寝転ぶ。

 あの光景は、一体何だったのだろう・・・・・・。

 男が全身燃えている光景が頭の中で映し出されていると、誰かが帰って来る音が土間の方から聞こえる。私は土間にちょこっと顔を出すと、そこには軍服姿の父がいた。

 母が汗を流す父を出迎えている。私は居間に体を戻し、あの光景について考える。すると、座布団に座った父が私に話しかけてくる。

 「なぁ。街中で突然男が燃えだした事って知ってるか?」

 「え?何それ?」

 私は知らない振りをする。すると、父はある新聞記事を見せてくる。

 「本当は見せちゃいけないと思うけど、これまた面白いからお前だけこっそり教えてやる。ただ、この話は誰にも絶対に言うなよ」

 私は小声で話してくる父に、興味があるように頷く。

 「今日、近くの商店街で人が突然燃えるような事があったんだとよ。その男、こっちの調べによれば、火元になるような物が何も見つかっていないみたいだ。つまりはだな・・・・・・」

 「つまり?」

 「人が突然、周囲に火が燃えるような物が無い状態で燃えたって言うわけよ!」

 人体自然発火現象・・・・・・。内心そう呟く。私は父に頭の中で浮かんだ事を質問する。

 「それってさ、それを解決しようとする人はどのように動いているの?」

 「うーん。解決しようとは思っていないらしいな」

 父は顎を撫でながら言う。「なんで?」と私は咄嗟に聞き返してしまう。

 「なんでって言われてもな・・・・・・。実を言うと、似たような事件が数ヶ月前にも数回起きているんだ」

 父は眉間に皺を寄せる。

 「その事件って?」

 「最初に起きた事件はここから遠く離れた街で起きている。そこで担当した人は立件出来るような証拠がなかなか見つからず、真相はうやむや。次に起こった事件、その次に起こった事件、そしてさっき起きた事件も含め、合計で四件もの同じような事件が起きている」

 「その事件の被害者の共通の特徴って、何かある?」

 「何で房江はそんなに興味津々何だ?まあ良いけど。共通の特徴としては、全員喫煙者って事ぐらいかな」

 「なるほどね・・・・・・」

 私は口に手を優しく添え、頭の中で考え始める。そこに、お茶を啜っていた母が話し出す。

 「房江って、こんなに事件に興味がある子だったかしら?」

 「さぁな。でも、これだけ興味を持ってくれたら、学校に行ってくれるんじゃないのか?」

 父と母がケラケラと笑い合っている中、私は眉間に皺を寄せて考えていた。

 

 「ごちそうさま」

 立ち上がった私は重ねた食器を持って、流しに入れる。すると、母から「お風呂、入りなさいよ」と言われる。私は母の後ろを通り、木の扉をゆっくりと押す。そこに大きく現れてきたのは、木で出来た樽だった。蓋を開けてみると水が張っていなかったので、近くにあるホースを使って水を溜めていく。ここまで良いかな、私は水を止める。そして、樽の下に薪を詰めてマッチを使って火を灯す。

 その火を見ると、今日起こったあの光景を自然と思い出してしまう。

 危ない、危ない。私は首を振って、今日のあの光景を忘れる。私はお風呂の部屋から出て、居間に入り、そこで畳の上に座る。

 そこで、目を瞑って今日の事を振り返る。

 街中で男が突然、全身が燃えだして亡くなる。その事件は数ヶ月前にも、同じような事件が起きている。今日の事件も含めると、被害者達の共通の特徴は全員喫煙者であること。この時代であることから、まだマッチで煙草をつけるような時代なのだろうか。顎に手を添えて考えていると、横で父の煙草に母が火を灯しているのが見える。そうだよね。まだマッチで火を灯していた時代だよね。そう思っていると、突然母の手が燃え出す。

 私は目を見開くが、身体が先に行動を起こしていた。私は水を張ったバケツを母に被せ、手で燃えている火を消す。そのおかげで、父と母は全身びしょ濡れであり、畳まで濡れている。

 これは怒られるかな。

 身をすくめながら、私に容赦なく降り注がれる怒りを待つ。だが、その怒りはいくら経ってもこなかった。恐怖のあまり閉じた瞼を少しずつ開けると、そこに優しい顔をした父と母がいた。

 「ありがとうね。房江」

 「そうだ。ありがとな、房江」

 父と母にそう言われると、その場に立ち尽くす事でしか出来なかった。

 台所で父が母の手を水で冷やしている姿を見て、私はお風呂に入るために、樽のある部屋へ入った。そこで、自分を纏っていた衣服を全て脱ぎ、真っ裸になる。シャワーが無いので、仕方なくそのまま樽の中に身体を沈める。

