第10章
僕は言葉が出なかった。理解が追いつかなかった。僕が惹かれていたこの子が曾孫だとは思っても見なかった。
「私のおばあちゃんより後、つまり芦川の娘以降はちゃんと記録があったんだけど、ひいおじいちゃんより前の記録はちゃんと残ってなくて。それで、めっちゃ色々探してたら絵日記が出てきたの。」
たしかに僕は毎日絵日記をつけている。特に何が起きるわけではないけど、大体窓の外に見える景色とかを書いているものだ。まさかそれが100年後まで残っていて、曽孫に読まれることがあるとは思っても見なかった。
「それが出てきてすごく気になったんだ。どんな人なんだろうって。それで私はこの時代に戻ってみようって思ったの。」
この時代に戻る…未来では時空を飛び越えられるようになっているらしい。たった100年でそんなにも技術は進化するものなのか。
「私は高校一年生だったから、ちょうど100年前に戻ったら会えることがわかった。その絵日記に学校名とかクラスとかまで書いてあったから、芦川の席に座ってみてたの。それと、芦川が見てたのはパラレルワールドじゃないよ。芦川は高一をもう一周するの。」
またまた意味のわからないことを言ってきた。ここまでもだいぶわからないと言うのに。
「私がこっちにくる時の条件は、その時代の人にバレてはいけない、なんだ。だからほんとは芦川にも言うつもりはなかった。だけど、ちゃんと分かったよ。私のひいおじいちゃんはすごい人だって。頭もいいし運動もできる。やる気があるように見えるかは別の話だけどねっ?」
悪戯っぽい顔で笑う。
「きっと芦川は前にも同じようなことになったことがあるはずなの。中一の時に。でもバレてしまったら記憶を消さなきゃいけないって言うルールだから覚えてないんだと思うの。」
たしかに昔もあった。その時も、夢だと思った。細かくは全く思い出せないけど。
「この『あの夏の日に』は、前に会った時のことを書いた小説なんだ。もしよかったら読んでみて欲しいって言おうと思ってたんだけど…タイミングを逃して渡せなくて。」
そう言うと彼女は自分の鞄を漁った。そして取り出したのは文庫本だ。見たことのある表紙だ。
「前にあったのもこのくらいの季節なんだ。だからタイトルは『あの夏の日に』にした。読んでみてほしいな。」
浅沼は僕に小説を手渡した。そして僕の手を握ってこう言った。
「お別れの時間だね。私は未来に帰らなきゃいけない。だけど芦川にも空白の時間ができちゃいけないから、記憶を消して4月に戻らなきゃいけないんだ。この4ヶ月間、すごく楽しかった。これまでに経験したことのないこともたくさんした。本当にありがとう。また会えることがあってもきっと記憶はないと思うけど、この本だけは、忘れないでいて欲しいな。本当にありがとう、湊くん。大好きだよ。」
彼女の頬は少し赤くなっていた。彼女は街の中へ歩いて行く。僕はそれを見送った。見えなくなるまで見送った。僕の目には少し涙が浮かんでいた。僕はそこで意識を失った。
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