猫の婿取り(7)

『よそ者が何を言う!』


『よそ者だろうと何だろうと、情けないひとたちに情けないといって何が悪いのかしら?』


『情けない?!』


『だってそうでしょう? 愚痴を垂れるだけ、ため息だけなんて』


『猫の私たちに何ができるっていうのよ!』


『野良にまで落ちておいて、いまさら何に遠慮するわけ? これだけの数がいて、知恵も力もまだ足りないというのかしら?』


 ヒメの返しに、またみな顔を下げてしまった。


 焚きつける甲斐もない。


(こんな時、トラ君だったらどうするかしら……)


 トラはさすが、学問好きのご隠居に飼われているだけあって、門前の小僧ならぬ、膝の上の猫、ご隠居と一緒に本も読む。のんびり屋のくせに、たまにヒメも驚かせるほどの知恵を見せるものである。


 沈思も少し、ヒメはとげを抜いて静かに告げる。


『悪事をしている。それを知っている。それならその証拠を代官にでも突き出しなさい。人間は、人間の裁きを受けさせるのが一番ね』


『そんなもの、どこにあるかわからない』


『だったら、探せばいい、見付ければいいのよ』


『でも、どれがそれか……。何が何かなんて、それこそ猫にわかるわけがない』


『猫だからこそ、人間は油断して悪事も隠し切れなかったのよね?』


 火除ひよけ地の猫たちの心にさざ波が起こる。


『人間は知らないでしょうけど、猫は知っている、猫はできる。私も手伝ってあげる。猫の恐ろしさ、それを見せてやりましょう』


 ヒメの言葉は大波となって、猫たちの顔をついに上げさせた。


 その夜から猫たちの暗躍、逆襲が始まったのである。


 ヒメは酒蔵にも猫が飼われているのを知ると、ちょいと色目使ってたぶらかし、秘密を収めた場所を聞きだした。


 ネズミやスズメも脅して協力させて、ついに猫たちは酒蔵の悪事の証拠を盗み取ったのである。


 危ない場面あれど、そこは猫の愛らしさ。


 ナアォ。


 とすり寄ってやれば、人間などデレデレだ。誰が猫の暗闘を見破れるものか。


 かくて、酒蔵の悪事の数々は露見し、闕所けっしょ(財産没収)となり、酒蔵の主人たちは時を待たず町から追放と相成ったのである。


 酒蔵の猫はといえば、放り出されればみすぼらしいもの。


 町の火除け地、いつものたまり場、その最下層でひっそり隠れて過ごすばかり。けれど、そこは同族、猫に罪はない。町の猫たちには野良仲間と受け入れてもらえたようだ。


『まあ、こんなところね』


 ヒメは満足げ。


 ひとり火除け地を離れれば、気付けばそこは酒蔵の門前。


 すでに高札こうさつ掲げられて、門は固く閉ざされている。物見高い町の人たちがわらわらと集まっていた。


「はあ、この酒蔵がねえ」


「私はなんか、いけ好かなかったねえ。愛想笑いばっかりで、いくらいい酒だからって値段を一つも下げやしない」


「でもよぅ、なんで悪事がばれた? こんなにも早くおかみの手も回るなんて」


「なんでもな、うわさだが、祟りにもあったらしい」


「今までさんざん、泣かしてきた人のか?」


「ああ。猫が化けたともいわれるぞ」


「くわばら、くわばら……。悪いことはするもんじゃないねえ」


 人のうわさ話はある事ないこと。


 その足元を縫うようにして人混みを抜けたヒメは、尻尾をぴんと立てて誇らしげにも見えるのだった。


(そういえば、あの子はどうしたかしら?)

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