 少し熱すぎる湯加減だが、これはこれで良いかもしれない、そう思いながら樽の中でくつろぐ。

すると、さっきの出来事を思い出す。

 あの時、母の手が燃えた。

 母の手には、マッチ棒があった。

 もし、そのマッチ棒から引火すれば。

 私の頭の中で、何かが火花が散る。勢いのまま私は立ち上がる。身体から水滴が滴れるのを感じながら、樽から出て、近くにあった布で水滴を拭き始める。

 そして、さっきまで着ていた服にもう一度着替えて、居間に向かう。

 「ねぇ、話があるんだけど」

 「うん?何だ?」

 父が私の方に身体を向ける。

 「さっきさ、煙草吸っていたじゃん」

 「おう。それがどうした」

 「その時に点けたマッチを見せて欲しい」

 私がそう言うと、父は机にマッチを置く。私はそのマッチ箱をじっくりと見る。

 「どうしたんだ、いきなり。マッチ箱が見たいなんて」

 父の言葉を無視して、私はマッチ箱を観察する。だが、至って普通のマッチ箱のように思える。

 「ねぇ。お父さんが言っていた、あの事件の被害者達ってマッチ箱って持ってたりする?」

 「いや、見たことがないな。それがどうかしたのか?」

 私はこれから言おうとしていることに、一瞬躊躇うが、どうせ言ってしまった方が良いと思い口を開く。

 「多分、人が突然燃えだした原因にあるの、マッチ箱だと思う」

 父は真面目な顔つきで私を見る。

 「それは、どういうことなんだ?」

 「マッチが空気に触れて、それで自然発火して燃えたって事じゃないかって思うんだけど・・・・・・、違うかな」

 「確かに、その可能性がありそうだな。一応、明日仕事で言ってみるよ」

 「うん、ありがとう」

 私は奥の居間へと行き、いつの間にか敷いてあった布団の上に座る。

 これで、解決出来ると良いと思うんだけど・・・・・・。

 そう思いつつ、私は布団に潜って目を瞑る。

 

 次の日。私は現場周辺へ聞き込みを行っていた。

 お店の人や、普通の住民に聞き込みをしたが、あまり有力な情報は得られなかった。それどころか、聞いた話はどの話もオカルトじみた話ばっかりだった。

 私はそのような話ばっかり聞いて、うんざりしながら歩いていると、道の外れから「おう、お嬢ちゃん」と、低い声を掛けられる。

 私はその声の主に近づく。その人はフードを深く被っており、顔までは確認出来なかったが、老婆のような気配を感じた。

 「なぁ、お嬢ちゃん。マッチはいるかい?」

 「マッチですか?」

 この時代に、マッチ売りはいるんだな・・・・・・。手作り感溢れる網掛けの鞄の中に手を突っ込むフードの人を、目を細めながら言う。

 「あぁ、このマッチのことだ」

 そう言うと、その人はマッチを私に見せてくる。見せてきたマッチは、一見して普通のマッチに見えた。

 「このマッチはな、とにかく火が早くつくんじゃ。これまでのところ、色んな人が買っておる」

 「どんな人が買っているんですか?」

 「主に男じゃ。その男達は喜んで買っていっておるぞ」

 「でも、何で女である私に声を掛けてきたんですか?」

 「実を言うとな、ここのところ売れ行きが伸びないんじゃよ。だから、家事をする女性にも売って売り上げを伸ばそうとしているんだ」

 「へぇ~そうなんだ」

 私は嘘っぽく、納得したように頷く。

 「それで、買う気になったかい?」

 「買う気になったかはまだ・・・・・・。ところで、そのマッチはいくらするんですか?」

 「一個百円で売っているのだが、今回は特別に五十円で売らして貰っておる。どうだ、買う気になったか?」

 そう言うと、老婆は私の目を覗き込んでくる。

 「いえ、買う気にはなったんですが、お金がないのでまた今度で」

 私はそう言い、その場を後にした。

 家に帰るときの間、何だか湿っぽいなと感じつつ、私は家に帰って居間を通って縁側に座る。

 心地良い風を感じつつ、あの事件について考える。

 あの男性は突然として燃え上がり、そのまま亡くなる。その、似たような事件が数ヶ月前にも起こっていて、全員喫煙者。そう言えば、男か女、どっちか聞くの忘れたな・・・・・・。頭を掻きつつ、土間の方から声が聞こえた。縁側から土間の方に顔を向けると、そこに母が父を出迎えていた。

