猫の婿取り(3)
見上げれば、うっすら東の空だけが薄紫。
まだ日も山の上に顔を出さない暁に、小間使いの娘っ子は庄屋の大きな屋敷の門前で庄屋からよくよく言いつけられていた。
「いいな。荷物も重い。きっとこの時刻からでも日が落ちるまでに山を越えるのは無理だろう」
「大丈夫です!」
「まあまあ、そういうな。きっとな、峠の茶屋にわしの名を出せば泊めてもらえる。いいな、必ずな、日が落ちんうちにその茶屋にな」
「あい、あい」
ニコニコと返事をするも、どうにも娘っ子はわかっているのか、いないのか。山の困難さ、夜の深さ、その怖さ。庄屋は気が気でない。
しかし、心配ばかりでは子供を育てることはできない。
「よし、では行ってこい」
(庄屋どんは心配性だなあ)
親の心子知らずとはよくいったものだ。
『ほっとけないわよね』
心配性なのは、庄屋だけではない。
日頃いつも一番に面倒を見てくれている娘っ子である。ツンとすまして「関係ないわ」という顔をしていても、ヒメはとうとう、娘っ子の背負うつづらの中にもぐりこんだのである。
(ふうふう……)
丈夫さだけを自慢にする娘っ子でも、慣れない山道を登れば息も荒くなる。さらにつづらにはもう一つ。しなやかな体つきとはいえ猫一匹増えれば、つづらが背にのしかかってくるように感じるのは当然。
「何が入っているんだべなあ」
などとこぼしつつ、それでも娘っ子は一時も足を止めず、ついに峠の茶屋も通り過ぎてしまった。
すでに
「大丈夫。がんばれば、日暮れまでに街道くらいには出られるけえ」
峠の茶屋に泊めてもらうなら、心づけ(チップ)も多少渡さないといけない。そんなことも庄屋から言い含められていたが、がんばればその分、それは
つづらの中で、ヒメはため息。
「ここ、どこだ?」
案の定、娘っ子は道に迷ってしまった。
「なあに、野宿なんぞ、ぼろぼろのわっちの家と同じようなもんだあ」
それでものんきなものである。
(もう、見ていられないわ)
そっとつづらから抜け出したヒメは、鼻をひくひく。
暗がりでもよく利く目も光らせる。
ニャア……
「はて、こんな山の中でも猫がいるのけ? なんだかヒメに似た声だなあ」
暗がりから姿を見せず声だけで導けば、娘っ子は当然のようについてくる。
「あれ! これは神さまのお導き」
わき道に入れば、山のお
「神さま。今夜一晩、一緒にいさせてください」
丁寧に拝んでから、娘っ子は暗い社の中にもぐりこんだ。
月明かりだけが頼り。昼の弁当と渡されたものを今頃になって口にすれば、山道を歩き詰めだった疲れに満腹の心地よさが重なり、うとうと、こてんと、まるで子供のように娘っ子は倒れ伏したものである。
『まあ、これでいいでしょう』
あとのことは明日になってから。
ヒメもまた、すやすやと健やかな寝息を立てる娘っ子の横で丸くなったものである。
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