猫の婿取り

猫の婿取り(1)

 さても昔の物語。


 山あいの庄屋の屋敷では一匹の猫が飼われていた。


 真白い姿には生まれたころより気品さえ感じられ、一目でヒメと名付けられ、大事に大事に可愛がられていた女の子であった。


 とある初夏の昼下がり。


 小間使いの娘っ子が庄屋の旦那に呼ばれた。


「町へつかいに行ってくれんか?」


「わっちが!」


「まあ、そう驚くことはない」


 ニコニコと庄屋は続ける。


「おまえもそろそろ、村の外を知っても良かろう。これは親心と思っておくれ」


「あれまあ、なんともったいない」


 年頃になっても化粧も知らない純朴な娘である。


 村でも貧しい身の上だが、働き者で庄屋の屋敷では誰からも好かれていた。だからこそ、庄屋もつい親心を見せるものか。小遣いまでポンと与えれば、なおも優しく。


「おまえの病みがちな母のことはもちろん知っている。母のことがあるから遠出もしにくいのであろう? しかしな、今回、母御はこの家に招いてしかと見ておいてやろう。それでどうだ? 一つ、勉強してこんか」


「あれ、そこまでしていただけるなんて……」


 庄屋の心遣い、痛み入れば、いなやと断るのこそはばかられる。


つつしんで、お役目お受けいたします」


「そうか、そうか。ではな、用意は諸々もろもろこれからするから、明日の日が昇らんうちに来ておくれ。それでな、今日はもうお帰り。おまえの用意もあるだろう? 母御へもよろしくな」


 庄屋の心遣いの細やかさに「あい」と応えた娘っ子の頬はそれこそ化粧施したように染まり、目も潤んでいたものだ。


「失礼します」


 と、辞して一人になれば、そこはそれ、笑み抑えがたし。初心うぶな娘はそれ相応に、初めての町に受かれる気分もなきにしもあらず。


(危なっかしいわねえ……)


 縁先でのんびり寝転がっていたヒメだったが、耳だけはぴくぴくと動かしていたものだった。


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