 今日は何だか早いなぁ~と思いながら見ていると、父は何だか自慢げにマッチ箱を見せていた。

 何だか、あのマッチ箱、さっき見たことがある・・・・・・。

 ボケッとしながら見ていると、突然父の手が燃え上がる。やばい、父があの事件のようになってしまう。そう思って、すぐに立ち上がってバケツに水を汲んで、土間の方に持ってくる。それを父の方へ思いっきりかける。

 その瞬間、父の手に燃え盛っていた火が消えていた。私は安心しながら父の方へ駆け寄る。

 「大丈夫?」

 「あぁ。なんとか」

 父は私の方へ向く。その顔は笑っていた。

 「しっかし、あの老婆が売っていたマッチを買ったんだが、まさかこうなるとは・・・・・・」

 「老婆?」

 「そうだが、それが何かしたのか?」

 私は頭の中で何かが繋がろうとしていた。間違いなく、人が突然街中で燃えさかる謎が解けそうな気がした。

 「その老婆って、フードを被った?」

 私はフードを被る仕草をして説明する。父は「そうだ」と言う。

 「やっぱり」

 「やっぱり?何が?」

 「人が突然街中で燃える謎が、解けた気がする」

 父と母は、私を見つめたままになる。

 

 「それは、どういうことなの?」

 母は私を見て言う。

 「まず、人体自然発火現象って知ってる?」

 「人体自然発火・・・・・・何それ?」

 母が首を傾げる。私は唇をなめる。

 「名前の通り、人体が突然燃えることを言うんだけど、その原因として未だに分かっていない現象のこと。色々原因があって、アルコール大量摂取によるもの、プラズマによるもの、人体がロウソク化して起こるもの、色々説があるんだけど、今回の事件の場合はその中のリン発火説だと思う」

 「その、リンがこのマッチに含んでいたと言うの?」

 父はマッチ箱を示す。

 「うん。そもそも、マッチ箱の側面にリンが含まれているらしく、昔は黄燐がよく使われていたって、ねっ・・・・・・どこかで聞いたことがある。だけど、黄燐は強い有毒で、僅かな摩擦や衝撃でも発火したりするから、確か一九二二年に世界的に禁止された気がする」

 「何だって⁉」

 父は手に持っていた黒焦げのマッチ箱を土間に放り投げる。

 「でも、誰が何のためにそんなことをしたんだろうね・・・・・・」

 母はそう言うと、父は「それは拷問すりゃあ良いだけの話だろ」と目を細めて言う。

 「よし、房江行くぞ。警察署に」

 父は私の腕を掴み、外へ出る。

父に力強く引っ張られながらも、私は歩きながら体勢を整える。そして、街中を数十分歩いた先に、警察署らしき建物が目の前に現れる。

父は警察署の扉を開け、その中に入り、大股で受け付けへと向かう。

「何のご用でしょうか?」

「実は、うちの娘が話したいことがあるんです」

父は私を目で指しながら、受付の女性に説明していく。

「分かりました。では、こちらの窓口にどうぞ」

そう言うと、受付の女性は私たちを案内させる。案内された場所は小部屋になっており、椅子が二つ隣に並んでおり、その向こう側には椅子があった。テーブルもあり、そこにはお客さんが来たのだろうか、出された物がそのままになっている。

すると、後ろから「こんにちは」と制服姿の男性が軽く礼をする。男性はどうぞ、と言わんばかりに席に座るよう促す。私たちは促されるまま、椅子に座り、男性と対面する。

「話とは、何でしょうか?」

「単刀直入に言いますと、娘が人が突然燃え出す謎が分かったと言っているのです」

男は私に目線を移して、「本当かい?」と私の目を覗き込んでくる。

「はい、本当です」

そういうが、後ろから何か目線を感じる。少し後ろを振り返って見ると、先ほどの女性が壁に沿って立っていた。男性はその女性に気づいたのか、どこか行きなさい、と目線で合図をする。女性はこの部屋から出ると、扉の音が私の鼓膜を響かせる。

