アガパンサスの花言葉

真田 侑子

アガパンサスの花言葉

 今日は僕にとっての一大イベント、好きな子とのデートだ。

 とは言っても、僕と美空は幼馴染だから、世間が想像するようなデートらしいデートにはならない。挙句、ここは大の田舎でろくに遊びに行くところもないし、行けるとしたら海か山か川くらいなもの。

 今日は海岸沿いの坂道を下って、少し山の方に入った川に遊びに行く。

「ねえ侑介、今日はどこ行くの?」

 美空がうきうきとした声音で問うてくる。僕は自転車の用意をしながら答える。

「着いてからのお楽しみ」

 美空は「えー」と口をとがらせつつも楽しそうな表情で、自転車に跨った僕の後ろに続いて乗ってくる。

「しっかりつかまってて」

 僕がそう言うと、美空は僕の背中にぎゅっと抱き着いてくる。僕は足で地面を蹴って、自転車を発進させる。これから長い長い下り坂が待っている。

 海岸沿いの長い坂道を二人で下る。「大丈夫?」と大きめの声を美空にかけたけれど、美空は聴こえなかったのか「なにー?」と大きな声で聴き返してきた。もう一回声をかけても、どうしても僕の声が届かなくて、二人で大笑いしながら坂道を下った。

 ごうごうと風の音が耳に入ってきて、潮の香りが鼻腔を刺激する。海沿いの町で育った僕たちには嗅ぎなれた匂いだけれど、いつかこの町を出て行ったら、これが懐かしく感じられるようになるのだろう。

「曲がるよー」

 坂道を下り終えて、山の方に入る道に曲がって入っていく。この先に川があるのだ。この先の川は昔から僕と美空がよく遊んでいた川で、思い出の場所だ。久しぶりに二人で遊ぶから、その場所を選んだ。

 しばらく道なりに進むと川が見えてくる。もうここで美空は察したのか「あそこに行くんでしょ!」なんて言って後ろで笑っていた。

「嫌だった?」

 自転車を停めて問うと、美空は「嫌なわけないじゃん!」と元気に言った。この笑顔が僕は好きなのだ。二人でしばらく川遊びをして、水を掛け合ったり水切りをしたりして、童心に帰った。

 川遊びもほどほどにして、僕たちは昔からの知り合いの駄菓子屋さんに向かって、再度自転車を走らせた。

駄菓子屋さんではソーダ味の棒アイスとラムネを買った。飲み干したラムネの便を石で割って、中のビー玉を取り出して水で流す。それを沈み始めた夕陽に透かして見ると、さかさまの夕陽が映り込んでとても綺麗だった。

「綺麗だね」

「そうだねえ。ところで、どうしてビー玉越しに見るとさかさまに映るの?」

「それは僕にもわからないなあ。不思議だよね」

「うん。不思議」

 そうしてビー玉をポケットにしまって、僕たちは家に帰ることにした。自転車に乗って坂道を上るのは辛いので、押していくことにした。

 美空を家に送り、「またね」とあいさつすると、美空はなんだか照れくさそうにしていた。帰路の途中にある植え込みのアガパンサスを眺めながら僕は、どうして美空はあんなに照れくさそうにしていたのか不思議に思っていた。

 家に着くころには、夕陽はもう沈み切って薄暗くなっていた。夜の始まりだというのに、まだ暑さは残っている。

「ただいまー」

 帰ると、食卓には冷えたそうめんと冷やしトマトが並んでいた。お母さん、今日は暑いからってまたそうめんにしたんだな、なんて思いながら、僕は手を洗って食卓についた。お母さんとお父さんとおじいちゃんと、そして僕の四人で食卓を囲み、みんなでそうめんを食べた。なんやかんやで、暑い日のそうめんは美味しいものだった。

 翌日も、その翌日もまた、美空からの誘いがあり、午前中は宿題をやって、午後からは二人で海や川に出かけた。

 そして、夏休み最後の日の夕方。僕たちは別れ際、植え込みのアガパンサスの横で話し込んでいた。

「ねえ、侑介」

  僕の名前を呼ぶ美空に「なに?」と答えると、美空は急にびっくりするような言葉を放った。

「私、侑介のことが好きなの」

 信じられなかった。すぐに反応できなかったけれど、僕ははっとして答えた。

「僕もだよ」

 アガパンサスの花言葉は「恋の訪れ」というそうだ。その日の帰り道で、美空に教えてもらった。

「今日はありがとうね。また明日、学校で」

 美空を送って、僕は自分の家に浮足立った気持ちで向かった。

 この夏の思い出は、濃くてたまらなかった。長い海沿いの下り坂も、山の中の清流も、ビー玉の中の夕焼けも、ぜんぶぜんぶ宝物だ。

 大好きな美空との、大切な思い出。

 また明日、学校に行くのが楽しみになった。

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アガパンサスの花言葉 真田 侑子 @amami_ch

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