男は姿勢を改めて、「では、その話を聞かせて貰っても良いかな?」と言い、私は頷き、口腔内を唾液で湿らせてから話す。

「今回の事件は、人が突然燃えだし、そのまま亡くなるという怪奇現象じみた事件でした。その、人が突然燃え出すという謎はあるマッチ箱が鍵となりました」

「マッチ箱?」

私はさっき、父が土間に放り投げた黒焦げのマッチ箱をテーブルに置く。

「このマッチ箱、一見ただのマッチ箱のように思えますが、普通のマッチ箱ではありませんでした」

「と、言うと?」

「黄燐マッチでした」

「黄燐?」

男は眉をひそめる。

「はい。大体のマッチ箱の側面には、赤燐と呼ばれる物質が含まれています。当時、発火性が高い黄燐を使用されていたのですが、かなりの有毒で、少しの摩擦や衝撃で発火することから一九二二年に世界的に禁止されています」

私は言葉を切り、一息つく。すると、男は腕を組み始める。

「なるほどね・・・・・・。ということは、お嬢さんが言うことであれば、その黄燐マッチが原因となって、人が突然燃え上がったと言うことなんだね?」

「はい、そういうことです」

私は首を縦に振る。

「だけど、なぜ事件を起こすのか分からないんだよな・・・・・・」

独り言のように男は呟いていると、突然立ち上がる。

「ありがと。これで事件解決へ進展出来そう」

そう言うと、男は扉を開ける。次第に、私たちも部屋から出て警察署を出ようとする。

出ようとした、その時だった。

出入り口付近に、あの老婆が立っていた。

私はその老婆を訝しげに見ると、老婆は腕に掛けていた鞄の中から、マッチ箱を取り出す。そのマッチ箱をどうするつもりか、注目しながら見ると、老婆はいきなり「大日本帝国は終わる!さらばだ!」と言い、マッチ箱からマッチ棒を取り出して火を点ける。警察官の制止を振り切り、火のついたマッチ棒を老婆の足下に落とす。

その瞬間、老婆は警察官によって取り押さえられるが、同時に火が床で燃えさかっていくのが分かる。

その火を見て足が竦む。すると、いきなり視線が外れたかと思いきや、父の横顔が映し出された。

抱えられたんだ。

父は必死の表情で出口を探す。抱えられた私も、必死に目線を動かしてどこか出られるところを探す。すると、父はいきなり走り出す。逃げられるところが見つかったのだろうか、そう思っていると、私の身体に強い衝撃が走る。

いたた・・・・・・。

手をついて起き上がると、謎の違和感を感じた。

父が、私を窓から放り投げたんだ。

私は必死に目の前で燃えさかる建物に戻ろうとするが、私の状況を見た周囲の人たちが私を止める。

お父さん・・・・・・!帰ってきて・・・・・・!

涙ながらに内心叫ぶ。だが、父は燃えさかる建物から出てくることから出てくることはなかった。

静かに、瞼を閉じて頬に涙が伝ってくるのを感じる。

私は地面に倒れ、ゆっくりと目を閉じる。

その途中で、私は飛び起きる。

周囲を見渡すと、そこはいつも見慣れた光景が広がっていた。

何だ、夢か・・・・・・。

そう思って、いつも通りに着替えたり、洗面所で顔を洗ったりして、リビングへと向かう。

そこに、見慣れた父と母がいた。

「おはよう、愛花」

「おはよう」

父と母の、その言葉に、私は目に涙を浮かべる。鼻を啜ると、母から「どうしたの?目に涙を浮かべて」と言われる。

「いや~、何でも無いよ。さ、食べよ食べよ」

私は笑顔で誤魔化しつつ、朝ご飯がある食事の前に座る。

母も座って、全員で「いただきます」と声を合わせる。

私は箸を持って味噌汁を一口飲む。

「そう言えば、夢で曾祖父母に会ったんだよね」

「え?そうなんだ」

母は少し驚く。

「そうそう。その夢で、人が突然燃えだす事件があったんだけどね、その事件を見事私が解決した夢。その後、曾祖父が亡くなっちゃったんだけどね」

「へ~、そうなんだ」

母は興味なさげに呟くと、「やばかったんだからね!」と私は頬を膨らませながら言う。

すると、父が新聞紙から顔を上げる。

「愛花が言っていた事件、確か小さい頃に聞いたことがあるな」

「え本当?」

「うん。小さい頃に聞いたから記憶が定かじゃないんだけど、あの後、愛花で言ったら曾祖父が帰ってきたんだって。家族みんなでその帰りを喜んで、家でゲラゲラ笑ったという話を聞いたな~」

「そうなんだ~」

私は笑顔で言いつつ、口に食べ物を入れる。

あの後、曾祖父、生きていたんだ。

心に温かいものを感じつつ、私は朝ご飯を食べる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マッチ 青冬夏 @lgm_manalar_writer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る